▼08
降り立った先は、太極山だった。わらわらとどこからか湧いて出てきた小さな女の子が、美朱と鬼宿を連れてどこかへといってしまう。
華はその場に座り込むと、ため息をついた。
「華ちゃん?」
声につられて顔をあげる。そこにはやはり見間違いではない、片方の瞳を失った顔がそこにあった。
朱雀と同じ色を宿した瞳は酷く澄んでいて綺麗だ。
(もう……伝わるのかな……井宿さん)
試しに心の中で井宿を呼んでみるが、井宿から反応がない。やはりここにきて急に使えなくなってしまったようだ。
一向に何も言わない華を訝しげに見つめた井宿は、ようやく自身のお面がはがれているのに気付いて慌てたようにその大きな傷の残る目を隠した。
「すまない」
その言葉に華は激しく首を横にふる。そして、そっと井宿の頬へと手を当てると、綺麗だ。とそう無音で言った。
井宿に伝わったかどうかは、わからない。でも、確かに華はその瞳も傷も綺麗だと思った。
懐から取り出したお面をつけた井宿は、ぎゅっと華の手を掴む。その顔は狐ながらも眉を寄せているようだ。
「なぜ、華ちゃんの気が感じられないのだ?」
(気? 気とは……なんだろう……)
「それに、あの力はなんだったのだ?」
井宿からの質問に、わからないと首をふりかけた華は、唐突に意識が遠のくような不思議な感覚に陥った。
『この娘の魂が、壊れかけている。我は四神の神なり。朱雀七星士の井宿とやら。我の願いを聞いてはくれぬか?』
先ほど井宿と心宿の術を飛散させた時に聞こえた声が、華から発せられる。華はそれをどこか遠くの方で聞いていた。
『この娘には一つの願望がある』
どこか遠い目をした華がすすっと服の袖をまくりあげた。
「!?」
驚きつつも話を黙って聞いていた井宿は、その華の腕に驚いて面を再び外す。それは、井宿にとって衝撃的なものであった。
『この娘の願望は、消失』
捲られた袖の下から覗くのは、残ってしまった酷く変色した大きな痣。華の父にやられたものだ。井宿はそれを見て、そっとその傷に触れる。
「ひどいのだ……女の子なのに……」
『我は今、力が存分に発揮できぬ。朱雀七星士の井宿。すまぬが我の代わりにこの娘を癒してはくれぬだろうか』
突然の申し出に井宿は戸惑った。
「ですが……オイラには治療系の力はないのですだ……」
『お主が癒すのは目に見えぬ傷。やってはくれぬか?』
無論、とさらに華は続ける。その顔は感情が欠落したように眉一つ動かなかった。
『無理にとは言わぬ、貴様がよければの話だ』
「オイラが断ったら誰に頼むのだ?」
井宿の問いに、ぴたりと声は止まってしまう。しばらく悩むように止まったと思われた声が再び響いた瞬間、酷く大きな声が扉越しに聞こえてきた。
「ちょっと、シーツ貸してよ!」
「ばっか! それとったらスッポンポンになっちまうだろーが!」
どうやら気がついたらしい鬼宿と美朱が言い争っているようだ。
頃合いか、と井宿はくるりと身体の向きを変えると、お面をつけただ一言。
「……オイラにできるのなら、その話。引き受けてもいいのだ」
そう呟いた。
そのつぶやきを聞いて満足したのか、声の主は消えてゆく。代わりに華の目に光が戻った。
(あ、あれ……)
唐突に引っ張り上げられ意識を取り戻した華は、きょろりと周りを見渡す。井宿はそんな華の手を取ると
「美朱ちゃんと、鬼宿が目を覚ましたのだ。行くのだー」
そういってにこやかに足を動かした。



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