1 [ 9/184 ]

やがて欠片は手を伸ばす *3


hi


 乱暴な女だった。データにある言語より少し訛りのある喋り方で、細っこい身体を闇雲に動かして対抗――あれは抵抗ではなく、もはや対抗だ――してきた女は、泣きそうな顔でナガトに噛みついた。もちろんこれは比喩だ。
 ただし、俺には物理的に噛みついてきたが。


 艦に戻って回収してきた植物を装置にかけるナガトは、黙ったままだ。あの家の庭に停めたままにするわけにもいかないので、今は離れた山に場所を移している。
 他の連中と連絡を取り合ったが、ぽつぽつと感染者が出始めているらしい。「新種じゃなけりゃいいけどな」とぼやくように言って通信を切ったが、その間もナガトはずっと装置の前から動こうとしなかった。

「よかったのか?」
「なにが?」
「あのガキども放っておいて。濃厚接触者であることには変わりねェし、これでなんかあったらどーすんだ」
「……これだからアカギは。あのね、まず常識で考えて、若い女の子二人が男二人組に部屋に侵入されて『僕たちこの世界を救うために、違う世界から来たんです〜』なんて言われて信じると思う? 簡単に信じられたらそいつの頭を疑うよ、俺は」

 キーをいじくって遺伝子情報を探しながら、ナガトは心底呆れた声で言う。見た目だけは穏やかなくせに、歯に絹着せぬ物言いが彼らしい。――が、腹が立つ。
 腹が立つのは、ナガトの言うことが正しいからだという理由もあった。

「頭のオカシイ人間だと思うでしょ、普通。それぐらいの警戒心は持っててもらわなきゃ、このプレート全体の常識を疑うね」
「だったらなんで、適当に言って誤魔化さなかったんだよ。わざわざあんな昔話までするこたねェだろ」

 それこそ、馴染みのない者からすれば「頭のオカシイ」話だ。
 ナガトが語ったのは初期も初期の話で、実際、他のプレートに渡ったときにはもっと最近のことだけを話す。
 「これは生物兵器だから」だとかなんとか付け足したりもする。このプレートの科学技術もそれなりに高い水準にあるのだから、その説明の方が説得力があっただろうに。
 するとナガトは小さく笑った。ぽいっと投げてよこされたのは、一冊の本だ。

「んだよ、これ」
「この国の本。まあ読んでみなよ、結構おもしろいから。この国にはこういった傾向の本が山ほどで出版されてるらしいよ。――異世界から勇者がやってきて、悪者を倒すってストーリーのがね」
「……はァ?」

 たぶん、素だった。
 なんだコイツは。勇者なんてものになりたいのか。

「あ、言っとくけど、勇者になりたいって思ってんのかとか思ってんなら、ぶん殴るから。そんな綺麗な職じゃないって、お前が一番分かってんでしょ」
「あー……うん、まあ。でも、だとしたらなにが目的なんだっつー話だろ」
「オイコラ。やっぱし思ってたんだな、殴らせろ」

 ばこんとバインダーの面で殴られる。角だったら避けたが、失礼なことを考えたのもあって、甘んじて受け止めた。

「たく。――つまりは、こういうストーリーが氾濫してるってことは、平時には『そんな小説みたいな話あるわけない』って意識を植え付けられてる。俺らみたいなイレギュラーな存在が唐突に現れても、まだ理性が勝ってるってわけ」

 途中で、ナガトがぴんと指を弾いた。どうやら解析が上手くいったらしい。

「でも、有事の際は――簡単に言えば、イレギュラーなことがレギュラーになってきつつある段階では、『小説みたいなことがあるかもしれない』に変わるんだよ。小説にあるんだから、現実でも誰かが助けてくれるかもしれない、ってね」
「……そんなもんか?」
「人間ってのは意外と単純なもんなんだよ、特に非常時で混乱してるときは。どうせこれから、このプレートはパニックになる。あれくらいの年頃なら、泣いて縋ってきても不思議じゃないよ」

 泣いて縋らせてどうするというのだ。
 たった二人の人間を守るために、わざわざやってきたわけではない。

「今、司令部から連絡が来た。このイチゴが親でビンゴ。ただし核(コア)は抜けてる。すでに寄生済みってことだ」
「オイ、そりゃあいくらなんでも……」
「早すぎる。進化してる可能性のが高いね、こりゃ。妙な特性増やしてなきゃいいけど」
「おまっ、そんな簡単に!」
「ハルナ二尉が派遣された地域の親も、コアは移動済みだった。このプレートには、俺らのプレートと違って人が多すぎる。――どういうことか分かるだろ?」
「それだけ寄生対象と、……餌が多いってこったろ」

 すでに白の植物は、人間を補食対象に認識している。もしこのプレートを蝕もうとしている植物がその意図を持っていなくとも、白の植物が本来持っている脳の神経系破壊は変わらない。
 これだけの人間が暮らすプレートだ。起こる騒動は、生易しいものではないだろう。

「コアは離れても、親の近くに戻りたがる。だとしたらあの二人に接近することは間違いなし。だったら初めからあの二人に、いつでも協力してもらえる状態にしておいた方がいいでしょ。そのためには、助けてーって泣きついてもらった方が手っとり早いと思って」
「……鬼」

 ナガトは唇の端だけで笑った。

「なんとでも」



[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -