おきつねさまの月と雪 [ 13/22 ]

おきつねさまの月と雪


hi


「ユキシロ、どうした」

「ツキシロには関係ない」

「……そうか」

 表情の乏しい片割れは、それだけ言うと九尾を少しだけ垂れ下げた。母の四尾に比べればまだまだだが、抜けるような白さの九尾は十分に美しい。
 それに対して、自分に備わっているのはたったの一尾だ。ひょん。揺らしても、母や片割れのようにきらきらとした質感がない。もとより備わった神気の程度が違うのだ。
 なんといっても、自分は「月落とし」だから。

「母上が呼んでおった。われと共に来いとのことだ」

 月を継ぐ片割れが羨ましい。――妬ましい。
 どうして自分だけが力を得なかったのか。同じ腹から生まれてきたというのに、どうして片割れだけが力を持っているのか。
 すべて奪い取られてしまったのだろうか。だとするなら、いまここで自分が片割れから奪い取ってしまっても、それは許されるのではないだろうか。
 劣弱な妖狐とはいえ、仮にも天狐月乃女の血を引いている。片割れを屠り、その血肉を食らえば、己の糧にできるはずだ。
 そうすれば、自分も「月」をもらえるだろうか?
 母は、自分を見てくれるだろうか。

「……ユキシロ?」

 似て非なる片割れが、ぴんと耳を立てて訝った。白く綺麗な首筋に、手を伸ばす。
 ぎゅう、としがみつき、血の香が濃く漂うそこに牙を押し当てた。

「っ……」

 母とよく似た、強い神気が肌を焼く。

「――なぜ、なぜだ! なぜ抵抗せぬ! ユキはおまえを、ほふろうとしておるのだぞ! おまえさえいなければ、母上はユキに月をくれたのだ! おまえがっ、おまえがユキからすべてを奪ったのだ!」

 時を同じくして生まれたのに、これほど差があるのはどう考えてもおかしい。どうして自分だけが月落としなのか。どうして片割れは、自らよりも劣っているはずの月落としを気にかけるのか。
 どうして、黙って牙を立てられたのか。

「……われは、ユキシロが大切だ」

 口の中に広がった血が、神気と妖気の入り交じった香りを鼻腔に流し入れてくる。それは確かに力の糧となり、強まった妖気によって、たった一尾の尾がぶわりと毛を膨らませた。
 治癒もせずに牙を抜いたせいで、片割れの白い首筋からは鮮血がだらだらと流れ続けている。その香りに、くらりと目眩がした。
 自分とは違い、母の血を色濃く継いだ片割れは、まっすぐにこちらを見つめてくる。傷口に手をやり、手のひらにべっとりとついたそれを舌先で舐め取りながら、片割れはほんの僅かに眉尻を下げた。

「ユキシロ、お前、われが嫌いか?」

 片割れが、問う。美しい純白の九尾を、力なく垂れ下げて。

「…………き、きらいでは……」

 羨ましい。妬ましい。
 その力がすべて自分にあればと、思う。もとよりいなければよかったのにと、考えることもしょっちゅうだ。
 それでも、片割れはあくまでも片割れで、自分ではない。
 血肉を分けた。そうだ、分けたのだ。分かれたものを、一つに戻すことは難しい。それが魂であれば、なおのこと。
 けして一つには戻れない。自分はユキシロで、片割れはツキシロだ。その事実が覆ることはない。
 けれどまだ、それを飲み込むだけの余裕がないのだ。

「……われは、ユキシロに嫌われていないのであれば、それだけで十分だ」

 表情の乏しいはずの片割れは、こういうときにだけ優しく笑うからたまらない。
 言葉が乏しい自分は、片割れにぎゅうと抱き着いてその首筋に顔を埋めた。今度は傷つけるためではなく、癒すためにかぷりと唇を押しつける。
 母や片割れの持つ力には遠く及ばぬから、すぐに治りはしないかもしれない。ああけれど、もとより再生力の高い片割れのことだから、そのような心配も無用か。
 どちらにせよ、早く治りますように。
 ひやりとした冷たい手が、よしよしと頭を撫でてくる。そのくせ妙に熱い肌と甘い血の香りに、どうしようもなく泣きたくなった。

「……泣くな、ユキシロ」

 自分よりほんの少しだけ背の低い片割れを力一杯抱き締めて、すんと鼻をすする。
 綺麗な肌と髪を汚したまま、片割れは言う。

「ユキシロが泣くと、われも苦しい。ゆえに、泣くな」

 片割れはあくまでも片割れで、一つではない。
 まったくの別物であるけれど、それでも、もとは一つだったのだとしたら。



 それは少しだけ、しあわせなことのような気がした。


知ってるか、
月夜のは、とてもきれいだ



(“雪”は、母上が好きなもの)
(“月”は、母上の誇り)





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