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「あいつ自身は必要な報告以外はなんも言わねぇから、噂でしかねぇけどな。一緒に任務に当たっていた隊員いわく、寄生体は最後までハルナを呼んでたらしい。……あいつが、その手で終わらせるまで」

 弾かれたようにハルナを見上げたナガトが、息が詰まったように苦しげに眉を寄せた。
 当時のハルナの恋人は、カクタスの科学者だった。寄生体としてハルナが処理した「知り合い」は、カクタスの女性だった。いくら彼が語らずとも、それだけの情報があればもう十分だ。

「お前らに――……、アカギに出来なけりゃ、ハルナが終わらせる。あいつはもう、その覚悟があんだろうよ」

 持てるだけの弾倉を装備し、ソウヤは再びグリップを握り締めた。
 地から足が離れた刹那、目の前に豪速で蔦が振り下ろされ、地面が抉れて土埃が舞う。瞬時に避けたものの、その衝撃で簡易飛行樹の翼が折れた。
 「ソウヤ一尉!」すかさずナガトがフォローしてくるが、背中から新しい飛行樹を取り出すよりも早く絶叫が鼓膜を叩く。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 暴れる蔦が激しさを増す。
 鋼のような根が地を抉り、次々と隊員をなぎ倒していった。撒き散らされる酸を避けるだけで精一杯だ。一体なにが起きているのか。上空へ飛翔し、そこで悟った。
 穂香を抱えた実を繋ぐ茎の根元から、どろりとした白い粘液が垂れ落ちている。そこにめがけて、立て続けに何発も発砲するハルナの姿があった。
 振るわれる蔦を避けるたび、急な動きによる痛みに顔を顰めているというのに、それでも彼の弾丸はまっすぐに標的を狙い捕らえる。嫉妬すら起きない見事な手並みだ。

「ナガト、行くぞ!」

 ハルナが捉えた突破口だ。ここでみすみす逃すわけにはいかない。
 右へ左へ繰り出される攻撃を避け、多少の酸は被る覚悟で中心を目指した。風が鳴る。簡易飛行樹で飛びながらの狙撃はそう簡単なものではないが、ソウヤの腕にかかればさほど難しいことでもないだろう。そう思わなければやってられない。
 悲鳴が上がる。耳を塞ぎたくなるほど悲痛な、少女の叫びだ。
 集中する弾丸が実の根元を貫き悲鳴が途切れたとき――、巨大な実が、ぼとりと落ちた。

「やった!?」
「いや、核の破壊は……」

 落下の衝撃で、白い薄膜が破れて剥がれていく。中には横たわる穂香の姿があったが、遠目に見る限り外傷はなさそうだ。「穂香!」誰よりも先に駆け寄ったのは、予想通りアカギだった。ソウヤ達もそれに続く。
 穂香を支えるように蠢いていた白の植物は、実を落とした瞬間に動かなくなっていた。枯れる様子はないが、ぴくりともしない。――まるで、指揮官を失ったとでも言うように。
 ぐったりとした穂香を抱きかかえ、アカギは彼女を揺り起こそうと必死に揺さぶりながら、何度もその名を叫んでいた。だらりと垂れ下がった少女の手が、呼びかけに答えるようにかすかに動く。
 真っ白な指先が、震えた。

「――アカギ、離れろ!」

 叫んだのはソウヤとハルナ、ほぼ同時だった。
 下降する時間ももどかしく途中で飛行樹を手放したが、それでも相手の方が早かった。
 穂香の指先が、存在を確かめるようにアカギに触れる。
 細い枝を幾本も束ねて折ったときのようなバキバキという音を響かせて、一瞬で伸びた真っ白な爪がその身体を貫いた。

「ふふっ、あははは!」

 嬉しそうな少女の笑声が響く。

「アカギっ!!」

 アカギの背から生えた、真っ白な枝の先。
 ――赤く汚れた、花が咲く。


* * *



 たすけてね。
 彼女はそう言った。
 白に呑まれる直前、アカギをまっすぐに見つめて、ぐしゃぐしゃの顔で笑った。
 いつも怯えて泣いてばかりの女だ。
 笑顔なんか数えるほどしか見たことがない。
 なら、これは誰だ。
 今アカギの目の前で、この上なく幸せそうに、楽しそうに、けらけらと声を上げて笑うこの少女は、誰だ。



「アカギ!」

 ザンッという音とともに腹部に衝撃が走り、僅かな熱が身体を駆けた。ハルナと、すぐに駆け付けたスズヤによって、アカギの身体は引きずられるようにその場から引き離されていた。すぐさまナガトとソウヤが、アカギを庇うように前に立つ。
 痛々しい悲鳴が木霊する中、アカギにはなにが起こっているのか分からなかった。己の脇腹に目を落とし、そこでようやっと現状を理解する。
 小指ほどの太さの真っ白な枝が、深々と肉を抉っている。その枝はハルナが軍用ナイフで切り落としたのだろう。彼の手には、樹液のようなもので汚れたナイフが握られていた。

「まずいな、返しがついてる。……アカギ、痛いと思うけど今は抜かない方がいい。余分なとこだけ切り落とす。いいね」

 スズヤがそう言うなり、ハルナが背後でナイフを振り下ろしたのが分かった。息の詰まるような衝撃が走ったが、不思議と痛みはなかった。どうやら感覚が麻痺しているらしい。
 切り落とされた長い枝には、鋭い棘が無数に生えていた。これが今、自分の身体を貫通しているとは、とてもじゃないが考えられない。
 赤く汚れた白い枝の先に、花が咲いている。丸みを帯びた花びらが特徴の花だ。

 自分の足で立ち上がり、アカギは混乱する頭で「それ」を見据えた。
 右手を庇うように身体を折り曲げ、痛みに絶叫している。細く柔らかい黒髪はほつれ、白い葉を巻き込むように飾っていた。黒の上に、白がはっきりと浮かび上がる。
 不自然に伸びた爪は、爪というよりも枝そのものだ。涙で濡れた瞳が、こちらを見る。瞳の色は変わらない。髪の色も。けれどその肌は不気味なほど白く、うっすらと葉脈が浮き出ていた。


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