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「あの、……な、ナガトさん、は……」
「大丈夫だ。バカは死なねェ」

 するりと滑り出した台詞は己に言い聞かせているようなもので、さらに苦み走ってアカギは渋面を作る。ぎしぎしと軋む艦が煩わしい。ナガトが飛び出していった今、どう動くべきか。それを考えるために硬い椅子に腰を据え、痛む頭を抱えて長い溜息を吐いた。
 応援は期待できない。ミーティア達も学校の集団感染をどうにかすることで手一杯だろう。奏はナガトが助けに行った。だから大丈夫だ。――大丈夫でなければ許さない。
 ハッチ近くの壁を見れば、取りつけられていた簡易飛行樹が二本姿を消している。どうやらナガトは、あの一瞬で予備も含めて掠めていったらしい。あるのかないのか分からない冷静な判断力に、今は笑うことしかできなかった。
 立ち尽くしていた穂香が、迷った末に隣に座った。ぎゅっと握り締められた拳がスカートに皺を作っているのが見え、どうしたことかと顔を上げる。視線が絡むなり怯えたそぶりを見せた少女は、それでいて意を決したように引き結んだ唇をほどいた。

「あの、これから、どう……」
「……ああ。なんにせよしばらくは待機だ。ビリジアンの室長の手が空くまでな。それまではもつ」
「そう、ですか」
「お前の姉貴はナガトが助けに行った。心配すんな」

 アカギにしては珍しく、少しでも長く喋っていたい気分だった。口を休ませれば余計なことばかり考えてしまいそうで、何度考えても“待機”が最善だという結論に至る自分に嫌悪してしまいそうで、とにかく別のことに頭を使っていたい。
 そう願ったところで、穂香は口数の多い方ではないし、自分も会話が得意な方ではない。すぐに訪れた沈黙を、軋む音が嗤う。
 ここに残ったのが奏だったなら、飛び出していったナガトを見てアカギに詰め寄っただろう。「これからどうなんの? ナガトは無事なん? あたしらどうしたらええの!?」睫毛を震わせる穂香をじっと見やり、アカギはふと思った。もしかしたら、彼女も一緒なのかもしれない。これからどうなるのか。ナガトは無事なのか。自分達はどうすればいいのか。言わないだけで、彼女もそう思っているのかもしれない。
 ならば答えてやればいい。先回りして伝えてやればいい。そう思うのに、言葉が出てこない。
 やがて、音にするのに失敗したような声が聞こえてきた。ひっくり返ったそれを恥じるように、慌てて穂香が俯く。

「……どうした」
「ご、ごめんなさい、あの……、ずっと、聞きたかったことがあって」
「なんだ」
「アカギさん達は、あの、どうして、お二人だけなんですか……?」

 思いがけず核心に迫る一言に、一瞬言葉が詰まった。よりにもよって今か。それは、今する話なのか。

「お姉ちゃんとも、前から話してたんです。どうして、二人だけなんだろう、って。この空渡艦? も、二人乗りとは思えないし……。だから、その……」

 つっかえながら話を続ける穂香は、怯える子兎のような眼差しで見上げてくる。縋るような瞳は弱々しいし、その両腕も細っこくて頼りない。なにより彼女が驚くほど軽いことは、アカギが身を持って知っている。
 守ってやらなければすぐに倒れてしまいそうな「か弱い女の子」をたった一人任されて、それでも引きこもることしかできない自分が情けない。飛び出た舌打ちを自分に宛てられたものだと勘違いした穂香が、すかさず震えた声で謝ってきた。
 違う、そうじゃない。お前は悪くない。

「……簡単に言や、“暴走”だ」
「暴走……?」
「俺達は、特殊飛行部の中でもヒュウガ隊っつー隊に所属している。本来なら、このプレートにはヒュウガ隊総員で派遣されるはずだった。空渡艦もこんな小せェのじゃなく、長期空渡用の大型艦だ。ああでも、派遣つってもしばらく先だけどな。少なくとも、今じゃなかった」

 特殊飛行部は少数精鋭の部隊だ。とはいえ自国のほかに他プレートでの任務も任されるのだから、それなりの数がいる。大型空渡艦の定員は百五十名以下とされており、当然だがそのすべてが戦闘機パイロットではない。パイロットとなればさらに数は減る。艦載機体数よりは多く配置されているが、それでも多いとは言えない部隊だ。
 本来なら、それだけの人数で渡ってくるはずだった。任務はこのプレートで確認された白の植物の核の回収と分析だ。

「空渡ってのは、あー……、つまり次元を開いて渡る。プレートとプレートを、どうにかして結びつける必要がある。そのために緑場の力を高めるんだが、なんつったらいいか……。とにかく、大型艦を飛ばす前には、一度練習艦で次元の開き具合を確かめる必要がある」
「練習艦、ですか……?」
「この艦のことだ」

 穂香が反射的にぐるりと艦を見回し、ぱちくりと目をしばたたかせた。

「確かめるっつっても、実際に飛ぶわけじゃねェんだ。エンジンかけて、緑場とのリンクの具合も見て、そんで――……とにかく、これで空渡することはまずない」
「だったら、どうして……」

 そこが問題だった。穂香の疑問はもっともだ。
 別の隊が空渡する際、新入隊員は緑場の点検訓練を組み込まれることが多い。それによって点検を任されたナガトとアカギは、二人でこの練習艦に乗り込み、司令部からの連絡を待っていた。すでにゲートは開かれ、空渡できる状態は整っている。あとは緑場の安定を確かめ、空渡観察室に連絡し、その場を去ればいいだけだった。


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