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「でもあんた、一つ間違ってる。“緑のゆりかご”は、このプレートから緑を奪うためだけのものじゃない」
「え……?」
「言ったでしょ? 『ぜーんぶ焼いちゃう』って」
「焼くって、まさか……」
「そのとーり。知らないなら教えてあげる。ナンバー3840-Cのプレートの緑をブラン結合によって持ち帰り、同時に白の植物の核を一ヶ所に集めて一思いに焼いちゃうの。そうするとあーら不思議、このプレートから白の核は消え、脅威も去る。問題解決と証拠隠滅ができて一石二鳥ってやつね」

 馬鹿な。思わず言葉が唇を割って出た。
 このプレートで白の植物がどれほどの進化を遂げているか、ドルニエが知らないわけがない。これだけの核を焼却するとなれば、範囲は膨大だ。どれほどの被害を生み出すか、考えるだけで恐ろしい。

「そんな、そんなこと、したら。……この国が、壊れる」
「知ったこっちゃないわよ。どーせこのプレートの人間は、プレートを渡るなんてできっこないんだし。非人道的だって叩かれるのはあんた達なんだしー? そーれーにっ」

 とんっ。
 ドルニエの淡いピンクの指先が、ハインケルの胸をつついた。

「人類にとって希望の種が、ここにある」

 ――この身体は、ゆりかごだ。
 体内に取り込んだ白の植物の核は、薬によって何層もコーティングされた状態にある。ハインケルが生み出したのは、神経系に作用する有害物質の取り込み阻害薬だ。核をコーティングすることによって、伝達物質が受容体を通らないようにしている。かつて、カクタスが同様の実験を行った。人の身体を代えの利く人形かなにかのように扱い、多くの犠牲者を出したと聞いている。
 この薬がもしも完成すれば、世界が変わる。誰も白の植物に怯えずに済む。――多くの利が、もたらされる。
 ハインケルの身体すべてがデータだ。血の一滴にどれほどの価値があるのか、今のハインケルには想像すらできない。だが他国に渡すことは許されないということだけは、はっきりと理解できる。
 希望の種だとドルニエは言った。確かにその通りなのだろう。けれど彼女の手に渡してしまえば、この種は金を生むための道具へと変わる。ただ、それだけのために。

「舞台は整ってるのよ、子羊ハインケル。自らを実験台にする気狂い科学者と、英雄の国の女。可哀想な乙女の犠牲者に、第二の“英雄”達。シェッド・コアに続く、未来永劫語り継がれる英雄の物語がここに生まれるの! 最ッ高じゃない! あんたの名前は一生刻まれるのよ! 他プレートの一国を焦土に変えた極悪人として!」

 ハインケルは、ちらりと捉えられたスツーカに目をやった。血の滴る翼が痛々しい。ごめんよ、すぐに助けてあげるから。胸中でそう呟き、精一杯の力を込めてドルニエを見据える。
 シェッド・コアはビリジアンの英雄だ。唯一白の植物に対する耐性を持ち、それゆえに核を封じる器に選ばれた。今度はその役目をナガトとアカギに――いや、この国に、押し付けようというのか。

「まっ、てなわけでしばらく寝といてよ。準備に時間かかっちゃうしね〜」
「断るっ!」
「アハッ、ほんっとどーしちゃったの? 虚勢張ってもムーダ。あたしがなにもしないとでも思ってんの?」

 ドルニエが自らの首を指さして笑った。はっとして注射された首筋を押さえる。時計を確認したドルニエが楽しそうにカウントし始め、その声が次第に遠のいていくのを感じた。なにか混ぜられていたのか。気づいたところでもはや手遅れだ。それに、どちらにせよ、ハインケルがこの男達から逃げられるとは到底思えない。
 視界が隅から徐々に欠けていく。全体がぼんやりと白くかすみ、端からじわじわと六角形に黒く塗りつぶされていく光景は恐怖でしかない。立っているのもままならないだるさに、どっと膝をついた。相当な衝撃だったろうに、身体は痛み一つ感じない。
 おそらく、すぐ目の前にドルニエがいるのだろう。金のぼんやりとした影が降り、「おやすみ、おにーさま」寒気しか走らない甘ったるい声を最後に、ハインケルの意識は途絶えた。


* * *



 ――あんたはあたしが助けんの! 四の五言わんとそこで待っとけッ!!
 叩きつけるように言われた台詞は、誰が聞いても勇ましく、強さに溢れたものだった。どこのヒーローの台詞だ。お前はいったいどんな力を秘めているんだ。擦り合わせた奥歯がぎりりと鳴る。苛立ちに任せて殴った壁は、ナガトの拳に痛みだけを植え付けた。
 冷静になろうとすればするほど、焦りと苛立ちが沸き立ってくる。熱くなるな、心を殺せ。――感情だけで動いた有り様がこの現状だ。スズヤの嘲笑が耳の奥でよみがえる。それでも、熱は冷めてはくれない。

「なにが守るだよ、あのバカ! 大体、民間人のくせにおかしすぎるだろ! ただの女の子になにができる、もしもなにかあったら……!」

 ――どれほど心配すると思ってるんだ。
 ――誰が責任取ると思ってるんだ。

 真っ先に浮かんだのは前者で、そこでも自分が冷静になりきれていないことを自覚する。嫌というほど聞かされてきた台詞は後者だったのにもかかわらず、結局これだ。
 他プレートの民間人になど、深く関わるんじゃなかった。そんなどうしようもない後悔が、ヘドロのように胸に溜まっていく。通常なら、他プレートの人間とここまで接触することはありえない。白の植物とその関連事項だけを処理して帰るのが、特殊飛行部の任務だからだ。
 関わりたくなんてなかった。せめて、もっと別の子でいてくれたら。助けてほしいと嘆くばかりの、穂香のような子だったなら。あの子がそうだったら、義務だけを果たすことに専念できただろうに。


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