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「あー、笑った笑った! なるほどな、だから『ごめん』か! そーかそーか!」
「……おい、カガ」
「うん。よし。なぁ、ヒュウガ。これ以上民間人使うのはマズイよなぁ?」
「当然だ。これ以上の無茶はさせらんねぇよ」
断固として行かせないと言わんばかりにきつく見据えられ、ぞくりとしたものが奏の背を滑る。これが艦長という立場の人間が持つ眼光なのだろうか。確かに怯んだが、ここで引くわけにはいかない。
反駁しようと口を開いた奏の目の前を、逞しい背中が遮った。
「だーよなぁ。だったらここはもう、オッチャンが面倒見るしかねぇよなー。いよーし、ここは任せたぞ、ヒュウガ!」
「え……」
「カガ! お前なにを馬鹿なことをっ」
「だってしょうがねぇじゃんよー。それにホラ、あれだろ? 無茶も無謀も、ついでに勝手も。それが許されんのは、俺の特権だ。――いいか? ハルナが苦戦してる。あいつが真っ先にぶっ飛ばされたっつーことで、全体に動揺が走ってるのはお前も分かんだろ。こんなバケモン、テールベルトでも見かけねぇんだ。艦長クラスが出んと士気も上がんねぇだろ」
「だからってお前、少しは常識でものを考えろ!」
その場にいた全員が肩を跳ねさせるほどの怒号を前に、カガはけろりと笑って「よっしゃ、行くぞ!」と奏の肩を叩いてきた。
――何者だ、この男は。
誰もがためらった民間人の「囮」を反対することもなく賛同し、それどころか周囲の反対を笑顔で押し切って無茶を通そうとしている。あれほど恐ろしい作戦を軽い口ぶりで説明する様も、怒りをさらりと受け流す様も、どうかしているとしか思えない。
艦長という立場から考えて、階級は相当上のはずだ。だとすれば、配慮しなければならないことがたくさんあるだろう。けれどカガは、そんなものを微塵も感じさせない。
ある意味、剥き身の刃のような怒りを露わにさせていたハルナよりも、彼の方がよほど恐ろしい。
「いい加減にしろ!」
「お前こそ常識で考えろよ。俺たちゃ、お前らヒュウガ隊の救出を命じられてやってきた。無論、このプレートに残された白の植物の殲滅が最優先だ。ここでこのプレートの被害を拡大させりゃ、テールベルト空軍の名は地に落ちる。もっかい言うぞ。無茶が許されんのは俺の特権だ。――お前はこれ以上失点を増やさんでくれ、ヒュウガ一佐」
彼らの国の事情も、空軍の事情も、奏にはさっぱり分からない。だから理解しようがないけれど、カガにはカガなりのやり方で仲間を守ろうとしているらしいことだけは伺えた。
ヒュウガが口を噤み、悔しげにモニターへ目を移す。「指揮権は預かる」ぽつりと零されたその一言に、カガは嬉しそうに笑う。
まるで子どものような笑顔だった。
「ん? なんだよなんだよ〜、あんま見つめんなってぇ。……惚れんなよ?」
「……アホちゃう?」
「うわ、ひっでぇ! はい傷ついた、オッチャン傷ついた〜!」
「ああもうっ! 茶番はいい、行くならさっさと行ってこい! くれぐれもヘマすんじゃねぇぞ!」
豪快に笑いながら装備を整えたカガが、小型の拡声器を奏に持たせてきた。首から下げられるタイプの、携帯より少し大きいくらいのものだ。軽く使い方を説明され、自分の役目を悟る。
ハッチの真下で逞しい腕に抱えられながら、奏はカガという男の笑顔を間近で見た。男臭い顔に、少年の笑みが乗る。
「わぁってるってぇ〜。――お前、誰にもの言ってんだよ」
ゴーグルを填めたその奥で、きらりと瞳が輝いた。奏を抱く腕に力が籠もる。
ガコン、と音を立ててハッチが開き、彼は内緒話をするように楽しげに声を潜めて言った。
「ハルナみてぇにカッコよく行くぞ!」
太い首にしっかりと腕を回し、訪れる衝撃に備えた。強く目を閉じた瞬間、身体が激しい浮遊感に襲われる。びゅうびゅうと風を切る音が鼓膜を叩き、足が宙ぶらりんになる感覚に心臓がひやりとした。それに気づいてか、カガが自分の爪先を奏の足裏に添えてきた。より強く腕に力が込められ、身体が安定する。
凄まじいスピードで空へと飛び出した奏は、カガに促されて拡声器のスイッチを入れた。
「――他の白いやつらは、あたしに任せろッ!」
* * *
――あのさ、この世界の植物から色がなくなったら、どう思う?
あのとき、きみはこう言った。
『……つまらんなぁ。なんの面白味もなくなるやん。全部一緒やったら、おもんない』
予想だにしない答えに、呆れるよりも先に笑いそうになった。
よりにもよって「つまらない」だなんて、そんな一言で。
緑があることを当然とする相手が目の前にいることに、なぜか嬉しくなった。
この子は、白の恐怖を知らないんだ。そう思うと、ほっとした。
ずっとそのままでいてほしかったんだ。
奏には、ずっとそのままで。
白を恐れることなく、ただの色として受け止められる彼女のままでいてほしかった。
君は強い。ヒーローなんて必要としないほどに。
でも。
「なんっでお前まで出てくるんだ、バカ!!」
――きみの全部を、守らせて。
* * *
穂香が呑み込まれてから、すでに五分は経った。
予想を超えた状況が目の前に広がっている。太い根を地面に這わせ、蔦を振るうそれは、ただそれだけでも今まで見たことのない存在だった。
それが一人の少女を呑み込んだ。優しく抱擁するように、ゆっくりと。蔦を伸ばし、絡め取り、肉厚の白い花弁の中へ少女は消えていった。