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「……待機中に、無線が入った。聞こえてきたんだ。途切れ途切れの、悲鳴が」

 本来なら、空渡予定のない練習艦の通信機などは切断している。しかしあのとき、一度各種計器の状態をチェックしたあとで通信機のスイッチを切り忘れていた。
 ノイズが艦内に響く。映し出されたモニターに、白い悪魔が見えた。

「別の隊の奴だった。入隊したときから、それなりに仲はよかったな。ナガトなんかはしょっちゅう一緒にメシ食ってた」
「それ、で……?」
「プレートとプレートを繋ぐ途中の、……道っつうか入り口っつうか。なんつったらいいかな。まあ、とにかくそこで、どういうわけか白の植物が一人の隊員を捕まえてるらしかった。そういうことはたまにある。種子がプレートを渡る際に進化して、個人用空渡艦だとか成層圏ギリギリを飛ぶ飛行樹だとかを掻っ攫うケースは別に珍しくない」
「そんな……」
「非常事態とはみなされるが、“珍しくはない”んだ。すぐに出動可能な隊が動き、救出、あるいは駆除に向かうはずだった」

 それが当然の流れだ。アカギ達も頭では分かっていた。だが、モニターに映る仲間の悲痛な姿に、声に、身体が勝手に動いていた。

「そんで空渡艦を動かして、緊急発進。途中で捕まえて救出しようかと思ったけど、――まァ、間に合わなかったわな」

 細かく裂かれた人間の身体。プレート間に漂う肉塊は、やがてどこかで消えるだろう。血が漂う。その中を渡り、訓練のために登録されていた座標コード通りに二人はこのプレートへとやってきた。
 現場を知らない上の連中は、記録データだけを見てヒュウガ隊が動いたと思っている。もっと早くに気が付くべきだったのかもしれない。それ自体が、異常なのだと。

「守るつもりで飛び出した。いくら練習艦でも、一人じゃ動かせねェ。動いたのは二人同時だ。――それでも、間に合わなかった」

 これは、穂香の疑問に答えているのだろうか。ただの愚痴になっているような気がしたが、不思議と言葉が止まらない。
 駆け付けた現場には小雪のように漂う血の雫と小さな肉の塊しかなく、仲間を一人失ったのだと言う実感もないまま、このプレートへと辿り着いていた。与えられた任務に集中することだけが、唯一現実から逃げる手段だったのかもしれない。

「逃げた白の植物は、このプレートに渡った。ちょうど親を探せって指令も下ってたからな。最初っから二人で任された任務みてェなツラして、二人して誤魔化してた」

 守れなかったこと、間に合わなかったこと。端からなにもなかったように振る舞って、叩き込まれていた心の殺し方をここぞとばかりに使って罪悪感を封じ込めた。
 アカギもナガトも、お互いに「なかったこと」にしようとしていたのかもしれなかった。
 けれど嫌でも思い出す。たった今、あのときと同じように、ナガトが飛び出していった。後先考えずに、ただ勢いに任せて。

「……おつらかった、ですね」

 困り切った顔で眉を下げてそんなことを言われ、アカギはどう返したものか分からなくなった。つらかったのだろうか。考えないようにしていたから、分からない。

「でも……、あの、でも、今度は、大丈夫ですよ。あの人は……お姉ちゃんは、大丈夫です」
「……ああ」
「だって、……だって、ナガトさんが、助けてくれますから」

 きっと間に合います。だから、大丈夫です。
 「大丈夫か」と訊きたいのは穂香の方だろうに、彼女は震えながらもはっきりと、アカギに言い聞かせるように大丈夫だと繰り返す。それほどまでに俺は弱って見えるか。そんな苦笑は、喉の奥に張りついて出てこなかった。
 艦が揺れるたびに跳ね上がる薄い肩を見つめ、アカギはあのとき聞いた断末魔にようやっと向き合った。どんな最期だったのか想像もできないくらい、なにも残っていなかった。ギャンギャン騒ぐあの女が、震えてばかりのこの少女が、そんな最期を迎えることは――想像もしたくない。

「――大丈夫だ」
「はい」
「ぜってェ、ナガトは間に合う」
「はい」
「お前も、ぜってェ守る」
「は、い……」

 なぜか最後だけ目を泳がせた穂香が一度深く俯き、やがてそのまま首を傾げた。まさにおずおずといった雰囲気で、彼女は静かに訊ねてくる。

「あ、あの……、今、思ったんです、けど……。私達の携帯と、アカギさん達の携帯、通じます、よね?」
「ん? ああ」

 回線コードの自動変換を行っているから、登録さえすれば他プレートとの通信機とでも設定次第で通信可能だ。アカギとてその詳しい仕組みは理解していないが、できることには違いがない。
 穂香は自分の携帯を取り出して、まるで祈るように胸の前で握り締めた。

「それじゃあ……、この携帯で別の人に連絡することって、できたりしませんか? あの、アカギさん達の携帯とかじゃ、繋がらないって言ってたから……」

 艦の通信機は壊れ、アカギの携帯端末も通信が妨害されているのか通じない。
 だが、もしかして――。
 どれほど簡単な手段でも、足元に転がっていては気づかない。俯くまでは、その重要性が分からない。「や、やっぱり、無理ですよね、すみません」慌てて携帯を引っ込めようとした穂香の手を掴んで、アカギは勢いのままその腕を引き寄せた。
 軽すぎる身体は、あっという間に前のめりになって胸に飛び込んでくる。

「穂香っ、よくやった! お前最高だな!」

 抱えるように腕を回して小さな頭を掻き回す。
 ああ、そうだ。


 ――墜ちるには、まだ早い。



【18話*end】

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