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 そういうわけだから、協力してね。
 強盗かなにかだと思った男は、にっこりと笑ってそんなことを言った。

 奏を捕まえている体格のいい男が、ポケットからなにか取り出した。「飲メ」まだどこか片言の日本語で、奏の口に白い錠剤のような物を押しつける。
 奏は無言で首を振った。当然だ。見知らぬ者から――それも、相手は不法侵入者だ――いきなり薬のようなものを渡されて、大人しく飲むはずがない。
 しかし、屈強な男はそれを許さなかった。抵抗を続ける奏に苛立ち、なにやら彼らの母国語で怒鳴って強制的に唇を割って錠剤を押し込む。
 「やめて」と叫んだつもりの声は、小さく掠れた音になった。
 ――殺される。
 きっとあの薬は毒だ。顔を見たから、私達は始末される。嗚咽が漏れる口は、ろくなことを言いやしない。叫んで近所に助けを求めるなり、警察を呼ぶなりできるはずなのに。
 ただ泣くことしかできない自分が嫌だ。泣くだけなら赤ん坊だってできる。なにかしなきゃ。そう思ったとき、軽く肩を叩かれた。

「あ、ごめんね。初めまして。急で驚かせちゃって悪いんだけど、許してくれると助かる。ああそれから、ケーサツはちょっと我慢してくれる? 俺達、危害加えに来たわけじゃないから。むしろその逆」

 そこまでを水が流れるようにすらすらと言い切った男は、涙でぐしゃぐしゃになった穂香の前に白い錠剤を差し出した。

「これ、飲んでくれる? 別に怪しいクスリじゃないから。心配なら同じの俺が飲むよ。全部一緒だけど、きみが一つ選んで。それ飲むから」

 男は手のひらに数粒錠剤を取り出し、穂香に見せた。そうこうしている間に、奏は錠剤を飲まされたらしい。げほげほと大きく噎せているが、すぐに体調に変化は現れない。
 だがもし、遅効性の毒なら――……。

「俺はアカギと――ああ、アカギってのはあっちの男ね。まあ、彼と違って俺は優しいから、選ばせてあげるよ。きちんと証明してあげる。時間がないから説明はあとにしたいんだけど、どう?」
「ふざけんな! ほの、絶対飲んだあかんよ!!」
「クソ、暴レんな!」

 大きな声で怒鳴りつけたアカギという男が、さらに強く奏を拘束する。呆れたように溜息をついた目の前の男が、彼に「フタマルフタフタ」と告げると、小言を漏らすアカギの言葉は流暢な日本語に切り替わった。
 錠剤を手のひらに乗せたまま、再び男が向き直る。

「どれでもいいよ。どれも同じだから。全部っていうのでも構わない。俺が先に飲むから、早く選んで。……まあ無害なのは、あっちの女の子を見ても分かると思うけど」

 全力で抵抗する奏の身体に、特に変化は見られない。
 そうは言っても恐怖は薄れない。けれど向けられる穏やかな微笑みが、抵抗すら許さない。穂香は震える手で、錠剤を一つ指さした。

「おっけ。じゃあもう一つ選んで。きみの分」

 ほの!、と泣きそうな声で奏が叫ぶ。
 ――ごめん、ごめんねお姉ちゃん。でも、怖いの。

「はい、いい子いい子。聞き分けのいい子は好きだよ、俺。じゃあよく見ててね。……本来は噛み砕くものじゃないんだけど、毒じゃないってことの証明で一応」

 躊躇いなく錠剤を口に放り、前歯でくわえたそれを穂香にしっかり見せてから、ガリ、と、音を立てて噛み砕いた。べ、と出された舌の上には、欠片になったり粉末状になったものが乗っている。

「ね? これはただの検査薬だから、心配せずに飲んで」

 それとも、アカギと交代しようか?
 するりと唇を撫でながら言われて、穂香の心臓は大きく跳ね上がった。
 怖い。信用なんて、安心なんてこれっぽっちもできない。でも、乱暴にされるのはもっと怖い。

「ほのっ、ほのか! 飲まんでいいって! 飲むな!」

 慟哭のような制止を振り切り、穂香は震えながら錠剤を嚥下した。
 それから五分が経っても、穂香の身はもちろん、奏の身にも異変は起こらなかった。五分の間に奏とアカギは散々攻防を続けていたが、もう一人の男はそれを見て「うるさいね、あの二人」とのんびりと言い放っただけで、なにもしようとはしなかった。
 腕時計を確認して、男が満足そうに笑む。

「感染及び寄生の疑いなし。両名共に健康体である。これより任務に移る、――っと。記録終わり。……アカギ、もう離してあげたら? いつまで女の子抱きしめてんの」

「アホ言うな! 押さえとかねェと暴れんだろうが!」
「でもさー、年頃の女の子と深夜に密着って、そりゃ騒がれるよ? 報道の連中に嗅ぎつけられたら大変よ?」

 「下手したら罰則くらうよ」の一言に、アカギは奏を解放した。途端、振り向きざまの平手が彼の頬を襲う。

「おー、いい音」
「テメッ、ざけんなよ! 大人しくしてろ!」
「なんなんよ自分ら! 母さんらになにしたん!?」
「なにもしてないよ。ただ少しだけ環境をいじくって、音が聞こえなかったり普段よりぐっすり眠ってもらえるようにしただけ」

 それは十分「なにかした」ことになる、と、奏が男に牙を剥いた。

「正直なところ、これだけはっきり俺らを感知できる接触者っていうものを、こっちも予期してなかったんだよね。だからちょっと荒っぽくなったんだけど、そこは見逃してくれない? きみらに不利益を及ぼすことは本意ではないから」

 どうやら説明役はこの男が担うらしい。
 しかしその話は、あまりに荒唐無稽だった。



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