▼07
(入れ……ちゃった……)
真っ暗な闇の中で、他人ごとのように、華は思う。美朱よりもいくつか年上であろう、初対面の青年はさぞおどろいているに違いない。けれども、華はいまここから出るわけにはいかなかった。
(青龍廟に来たって事は……青龍の巫女になる決心……しちゃったの?)
唯の口から漏れた、美朱への妬み。巫女になるという事がどういう事かわかっているはずなのに、唯はなろうとする。
華にとっては、それはとてつもなく嫌な事であった。
真っ暗な闇の中、一歩足を踏み出してみる。瞬間。
「きゃあ!!」
(きゃあ!!)
突然なんの前触れもなく飛んできた美朱と接触し、美朱もろとも壁に叩きつけられた。背中がひどく痛む。
でも、その痛みはよく知っている痛みだった。
「美朱……許さないから。親友だと……思ってたのに!!!」
前方から聞こえる、唯の怒りの声。美朱は、違うと首を振る。
「違う! 唯ちゃん聞いて! あたし、唯ちゃんが心配で……!」
「見え透いた嘘つかないでよ! 鬼宿にあいたくて戻ってきたくせに!」
怒りのボルテージはさらに上がって行く。
「あたし……絶対に許さない……美朱、あんたから鬼宿も、何もかも取ってやる!」
唯の怒りに答えるように心宿の気弾が炸裂した。咄嗟に美朱を庇うように抱きしめる。
しかし、美朱よりも細く背も低い華では、全てを庇う事が出来ず、美朱は後方へさらに吹っ飛び、華は青龍の像が祀ってある方角に飛ばされた。
(美朱!!!)
あのままぶつかっては死んでしまう。そう悟った華が、美朱へと手をのばす。無駄だとわかっていても。
あと数センチで激突するー。
その、瞬間。
ふわりと美朱の身体が浮かびあがり、井宿が姿を現した。
(井宿さん……)
どんっと青龍の像に背中を強かに打ちつけた華は、無音で呻く。
「だー……危ないところだったのだ……あのまま当たっていたら衝突死するところだったのだ……」
気を失った美朱を抱えたまま、手で印を結んだ井宿は、ふんっと力を込める。
途端に、井宿の身体から紅い光が発生し、青龍の壁を全て粉々に粉砕させた。
「美朱ー!」
壁が崩れた事で、こちら側が見えるようになったらしい鬼宿が、井宿に抱かれる美朱の無残な姿を見て、手を伸ばす。
バチリと音を立てて、それを拒む青龍廟。しかし、鬼宿は諦めない。
(鬼宿は……美朱の事……)
額に鬼の字を浮かべて、結界を破って美朱の元へ行こうとする鬼宿を見て華は、虚しい気持ちでいっぱいになる。
(私は……どうしてまだ、生きているんだろう……)
実の父親に暴力を振るわれ、身も心もズタズタにされ。母は死に、華は生きている。
目の前の鬼宿は、必死に美朱を求め、結界を破り駆け寄って行く。
華に駆け寄って心配する人物は、誰一人としていない。井宿は、朱雀七星士。どうしてかわかる、美朱は朱雀の巫女として選ばれた事実。そして、井宿は、その巫女を守るべき存在。
華は太一君から言われただけの、形だけの巫女。四神の巫女なんて、本当は存在しないのかもしれない。守ってくれる人もいなければ、気にかけてくれる人もーー。
「華! 大丈夫なのだ!? 立てるならこっちにくるのだ!」
華はその声にびくりと身体を震わせて、起き上がった。幸いなれている痛みのお陰で、動けない事ない。
だが、いま井宿は、華を呼んだ。華を呼び、気にかけた。
その事が、ぐるぐると華の頭の中を回る。
いつのまにか意識を取り戻していた美朱も、こちらへと手を伸ばしていた。
「華ちゃん! こっち! あたしの手、掴んで!」
(どうして?)
ぽつりと、つぶやいた。音はでない。
(私を……呼んでくれるの?)
迷っているうちに、心宿の気弾が再び炸裂し、井宿たちを襲った。井宿が咄嗟に結界を張ってガードする。が、威力が凄まじいのか、井宿の身体が徐々に後退していく。
「二人とも、笠の中に入るのだ! あのお方の元に通じている!」
「で、でも……!」
自力で立ち上がった華は、ふらふらとした足取りで井宿達の元へと行く。美朱は、唯を見つめていた。
「早くするのだ!」
切羽詰まった井宿の声に、鬼宿が美朱の腕を掴んで笠を掴む。
「唯! いまならまだ間に合う! 俺たちとともにこい!」
「唯様、いけません」
心宿がさらに、気弾を重ねた。井宿の結界にヒビが入っていく。そこから、心宿の気が入り込み、井宿の服を切り裂いた。
ぺらりと、あの狐の顔が外れて床へと落ちる。笠にいままさに入ろうとしていた美朱と鬼宿は、その井宿の顔をみて、息を飲んだ。
「早くしろ! 結界がもう……もたない……!」
紅い瞳が一つ。本来眼球があるべき場所には、深くひどい傷がざっくりと刻まれていた。それはもう随分前の事なのか、すっかりと塞がっておりもう傷跡しか残っていない。
唯がこちらへ来る気がないと、わかった鬼宿は、叫ぶ美朱を連れて笠の中へと入っていった。
華は、それを見届け井宿の腕をそっと掴んで笠を差し出す。
『いまは争うべき時ではない』
華の口から、その言葉が発せられた。
同時に、パァンと小君の良い音が響いて心宿と井宿の力が飛散した。その隙をついた井宿が、素早く華を抱きしめて笠をかぶる。
「逃がすか!」
心宿が気弾を再び放つ。しかし、すでに二人の姿は消え失せていた。



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