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通常、白の植物に寄生された人間は「その姿のまま」核を宿す。肌は白く変わり、葉脈が浮き、唾液は樹液のように粘度が増していくが、人としての形は変わらない。進行が進めば身体のあちこちから「発芽」していくが、完全な異形と成り果てる者はまずいない。
だからこそ、恐ろしい。人の形をしているのに、それはもう人ではない。徐々に壊れていく様を見せつけられるのだ。最初から異形であるよりもずっと恐ろしいと、そう考えられているのが欠片プレートでの常識だった。
ソウヤとて、今の今まではそう思っていた。
目の前に広がる、この光景を見るまでは。
「なんだ、これ……」
誰もが息を飲んだ。
見上げる巨体は、先ほどまで対峙していた白の植物とそう変わらない。太い根も、蠢く蔦も、分厚い花弁もそのままだ。
けれどその中央に、一つの実がなっていた。花の奥から伸びた太い蔦の先に、鬼灯のような白い袋状のものが揺れている。その中に、人の姿が透けて見えた。
それが誰かだなんて、考える必要もない。今しがた呑まれていった少女、穂香だ。
「オイ、ハインケル! どうなってんだ、これ!」
すぐさま無線で問うてみたが、科学者達にとっても予想外の状況らしい。焦りを露わにした曖昧な返事のあと、「今から調べます!」と一方的に通信が切断された。
現場はすでに混乱の渦に呑まれかけている。それでも、情けなく悲鳴を上げる者は誰もいない。自分達はテールベルト空軍兵士だ。この程度のことで乱れるほど軟な精神ではないが、それでも平静を保つのは至難の業だった。
「核の露出部分がねぇってどういうこった」
「人体寄生なら、核は胸部にあるはずですが……。とにかく、外側のこいつをどうにかする必要がありそうですね」
肋骨の辺りを押さえつつ、ハルナが苦しげに息を吐いた。それでも立ち止まることなく忙しなく動き、襲い来る感染者達を処理していく。
ハルナの言うように、まずは植物の部分をどうにかしなければ、核を破壊することなど不可能だ。穂香が収められている実の部分だけ切り落としてしまえれば早いのだが、上空からのアプローチを阻むように、無数の蔦が実を取り囲んでいる。少しでも近づけば叩き落とされるのは明白だ。
これが簡易飛行樹ではなく、戦闘機型の飛行樹であればあんな蔦など一瞬で焼き尽くせる。兵器に頼りきりな点は情けないが、こうなっては嘆かずにはいられなかった。
台座となって動く白の植物に攻撃を集中したくとも、親を守るかのように集まってくる感染者達が邪魔でなかなか本命に辿り着けない。誰しもが周りの処理に手一杯の様子で、本体攻撃の余裕がなかった。
そして、対峙してみて分かる。
穂香が呑まれてから、他の感染者達の勢いが増した。二発で戦闘不能に陥っていた相手が、三発、四発でなければ倒れない。空を覆う白い鳥の数が増え、足元を埋め尽くす白いネズミの鳴き声がより一層大きくなっている。
「――ソウヤ一尉! 一度飛んでみます、フォロー願います!」
「馬鹿か! 肋(あばら)やってんだろ、いくらお前でも無理だ。俺が行く。ナガト、フォローしろ!」
呆然自失の状態に陥り、かろうじて機械的に動くアカギなどは始めから物の数には入れていない。飛行樹のグリップを掴んで声をかければ、威勢のいい返事とともにナガトが翼を広げた。
確かに今、この場で最も飛行技術に長けているのはハルナだ。戦闘機の扱いだけではなく、彼は簡易飛行樹の操縦技術もずば抜けている。彼ならばあの無数の蔦を掻い潜り、実を落とすことも不可能ではないだろう。だがそれは、彼が万全の状態であればの話だ。
どれほど彼の技術が突出しており、その体力が化物じみていようとも、今のハルナには少々荷が重い。
地上からのフォローをハルナとスズヤに任せて飛び立とうとしたその瞬間、ソウヤにとっては耳慣れない大声に、ナガトが目を剥いた。
「――他の白いやつらは、あたしに任せろッ!」
拡声器を使って放たれた声は、ほんの一瞬で遠ざかる。凄まじい速さで急上昇していったからだ。上空で簡易飛行樹の翼が広がり、その声に釣られたかのように感染者達の動きが止まる。
人の姿をしたものも、動植物も、すべてが同様に。
そして一気に、それらは駆け出した。
――極上の獲物を求め、飢えた獣が大地を蹴る。
「なんっでお前まで出てくるんだ、バカ!!」
痛々しいほどの声で叫んだナガトに、一拍遅れてハルナが唇を戦慄かせた。
「なにを考えてる、あの阿呆は!」
「カガ二佐自ら出てくるって、そりゃあ……ハルちゃんのこと、心配だったんじゃないの?」
「余計なお世話だ!」
怒りに任せて吐き捨てたハルナが、「アカギを頼む!」と言い置いて飛行樹の翼を広げた。止める間もなくその身体が地を離れる。
暴れる蔦を縫うように飛び、彼は上昇と下降を繰り返して銃声を響かせた。片手で操作しているとは思えないほどの鮮やかな動きに見惚れ、追いかけるのが少し遅れた。怪我人ばかりに働かせるわけにはいかないと、瞬時にソウヤも空を飛ぶ。
びゅっと振り下ろされる蔦を避け、その根元に照準を合わせる。あまりの速さと追撃の数に数発虚しく空を切ったが、そのうちのいくつかは深々と植物の肉を抉った。
「イヤァアアアアア!!」
ハルナの銃声が響くたび、ソウヤの銃弾が貫くたび、少女の声で悲鳴が上がる。
同様に空へ上がってきたナガトが、まるで己の痛みのように顔を歪めていた。