▼06
目を覚ましたそこは、太極山ではなかった。華は、はて?と首をかしげて部屋の中を見渡す。
先ほどまでひどく懐かしい夢を見ていた気がするが、思い出せない。そして、脳裏に井宿の顔をが映し出された瞬間。華はガバリと音を立てて起き上がった。
ここは倶東国だ。そう思い出して、寝台から降りる。
唯はどこだろう。そう考えて、施錠もされてなかったドアを開けた瞬間。
「華! 目が覚めたの!?」
目的の人物が飛び込んできた。
「一週間も目を覚まさないから……びっくりしたじゃない……」
心底心配してくれていたらしい、唯の目から涙が溢れる。それをぬぐってやりながら
(ごめんごめん)
そう、ここに来て突然使えるようになった、念じるだけで相手に声を届ける技を使うが。
「?」
うまく行かなかったようだ。何かに阻害され、唯へと声が届けられない。
その事に気付いた、華は、仕方なく久々の手話で、ごめんね?と唯へ伝えると、頭を撫でた。

現在21歳の華。身長が低いせいか、中学生と間違えられやすい。唯よりも低い身長に、細い身体。
それでも、精一杯背伸びして唯の頭を撫でる。
「あのね、華……美朱……助けに来てくれないの……如何してかな? 私は、あんなに一生懸命、美朱を助けようと叫んだのに……!」
どこか美朱を疑うように言う唯へと、大丈夫の意味を込めて肩を叩いてやる。そして、無音の溜息をついた。
いくら環境が変わったからとは言え、一週間も寝込むなんて情けない。そう思ったのだ。仮にも華は唯や美朱よりも年上なのだから、しっかりせねば、そうも思う。
いつまでもこうしてはいられない華は、倶東国から抜け出そうと、唯の手を取った。
「華? どうしたの?」
(唯、ここから逃げなきゃ)
あの胡人は危険。本能で感じる恐怖。それに、ここは青龍を祀る倶東国。朱雀である井宿が助けに来られる確率はなきに等しい。
身振り手振りで、伝えようとして、ころりとポケットから転がり出た携帯を見た華は、これ幸いとそれを拾い上げるとぱっぱっぱっと言いたいことをメール本文に打ち込んで唯に見せた。
「……無理だよ……」
『どうして?』
続けざまに、唯のつぶやきに答えるように打ち込む。
「あの人、ずっと張り付いてるの。けど悪いことはしない。それに泣いていた時に、あの人は私を抱きしめてくれたの」
唯は、華から離れると、すくっと立ち上がった。
「私……美朱がどうして答えてくれないのか、ずっと考えてた。美朱はどんな時だって私より人に好かれて……華と仲良くなったのも美朱が先。私はこんなに美朱のことを思ってるのに……あの子は……!」
その瞬間。宮の奥の方からなにやら激しい音が聞こえた。そのすぐあとに、兵士が駆けつけてくる。
「唯様! 今すぐにお越しください! 心宿様がお呼びです!」
「心宿が?」
(行っちゃダメ……!)
唯を引きとめようと制服の裾を掴むが、するりとかわされてしまう。
「……大丈夫、あの人、危害は加えないみたいだから」
華を突き放すようにそういったあと、唯は兵士と共に出て行ってしまった。
開け放たれたままの扉をくぐって、とりあえず脱出ルートの確保だけでも……と、宮の中を歩き回るが、中々足が思うように進まない。
そのうちに、いつの間にか奥の方へ来ていたらしく、心宿と唯が話す姿がちらりと見えた。
「唯様。青龍の巫女となられる決心がついたなら、青龍廟へとお越しください」
唯はその言葉にふんっと顔を背けるとさっさと行ってしまう。その手には四神天地書が握られていた。
華は慌てて唯を追いかけた。
「鬼宿……」
しばらく歩いていた唯の足がピタリと止まる。華もその声が美朱だとわかり、足を止めた。
「鬼宿にあいたくて……戻ってきたの……!」
その瞬間。華は、背筋が凍る程の何かを感じた。思わず後ずさった華。後ろも見ずに後ずさった為に誰かと接触してしまう。
誰?と顔を上げるとそこには、心宿がいた。
(よりによってこんな時に……!)
歯がゆい思いで、心宿から身体を咄嗟に離した華は、睨むように心宿を見つめる。一瞬でも気を抜いてはいけない。逃げなければ。そう考えて、くるりと踵を返して逃げようとした瞬間。
心宿に無言で手を掴まれた。
(離して!痛い!)
咄嗟に蹴ろうとするも、それをするりとかわされ、反動で床に転んでしまう。心宿の顔が近づいてきて、さっきみた夢の断片が突如頭に浮かんできて。
気づけば華は、心底怯えた顔をし、ガタガタと震えながら心宿を拒むように顔を背けていた。
「そんなに怯えなくても大丈夫なのだ」
いつまでたって独特の気持ち悪さが来ない事に、ふと顔を上げると、そこには井宿が立っていた。
「驚かせてしまったのだ……?」
見知った顔をみて安心した華は、零さまいと必死に止めていた涙が零れ、慌てて目をこすった。
「すまなかったのだ……ここではこの格好が一番動きやすかったから……」
華を慰めるように、背中を撫でてくる井宿。
華は、井宿に向かって首を振ると大丈夫だと伝えるように、必死に涙を止めようとした。
「……怪我はないのだ?」
肯定するように首を振る。その瞬間、井宿からも力が抜けたのか、ホッとしたような顔で華を抱きしめてきた。
「よかったのだ……」
振り払おうとも思ったが、なぜか縋り付きたくなって、華は井宿の胸に顔を押し付ける。
井宿はそんな華をみて、しばらく子供をあやすようにぽんぽんと背中を撫でたあと、急に移動し始めた美朱の気を感じて、立ち上がった。
「華ちゃん、ちょっと移動するのだ……この先は……だめなのだ!」
美朱の気がどこに向かっているか気付いたらしい井宿が慌てて華の手を掴んで引き寄せると、とたん、なんの前触れもなく瞬間移動をする。
着いた先は、青い建物。
恐らく青龍廟であろう、建物の造りから華はそう悟った。
「しまったのだ!」
「井宿、いまのシャレか?」
無残にも目の前で閉まってしまった扉をみて井宿が叫ぶ。しかし、鬼宿から返ってきた言葉に、井宿は思わず蹴りを食らわすと、シャンっと錫杖を鳴らした。
「ここは青龍廟……オイラ達は入れない領域なのだ」
(じゃあ、私入れるかな……)
太一君に言われた四神の巫女は、四神全てに属する者だと聞いた。その話を思い出した華は、恐る恐る扉に手をかけると、すぅっといとも簡単に中へと入ってしまった。




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