▼05
華の父は、ひどい浪費家だった。仕事をサボっては、パチンコに行き金をすり、またあるときはギャンブルに手を染めて多額の借金を抱え込み…それを返すために競馬にハマり。そして最後は酒に溺れ、返しても減らない借金に絶望して、華と母にDVを働いていた。
華はその頃から身体が弱くなり、時たま熱を出しては、肺炎を起こしかけて入院したりを繰り返していた。華が中学一年生の時の話である。そこから、父のような浪費家にはなりたくない、と心に決めた華は図書館へ通いだし、勉強を始めた。そこは、美朱達と出会うキッカケとなった国立図書館である。
高校三年のある日。受験勉強と、父からのDVに耐えかねて図書館へ逃げるようにして来ていた華。視界を覆うほどの冊数を抱えてテーブルに戻ろうとしていた、華はそこで、同じように本を抱えていた美朱とぶつかり、知り合った。
聞けば、現在華が在学している、城南学園を目指して友達と勉強に来ていたらしい。美朱が持っていたらしいコミニュケーション能力から、美朱とすぐ打ち解けた華は、そこで人生初めての友達を持つことができた。
人生で、最良の日であったと言っても過言ではない。
しかし、それもすぐに壊された。上機嫌で家に帰った華の目に映ったのは、乱暴を受けたらしい、母がリビングに倒れ伏している姿。側には恐ろしい程にやにやと笑った父が立っていた。
「……っ?」
突然の事に、声も出せずたった今閉じた玄関から出ようと振り向く。しかし、父がいる方角から飛んできた何か硬いものが、華の頭に直撃し、くらりとしてその場に倒れこんだ。
華には、何が起こったのかさっぱりわからない。わかるのは、じわじわと広がっていく赤い液体と、ズキズキと痛む頭。側に転がる分厚いカバーのついた本。そして、がちゃり。と無情にも響く鍵を締める音。
「おと……さ、……」
母はぴくりとも動かなかった。霞む視界の中、懸命に頭を上げて、そこにいるであろう父を見ようとするが、何かに頭を押さえつけられ、それすら叶わない。
(助けて……誰か……!)
心の声は口からは転がり出てこなかった。代わりに出たのは、うるさい程の呼吸音。
直撃した本で頭を切った華は、その傷から決して少量とは言えない血を流し、倒れこんだ衝撃で身体のあちこちを打撲し、じわじわと身体が自身を守ろうと動かせまいと、熱を出していく。
(こんなところで……お母さん……お母さん……!)
ぶれる視界の中、必死に今まで助けてくれた母を探して手を伸ばした。
しかし、それを握ったのは、ごつい手。覚えのあるその手は、華の頭を踏みつけている父の手であった。
「……母さんそっくりだな」
その言葉に、ぞくりと背筋が凍ったのは言うまでもない。
その後、華は父によって乱暴され、気づけば病院のベッドに寝かされていた。
担当の医師によると、暴れるような物音を聞きつけたお隣さんが、警察に通報し父はその場で取り押さえられ、母と華は救急車で運ばれたらしい。華は安堵の溜息つきかけて、隣で眠る母を見つけた。
「お母さん……」
「華くん、少し残酷な事を言うようだが、君のお母さんは、打ち所がかなり悪く、まだ意識が戻らない。このまま目を覚まさない可能性も否定はできない……」
いつも明るく笑い、父から守ってくれていた母は血の気の引いた顔で、ぐったりと横たわっていた。まるで、人形のように。



その事件が起きてから数週間後。華は無事に退院した。たった一人で。そしてその日を境に、華は言葉を発する事が出来なくなった。
度重なるDVと、母の死が華の心を蝕み、言葉を奪い取ってしまっていた。


いなくなってしまいたい。


そう切に祈り、自殺しようとまでした。全身は度重なるDVによって消えない痣などが残ってしまっている。
こんな自分を愛してくれる人などいない。そう思い、最後に大好きだった図書館を訪れた矢先に。
偶然にも美朱と唯と鉢合わせし、本の世界へ吸い込まれてしまった。




いなくなってしまいたいのは、今も同じ。でも、ここには、華の大切な、友人がいる。せめて、死ぬのなら。友人をかばって死んでしまいたい。





心宿に連れてこられ、客室のベッドへと寝かされている華の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。



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