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碧落の欠片が降り来たる *19



 プレートナンバー0000、プレート名「ルトロヴァイユ」。
 かつての大災厄を生き残った三国が柱となって勢力を誇るあのプレートは、「緑のはじまりと再会」を意味している。しかし、このプレート名が表立って使われることはそう多くない。
 世界が割れ、砕け散ったと記録されるかつての大災厄。多くの国が失われ、人々が次元の狭間に消えた。運よく生き残ったこのプレートは、大きな世界の一片(ひとひら)だ。
 ゆえに、誰もが呼んだ。
 自分達のプレートを、「亡国の欠片」と。



 欠片プレートにおいて三柱の一つとなっている国が、テールベルトだ。頂点に緑王を構えているが、事実上の実権は内閣政府が握っている。
 大災厄によって一度失われた科学力を取り戻したこの国は、空軍の編成に力を注いできた。他プレートでの任務をこなす特殊飛行部の実力は三国一と言われており、その道では他国と比較して頭一つ分飛び抜けている。
 とはいえ、国民からの風当たりは強く厳しいのが現実だ。
 自国を置いて他プレートに派遣されるのは、選りすぐりの優秀な軍人達。すぐそこに白の植物の脅威が迫っているというのに、国を捨ててどこか遠い世界へ行ってしまうのは、あまりにも非情ではないだろうか。どうして祖国を捨てるのか。一歩間違えれば侵略だ。
 そんな非難の声が絶えない中、彼らはそれでも空を渡る。同じ軍人でも、緑地警備隊を置く陸軍とは好感度の差が激しいことは言うまでもない。

「わっかんないわよねー。どーせなら、この軍事力でさっさと侵略しちゃえばいいのに。だってさぁ、そう思わない? あのプレートってそんなに住み心地よくないじゃない。三国の周りは焦土地帯ばっかだし、海なんてなっかなか拝めないし。あそこって、ぶっちゃけ生きてんのか死んでんのか分かんないプレートでしょ?」

 近くで作業していた研究員に投げかければ、彼はあからさまに困ったように目を逸らして曖昧に頷いた。見慣れた態度だとはいえ、隠し切れていない恐怖と侮蔑の念に不快感が増していく。
 鼻に届く動物独特の臭いと、色濃くなり始めた血の臭いも気に食わない。何度嗅いでも好きにはなれない臭いだ。
 マスクの下でふんと鼻を鳴らし、ドルニエは裂いた肉の切れ目から躊躇いなく指先を捻じ込んだ。薄い手袋越しにぬめる肉の感触が伝わる。

「愚民共が騒ぐのも多少は分かるわよね。だって、このあたしでさえ理解できないもの。責任だのなんだの言ったって、空渡技術は他プレートの人間にはないものでしょ? だったら、別に放っておいてもいいじゃない。今回みたいに奪うってんならともかく」

 びくびくと脈打つ感覚を指の腹で味わいながら、ドルニエは探るように指を進めた。

「ちょっと、聞いてる?」
「は、はいっ!」
「……ま、いいけど。どーせあんた達には関係のない話だしー」

 空軍の力を伸ばしたのがテールベルトなら、陸軍の力を伸ばしたのがビリジアンだ。この両国は互いに友好条約を結び、連携して白の植物の駆逐活動を行っている。空から攻めるテールベルトに、陸を守るビリジアン。世間にはそう認識されている。実際の現場で行っていることは変わらないというのに、テールベルトの国民には「英雄の国」であるビリジアンの方が人気が高い。
 バッカみたい。吐き捨てるように言い、ドルニエはマスクの下で嘲笑した。
 頭の悪い人間は嫌いだ。目の前にぶら下げられた餌ばかりを見て、その奥にあるものを見ようとはしない。与えられた答えに満足し、自分の頭でろくに考えようともしない。そんな愚かな人間が、ドルニエは反吐が出るほど嫌いだった。

「てかさぁ、そもそも、緑にこだわる必要ってあるわけ? 今じゃ普通に色つき作れるってのに、なぁーんでそうまでして執着するのか理解できなーい。だってそうでしょ? ないなら作ればいいんだし、作れないなら奪えばいいのよ。確かに、データの意味では天然物の方がイイに決まってるけど」
「ドルニエ博士、あの、心拍が……」
「――あ、あった!」

 中を探っていた指先が固いものを捉え、喜色満面でピンセットを捻じ込む。血にまみれた鳩の体内から抜き取ったのは、小さなデータチップだった。カラン。トレイの中に落とせば、そんな音が鳴る。

「あー終わった終わった、やっぱりここに入れてたのね。面倒なことさせてくれちゃって、やんなるわ」

 血に汚れた手袋を脱ぎ捨て、ドルニエはチップの乗ったトレイだけを手にその場を立ち去ろうとした。その背を慌てて声が追う。

「ドルニエ博士! この鳩は、」
「ああ、捨てといて。気になるなら縫ってやれば? もう用はないし、あんたの好きにしていいわよ。なんなら焼き鳥にして食べてみる? これさえなけりゃ、死んだって構いやしないもの」

 ただの鳩に用はない。ハインケルが連れていた鳩――彼はスツーカと呼んでいた――には、必ずなにかあるだろうと踏んでいた。麻酔で眠らせ、腹を裂いてみればこの通りだ。自分のペットにデータを隠し持つとは、ハインケルもなかなか性質が悪い。そんなところに血のつながりを感じ、吐き気を覚えるほどに苛立った。あれと血が通っているなど、考えただけでも腹立たしい。
 汚れた白衣を着替えて自室に戻ったドルニエは、綺麗に血を拭ったチップを端末の変換ポートに差し込んだ。即座にデータが読み取られていく。当然パスワードを問う窓が出てきたが、そんなものはものの五分で解除できた。
 表示された数字の羅列に、自然と口角が持ち上がる。複雑な化学式が踊り、暗号めいた文章を解読すれば、あの男が生み出した「奇跡の薬」の概要が見えてくる。
 複数あるフォルダをすべてコピーし、バックアップを取った。詳細の確認は向こうに帰ってからじっくり行えばいい。
 頭の後ろで纏めていた髪をほどけば、まばゆい金糸が背に波打った。癖の強い金髪は母親譲りだ。ハインケルの髪も、ドルニエと同じように癖が強い。
 白衣のポケットに入れていた携帯端末で、着信履歴から相手を選んでコールする。


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