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それは欠片の声となる *4


hi


 薄雲が空にかかった、そんな夜だった。星は砂粒のような細かさで藍色の空に輝き、チェシャ猫のようににんまりと弧を描いた三日月が、東の空に引っかかっている。
 虫のうるさい、じめっとした暑さが肌にまとわりついてくる夜だ。日中に比べれば幾分か過ごしやすいが、それでもニホンとやらの夏は厳しい。このプレートの他の地域は、一体どうなっているのだろうか。
 小さな山の中にひっそりと着陸させた艦は、このプレートでは潜水艦と呼ばれる乗り物によく似ている。あちらは海に潜るものらしいが、こちらはいわば、空間に潜るものだ。それゆえに、一般には空渡艦(くうとかん)と呼ばれているが、正式にはヴァル・シュラクト艦という。誰もが呼びやすい方を選ぶので、たまに書類に「ヴァル・シュラクト艦」と記されているのを見て、なんのことかと首を傾げることもある。
 空渡艦は、このプレートの知識で言えば、宇宙船と似たような機能を果たしていた。各プレートを渡る特殊飛行を可能とする、テールベルトでも貴重なものだ。
 ここで言うところの飛行機と同じ形の機も存在するが、それらはプレートを渡るのには適していない。使用するためには、大きな艦に乗せて他のプレートに運び込む必要があった。
 アカギ達が乗ってきた艦は中でも比較的小型のものだったが、この艦にも個人用の小型飛行樹が搭載されている。丈夫な白の植物で作られた飛行樹は消耗品ではあるが、安価で量産できるために重宝されていた。
 この艦自体も大半が特殊な木製でできているのだが、こればっかりは同じ国の人間とてなかなか信じてくれない。叩いても返ってくるのは金属音だし、火をつけたって燃えないとなれば、信じろと言う方が難しいのかもしれないが。
 今朝方、小さな店で買った煙草を一服していたアカギは、いつになく慌てた様子のナガトに強引に艦の中へ引き戻された。

「っつ、いってーな! なんだよ急に!」
「黙れバカ! これ、どうする?」
「はァ!? どうするってなに――、げっ!」
「さっきからずっとこの調子なんだよ! お前出ろ。絶対その方がいいと思うから」
「いやいやいや、お前だろ。こーゆーのはどう考えてもお前だろ。お前の方が無駄に口回んだろ」

 ハッチでぶつけた頭を痛がる暇もない。
 狭い艦の中に鳴り響くのは、本部からの連絡を告げる通信機だ。
 まるで警報機のように鳴り続けるそれを前に、アカギとナガトは先の見えない押し問答を繰り返した。お前が押せ、いや、お前が。
 毒蜂の大群が耳元で羽ばたき続けているかのようなその音に、ついに根負けしたアカギが通信機のスイッチを入れる。その瞬間、彼らはその行為を激しく悔いた。

『――出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ』
「「――っ!!」」

 低く、唸るような声が呪詛を吐く。アカギは瞬時に通信遮断ボタンに手を伸ばしたが、ナガトも同じことを考えていたらしく、寸前でお互いの手がぶつかって弾かれる結果となった。
 おぞましい呪詛の向こうで、ぽやんとした柔らかな声が言った。

『あれ、艦長。それ、通信繋がってませんか?』
『なに? 本当か!? うぉいこのガキども!! 聞こえてんならとっとと返事しやがれ!』
「「はっ、はい!」」

 一段と激しさを増した声に、見られているわけでもないのに背筋が伸びる。それからしばらく、聞き取れないほどの勢いで二人を罵倒した怒声の主は、この艦の艦長その人に間違いがなかった。
 その後ろでくすくすと笑っているのは、艦内の消防班長であるスズヤだ。面白がっているのかそれとも怒っているのか、彼と付き合いが短い二人には理解しきれない。
 それでも、はっきりと分かることが一つだけある。
 自分達が褒められることは、決してないのだ。

『貴様ら、訓練中に勝手にプレートを渡るたぁいい根性してるじゃねぇか、ええ? あのあと俺がどんっだけ苦労して上に掛け合ったか知ってんのかコラ』
「いや、あの、それはですね」
「アカギのバカが暴走したのは俺のせいです。艦長には多大なるご迷惑をおかけしました」
「んだとコラ! あんときはお前が急発進させたんだろうが!!」
「いーや、お前が無理矢理転移装置いじくったね! あの状態でエンジン動かさなかったら、それこそドッカーンだったろ!」
「おっまえなあ!」
『いい加減にしやがれクソガキどもぉおおおお!!』


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