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 ヒュウガがアカギを解放し、やっと落ち着いて話ができると思っていたのに、軽口を叩きながらも、彼らは居住まいを正して装備を確認し始めた。当たり前のような顔をしてそんなことをし始めるから、奏も穂香も訳が分からずに一瞬固まるはめになる。
 タブレット型の端末を操作していた大柄な男性――カガというらしい――が、なにやら暗号のようなものを読み上げる。どうやら目標地点らしく、二人はそれに平然と返事をして装備を整えていった。

「え、待って、あんたら外に行くん!?」
「うん、そうだけど? 二人揃ったし、艦長とも合流できたし。きみもここにいたら安全だしね」
「爆弾の場所探さなきゃなんねェしな。休憩は終わりだ」

 ――そんな。
 それが彼らの為すべきことだと頭では分かっていても、あんな危険な場所へ自ら舞い戻ると言った彼らが信じられない。そんな奏の気持ちを悟ったのか、ナガトが困ったように首を傾げて微笑んだ。駄々をこねる小さな子どもを前にしたときのような表情が気に入らない。
 そう思うのに、そんな目で見られると絆されそうになる自分が嫌だった。

「これが俺らの仕事なんだよ、奏。大丈夫、今度はみんないる。武器もたくさんある。心配ない」
「心配ないって……、そんなん心配に決まってるやん!」
「あのね、奏、」

 穏やかに微笑んだナガトがなにかを言いかけたそのとき、艦内の誰かが叫んだ。

「ソウヤ一尉からコール! 繋ぎます!」

 一瞬ざわついた艦内が、一呼吸の間に静まり返る。静寂が支配した時間はあまりにも短い。僅かなノイズを乗せて、艦内のスピーカーから、先ほど奏を救った男の声が放たれた。

『こちらソウヤ。ハインケル博士並びにミーティア博士の救出完了。ジグダ燃料爆弾の起爆装置も解除されました。ミッションオールクリア。施設内の感染者駆除を願います』

 歓声が沸く。鳴り止まないドラムロールのように、誰もが歓喜の声を上げた。「っしゃあ! 最後まで気ぃ抜くなよー!」鼓舞する声はカガのものだ。あまりの大きさに、耳が痛みすら覚えるほどだった。ナガトもアカギも、他の隊員と同じようにほっと息を吐いている。
 爆弾の起爆装置が解除されたということは、この国が爆発で滅ぼされる危険性がなくなったと考えていいのだろうか。「大丈夫だよ、奏」優しい声と共に頭を撫でられる。奏と同様に事態を把握しきれていない穂香が、縋るようにアカギを見つめていた。
 ヒュウガがソウヤとなにかをやり取りしているらしかったが、それを聞けるだけの余裕もない。ごくりと喉を鳴らした奏に、ナガトはこれ以上はないくらいに甘く囁いた。

「あとは、全部倒せば終わる。大元の核を破壊する。それできみを守れるんだ。だから、ここで待ってて。――必ず、帰ってくるから」
「でもっ」
「かーなーで。……あのさ、ソウヤ一尉ばっかりじゃなくて、俺にもかっこつけさせてよ。きみが待ってると思うと、俺、頑張れるんだからさ」

 「げっ」と呻いたのが誰で、口笛を吹いたのが誰かだなんて、奏には分からなかった。頬に与えられた柔らかい熱に、ただただ目を白黒とさせるより他にない。
 これはなんだ。湿った土の匂いと、汗の匂いが一瞬色濃く香り、離れていった。悪戯っぽく笑ったナガトが、「じゃあね」と背を向ける。
 ――なに、今の。
 頬に触れていったものが彼の唇だと気が付いた瞬間、ぼっと顔に熱が昇った。慌てて周りに目をやれば、穂香には気恥ずかしそうに視線を外され、カガにはにやにやとした顔で見られた。ヒュウガとアカギは、同じような表情で頭を抱えている。

「っ〜!」

 頭が沸騰する。走り始めた心臓に急かされるまま、奏は近くにあったボールペンを掴み、ナガトの背中に向かって投げつけた。

「このっ、アホ! 人前でなにすんねんっ!!」
「痛ッ! は? え、うそ、なんで怒ってんの!?」
「怒るわドアホ! ふざけんな! 場所を弁えろ変態! ――それにっ! 帰ってくるんなんか当たり前やろ!? かっこつけとらんと、さっさと行って終わらしてこい!」

 顔が赤いのは、全力で怒鳴りつけたからだ。息が荒いのも、心臓がうるさいのも、大声を出したからだ。それ以外の理由なんてない。
 こちらはこんなにも怒っているというのに、ナガトはきょとんとしたあと、だらしなく目尻を下げて笑った。
 そんな顔をしていると、彼はますます若く見える。アカギよりもずっと年下に見える彼は、それでいてとても男臭い表情で奏を見つめてきた。笑顔が消える。真摯な瞳に射抜かれ、胸がぎゅうと締め付けられた。

「約束する」

 たった一言だ。
 奏達をこんなことに巻き込んだ挙句、一時は囮にすらしようと考えていた男の台詞とは到底思えなかった。これからどうなるのか、奏には分からない。しかしもう、ここから先は彼らの領域だ。任せるより他にない。
 アカギが奏の肩を軽く叩いてナガトの背を追った。ソウヤと同じように、彼らも奏達に背を向けて外へ飛び立つ。ナガトもアカギも、もう振り返らなかった。

「うぉおおおおお、若いっていいなぁー」
「吠えるなカガ、うるさい。ソウヤからの伝言だ。ハインケル博士達は今、王族印の方で休んでるとよ。じきに合流だ。迎えに行ってくる」
「お前が?」
「人手不足だ、俺も動かんでどうするよ」

 誰一人として動きを止めようとしないのだと、奏にも理解できた。つい先ほどまでの奏がそうであったように、彼らは立ち止まるわけにはいかないのだ。ここまで来たら、もう立ち止まれない。
 遠慮がちに声をかけてきた穂香の頬は、まだ若干赤く染まっていた。妹の前でなんてことしてくれた、あいつ。内心舌を打つも、油断すれば耳まで赤くなりそうで慌てて思考を打ち消す。
 代わりに浮かんだ言葉を口にすれば、それは穂香の台詞とぴたりと重なった。

「「大元の核って……」」

 まったく同じ言葉とタイミングに、二人して顔を見合わせて小さく笑った。ああ、そう、そうだ。姉妹なのだから、こういうことも珍しくはないだろう。
 大元の核と何度も聞かされたが、それがどういうものなのか、具体的には把握しきれていない。外を蠢くあの奇怪な白の植物の中にあるものなのか、それとも感染者の中にあるものなのか。どんな形をしているのか、どんな危険性があるのか。


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