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 ナガト三尉、アカギ三尉。
 彼らはそう名乗った。三尉は名前でもなんでもなく、ただの階級らしい。
 不法侵入者という肩書さえなければ、はっとするような整った顔立ちの男がナガトだ。ビンタを一発叩き込んでやった男が、アカギというらしい。
 どちらも飾り気のないシンプルな服装で、動きやすさを重視しているようだ。肩に入った線や胸元のエンブレムから、ミリタリーな匂いがぷんぷんしている。
 外国人かと思ったが、どちらも日本人に近い顔立ちだった。ナガトの方はなまじ顔が整っているせいか、ハーフに見えないこともない。
 だがなんにせよ、彼らは不法侵入者の変人だ。頭がおかしい。そうとしか思えない。

「かつての大災厄からこっち、こっちの世界に“白の植物”が蹂躙するようになった。大災厄っていうのは、まあ地震みたいなものかな。次々と国が崩壊し、残ってまともに機能したのは、テールベルト、カクタス、ビリジアンの三国だ」

 こっちの世界。
 いきなり話し出されるファンタジーの世界に、彼らの精神異常が伺えて寒気がする。

「大災厄の原因は分からない。でも、それから緑が減り始めた。分かる? どんな植物も、白く変わり始めたんだ」

 路肩の雑草も、森の木々も、全部。
 赤く色づくリンゴでさえ、白く変わっていった。
 科学は崩壊した。大災厄の被害によって、人々は原始に強制的に帰された。
 災害のあとに治安が荒れるのは、悲しいことだが珍しくない。略奪が起こり、各地で暴動が発生した。各国政府はそれを鎮めようと奮闘したが、事態は一向に収拾を見せない。

「当然だよ。それは人々の意志ではなく、白の植物によって引き起こされていたものだったから」

 無害であると信じられていた白の植物は、人々に妄想・幻覚を見せる。人々を狂気に至らしめ、破壊衝動のままに突き動かす。
 人々は恐怖した。そして、失われていく緑を渇望した。
 当時、緑を生み出すことができたのは、遺伝子操作によって特権を得ていた王族だけだった。優雅に椅子に座っていればよかっただけの子供が、痩せ衰えるまで緑を生み続けたのは、皮肉以外のなにものでもない。

「それでも人々は努力を絶やさなかった。植物が白く変わる原因や、幻覚をもたらすメカニズム。対処法はあるのか――いろんなことを、調べた」

 元来科学の進んでいた世界だ。国の復興と共に科学も復活し、かつてのレベルにまで追いついた。

「白の植物の呼気に、他の生命体の脳神経系を破壊する物質が含まれていることが分かった。でも花粉みたいに広く飛散するわけじゃないから、よっぽど近くで長時間いない限りは影響はない。でもね、だんだん被害は拡大し始めたんだ」

 周囲に白の植物がなくても、人々が狂い始める。
 動物達も凶暴化し、次々に人間を襲い出す。

「白の植物には、親がいた。親は核(コア)を持っていて、それを虫やら近くにやってきた動物に植え付けて、進化し続けるんだ。親に寄生された生き物が死なない限り、子は増え続ける。そりゃあもう、いろーんなオプションつきでね」
「……どこまで遡って語る気だ。端折れ」
「はいはい。気が短いのはやだねー。まあそんなこんなで大変だったんだけど、白の植物を駆逐する方法がやっと見つかってきたわけ。なんだけど、そんなときに進化を極めちゃってた奴の種子が、他のプレート……あ、きみらの世界に、飛んでいっちゃったんだ。だから俺らは、それを責任持って駆逐するために遣わされた、いわゆる兵隊さんなわけです」

 このままでは白の植物が地球を浸食する。
 そして、今、妨害電波の影響を受けずに起きていられる奏と穂香は、それだけ白の植物に濃厚接触している、とのことらしい。
 ――そんな話を、簡単に信じられるわけがない。

「それどこの宗教? またテロでも企んでんの?」
「宗教ときたか。でも残念ながら、俺は無神論者なんだ」
「そういうこと言ってんとちゃうやろ!? なにが目的なん!?」
「騒ぐなバカ。目的は『白の植物の駆逐』っつったろ」
「やから! そんなんあんたらの狂言やん! ほんまの目的はなんなんって聞いてんねん!」

 狂ってる。
 強盗か、変な宗教団体か、それとも中毒者か。
 もしかしたら、その全部か。
 自分を保つには怒鳴るしかなかった。そうでもしておかないと、穂香と一緒に泣きじゃくってしまいそうだ。

「なかなか受け入れがたいことではあるだろうけど、信じてくれる? というか、この状況からして信じざるを得ないと思うけど、違うかな」

 ナガトは、すっとホワイトストロベリーの鉢を指さした。
 ほとんどすべての葉が白くなった植物が、ちょこんと鎮座ましましている。
 二人にしか感じなかった地震。
 庭に現れた、潜水艦のような黒い塊。
 どんなに起こしても起きない両親。
 どこからともなく現れた二人組。
 これだけ騒いでいるのに、苦情一つこない現状。

「別にいいよ。感染も寄生もされてないみたいだし、その植物だけ譲ってくれる? そしたら俺らのこと、頭のイカレた連中だって思ってくれても構わないから」
「……おい」
「その代わり、これからこの世界になにが起きるか、その目でよく見ておくといい。ついでに言っておくけど、俺らはこの世界の緑を守るために来たんであって、人間を守るために来たんじゃないから」

 そこらへん、勘違いしないでね。
 残酷なほど綺麗な笑顔でナガトは言い、鉢を持って二階の窓から帰っていった。


【2話*end】

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