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「どうして?」

 悲痛に歪んだ表情も、穂香そのものだ。――だが、違う。
 彼女の胸元には白いレースのように蔦が這い、花を咲かせ、その中央に大きなイチゴのような実を飾っていた。
 まるでドレスのように白の植物を纏って、彼女は涙を零す。

「ひどい、痛いよ、アカギさん」

 泣き濡れる穂香が腕を伸ばすと、白く染まった鳥がその腕に止まった。擦り寄る鳥を慈しむように撫で、――彼女は、その指先を膨れた腹に突き立てた。
 白い指先に、鮮血が伝う。嘴から零れる断末魔を、甘美な音楽を楽しむように微笑み、腕を薙ぐ。血に汚れた指先は、すべての爪が元通りに長さを揃えていた。

「再生機能はそのままか。時間がない、核の破壊を急ぐぞ。……ッ!」
「ハルちゃん!」「ハルナ二尉!」

 苦しげに咳き込んだハルナの唇から、血が溢れる。大丈夫だと彼は言うが、どう見てもアカギより重傷だった。
 穂香はゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。ナガトとソウヤが足元に威嚇射撃を行うが、穂香は動きを止めなかった。本体は攻撃できないと知っているかのような足取りだ。微笑みを浮かべたまま、彼女は戯れに足元に這う蔦の鞭を振るう。
 胸の核を狙おうにも、この距離からでは近すぎる。ここから発砲しようものなら、核だけではなく彼女の心臓すら撃ち抜いてしまうだろう。

「ハルちゃん、アカギ、あそこの物陰まで一度退避する。おれがフォローするから、合図したら走って」
「退避など、」
「頭冷やせハルナ! ――こっからじゃ、撃てないでしょ」

 目を丸くさせたハルナが血混じりの唾を吐き捨て、アカギの肩に腕を回した。互いに支え合う形で足に力を込める。
 目指すは五十メートル先の、倒れた大木の陰だ。辺りには、白の植物が暴れて倒れた木が何本も転がっている。「行け!」スズヤの合図を受けて、二人は一気に駆け出した。
 穂香が嗤う。その声を受けて、何匹もの白い鳥が上空から襲い来る。スズヤ達がいなければ、すぐにでも目玉を抉り出されていただろう。
 すぐ背後まで嘴や爪が迫るのを感じながら、アカギとハルナは倒木の裏へと身を潜めた。ひゅうひゅうと苦しげに鳴るハルナの呼吸音が気にかかるが、言ったところで彼は平気だと首を振るだろう。それどころか、彼は「大丈夫か」とアカギの心配をしてくるのだからたまらない。

「平気です。ハルナ二尉こそ」
「この程度、怪我の内にも入らん。それより、いいか。ここからなら、十分な距離がある。スズヤ達が足止めしている間に、核を破壊する。……撃てるか」
「できます」
「なら、構えろ。多部位への攻撃は、そのまま宿主へのダメージに繋がる。覚悟しておけ」

 威力を下げた小銃を幹の上に置いて構え、スコープを覗き込む。不気味な白いレースに縁取られた胸元に、見た目だけは愛らしい核があった。
 穂香はたくさんの獣をはべらせながら、踊るように身体を揺らした。くるりと一回転され、引き金にかけた指が震える。
 心臓がありえないほど早鐘を打っていた。僅かな振動ですらブレを引き起こす原因となるのに、心拍も呼吸も、落ち着くどころかどんどんと速さを増していく。

「アカギさん、どうしてこんなことするの?」

 弱々しい声が、耳からアカギの深くへと滑り込む。

「たすけてって、言ったのに」

 誰か今すぐ鼓膜を破ってくれ。どんな音も、どんな声も聞こえないように。「ひどいよ、アカギさん」隣で銃を構えたハルナが、一切乱れのない呼吸のまま発砲した。その銃弾が穂香の頬を掠め、髪を数本千切って空を切る。
 血は流れない。髪だけを捉えたそれは、威嚇のつもりだったのだろう。
 その場で足を止めた彼女は、悲しげに眉を寄せ、白い樹木のドレスの袖を棚引かせた。

「邪魔、しないで」

 あくまでも悲哀に染まった声音で穂香はそう言い、両腕を大きく広げた。メキメキと枝のしなる音がする。地中を掘り進み、飛び抜けてきた白い根が、一気にアカギの周りを取り囲んだ。
 怒涛の勢いで枝が伸び、絡み合っていく。穂香を中心として円を描くそれは、避けることもできない速さでスズヤやソウヤ、ナガトの身体を弾き飛ばしていった。彼らの身体が円の中から飛び出たのを確かめるように、ドーム状に白い壁がせり上がる。
 固く編まれた白い枝の檻は、そう容易く破らせてもらえそうにない。僅かな隙間から光を取り入れるこの空間にいるのは、アカギとハルナ、そして穂香のたった三人だけだ。
 穂香が纏う樹木のドレスに、白い花が咲く。いくつも、いくつも。重たいドレスの裾を引きずって、彼女はゆっくりと近づいてくる。一歩一歩、確かめるように、確実に。
 隔絶された白い世界で、穂香が笑う。倒木の陰から顔を覗かせるアカギを見て、嬉しそうに。

「アカギさん、あのね、私、ずっと言いたかったことがあるの」
「――聞くな」

 とろけるような穂香の声を、ハルナの厳しい声音が追いかけた。
 心臓がうるさい。震えを止めようとすればするほど力が入り、照準が定まらない。早く撃たなければならないと分かっているのに、石にでもなったかのように指が動かない。
 また一輪、白い花が咲く。パキパキと音を立てて枝が伸び、穂香の黒い髪を結い上げていく。彼女が女王だとでも言うように、美しく、華やかに白が飾っていく。
 咲き誇る花に、色はない。忌むべき白、駆除するべき白。分かっているのに、声が邪魔をする。


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