▼04
「く、倶東国…?」
 困ったように井宿は華の手を握った。強く袈裟を掴む彼女の手は真っ白になっている。それでも、華は必死に井宿にすがりついた。太極山まで来れた井宿の力なら、行ける。なぜかそう思ったのだ。
 ちらりと、井宿は太一君へと目配せをする。太一君は、それに深く頷く。井宿はそれを見て腹を決めると、先ほどと同じように笠を手に持った。
「華ちゃん、今から移動するのだ。オイラにしっかりつかまって」
 倶東国に行ける。瞬時に悟った華は、ぎゅうっと井宿の袈裟をさらに掴んだ。ふわり、と井宿に抱きしめられて、笠から再び紅い光が漏れ出す。
 
 そして、目を開けたそこは太極山ではなく、一番最初に見た更地に家がぽつぽつと建っているみすぼらしい土地が広がっていた。
「いやぁぁぁぁ!!」
 遠くから聞き覚えのある声が響く。
(唯!!!)
 井宿のことをすっかり忘れて、袈裟から手を離した華は、声のする方へと駆けていった。突然のことに、井宿も慌てて華を追いかける。身体の弱い華の息が上がり、もうこれ以上走れないぐらい走って、倒れそうになった頃。目的の人物が、数名の男に地面に引き倒されているのを発見した。
(やめて!!!!)
 先のことも顧みず、思わず唯をかばうようにして、男と唯の間に身体をすべり込ませる。間一髪のところで、唯を身体の下にかばった、華は安心したように息をついた。
「て、てめぇ……っ」
 突然現れた華に邪魔をされて腹を立てた男たちが、華に向けて拳を振り上げる。
「華!!!」
 唯の叫ぶ声と共に、男の拳は振り下ろされた。衝撃を予測して、固く目を閉じる。しかし。
(……あれ……?)
 衝撃は一向にやってこないどころか、男どもは全員地面に倒れふしていた。
「……もうちょっと先の事を考えて行動するのだ……」
(あ……)
 錫杖を手に、男たちへと手のひらを突き出した格好で止まっていた井宿がぼそりとこぼす。華はその姿を見たとたん、安心して息を再び吐いた。
「華……どうしてここに……?」
(唯の……声が聞こえたから……)
 にこっと微笑む。しかし、その華の顔が青白いことに気付いた唯は、肌けたままになっていた衣服を整えて起き上がると今にも倒れそうな華の身体を支えて顔を覗き込んだ。
「華、走ったの? どのくらい?」
(うーん……結構)
「全力疾走だったのだ。……多分」
 井宿の言葉にはじかれるようにして顔をあげた唯は、華の額へと手を当てる。
「熱は……ないね。苦しい? 華、大丈夫?」
(なんとかね)
 大丈夫、と伝えるように、頷く。しかし、その次の瞬間に、蒼い強大な、なにかを感じて、再び身体がこわばった。
「まずいのだ……」
 ふっと呟いた井宿が華と唯を抱えようと手を差し出す。その手をとろうかと悩む唯に、握って。そう伝えようとした瞬間。強い力で唯と共に引き寄せられ、井宿は慌ててあとを追うように顔を上げた。
「な、なに……?」
 ドンッと誰かにぶつかって、止まった身体。全力疾走をしたあとの華には、それが誰かを確認する余裕はなかった。井宿がハッとした表情で、そのぶつかった相手を見る。
「貴様……朱雀のものだな」
「心宿……っ」
 華だけでも、と手を伸ばそうとするが、彼の気に邪魔されて手は届かない。井宿が舌打ちをこぼして術を放とうとした瞬間、太一君が井宿の頭に直接呼びかけ、それを阻止した。
『帰ってくるのじゃ』
「しかし……!」
 心宿の手には、華がいる。連れて帰らなければならない気がした。それでも、太一君は帰ってこい、そう言う。仕方なく井宿は、きた時と同じように笠を投げると。
「……華ちゃん、必ずたすけるのだ……!」
 そう言ってそこから姿を消した。
(井宿さん……)
 目の前で忽然と自分を置いて消えてしまった井宿を求めて手をのばす。その手を心宿に取られ、びくりと身体が竦んだ。それは唯も同じだったようで、お互いに支えあったまま身動き一つ取れない。
「青龍の巫女様……お探ししましたよ」
 その一言を聞いた瞬間、心宿の瞳に吸い込まれるように、目が離せなくなり。華はそのまま意識を手放した。



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