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たどり着いたそこは、冷たい風がふいていた。冬も寒いとはいえ、北にある北甲国より紅南国の方が暖かい。故に、身を切るような寒さに全員が震えていた。
「た、翼宿……アンタのハリセンでちょっと火を起こしなさいよ……」
「これはそないな事につかうもんやない!」
「なによ! ケチね!!」
「じゃかあしい!!!」
寒さそっちのけで、騒ぐ柳宿と翼宿。うんうん、元気そうでなによりです。そう華が頷いた瞬間。
前方から馬の蹄の音と嘶きが聴こえてきた。
「だ?」
それは井宿も同じだったようで、同時に音のする方向へと顔をがむく。そこには。
「子供!!!」
美朱が叫んだ通り、縦横無尽に走り回る馬に小さな子供がしがみついていた。あのままでは振り落とされてしまう。と即座に判断した華が縺れる足をなんとか動かして前に出る。
「あぶねぇ!!」
しかし、鬼宿の方が早かった。
器用に馬からずり落ちた子供をキャッチして、事なきを得ている。さすが朱雀七星士だ。
「鬼宿やる〜!」
きゃっきゃと騒ぐ美朱とともに、子供を抱えた鬼宿の方へと歩み寄る。
子供はよほど怖かったのか、ぐずぐずと涙をこぼしていた。
(怖かったのね……)
しゃがみこんで、子供の涙を人差し指で拭った。そのしぐさにパチクリと大きなくりくりとした目が瞬き華を見つめる。
「みこさまだ!」
(こっちにも美朱の事は伝わってるみたいね)
「私って、そんなに有名になってるの?」
(だって、巫女が現れるのは余程の事なんでしょう?)
なるほどっと美朱がぽんっと手を叩く。
「あ、あの…! たすけてくださって、ありがとうございました! ぼくの家はすぐそこなんです。よかったら、ぜひきてください! おんじんには、きちんとおんがえしを、というのがおじーちゃんの口癖で……」
「じゃー金ひゃく…っ!!」
「鬼宿」
すかさず落ちる、美朱の鉄拳を受けて沈み込む鬼宿。
それを呆れながら眺めていると、井宿がそれではと口を開いた。
「すまないのだが、一晩泊めては貰えないのだ?」
「おやすいごようです!」




少年に案内されるがまま数分歩いたところで、広い大地に幌のような布でテント状の住居を複数構えている集落が見えてきた。少年曰く、そこが家らしい。
挨拶のために、案内された長老の家にたどり着いて中にはいると、外見とは違い暖かい空間が身を包む。
ヒゲと髪の毛で顔が全く見えない長老は、こちらに気がつくと、先程の少年を傍らへと誘いそのまま頭を下げてきた。
「孫がお世話になったようで……ありがとうございます」
「あ、いえいえそんな。大した事してませんから」


だから、頭を上げてください。
そう美朱が訴えると、長老はしぶしぶといった様子で頭を上げた。
そして華の顔を見るなり、おおっと声を上げる。
「これはこれは……もしや貴方は巫女様では?」
(……巫女様はこちらですけども……?)
訝しげに首を傾げ、華は守られるようにして皆の中心に座る美朱の方へ手を向けた。
「あ、いえいえ。朱雀の巫女様ではなく黄龍の巫女様の事でございます。いやぁ、姿を拝見したのはおおよそ200年ぶりでしょうか?」
(?????)
「……すみません、長老様。話が見えないのですが……」
井宿が詳しく聞こうと身を乗り出す。
華は訳が分からず、首を傾げ続けた。
「おや? 巫女様ではないのですか? 先代の美桜様にとてもそっくりでしたので、てっきり娘さんかと。話せば長くなるのですが……よろしいですかな?」
「是非」
そこにいた全員が話を聞く体制になった。
しかし華は長老の口から飛び出した名前を聞いて、目を見開いた。
なぜならば、美桜とは『華の死んだ母親の名』だったのだ。
こほんと、一つ乾いた咳をこぼしてから長老は遠い昔を語るように全てを教えてくれた。
 
 
 
「我が北甲国と西廊国、そして倶東国、紅南国の境界線にひっそりと暮らす『黄命』という名の集落があるそうです。200年前、我々の集落が野党に襲われた際に、その集落を治める先代の巫女である美桜様が、黄金の光を使ってわれらを助けてくださいました。その時、ちょうど倶東の軍が色々な土地を荒らしていた最中でしたので、私たちは玄武もしくは白虎の巫女がきたのではないか、と勘違い致しました」
「ちょっと待った!!!!」
長老の声を遮るようにして美朱が叫び、きょとんとした顔で話を中断した長老。
「200年前って、長老さん何歳なの!?」
「気になるのはそこか!!」
鬼宿の突込みがさく裂し、美朱はだってぇ〜と指をいじいじする。
でも確かに少し不思議だった。
「いえ、私は実際には見てはおらんのです。言い伝えという形で、美桜さまのお姿を書き写した書物を代々長老は受け継いでおりまして、その時の美桜さまの御恩を忘れない為、そして再びいらっしゃった時の為にお姿を覚えておくのが習わしとなっておるのです」
(すみません、長老様。続きをお聞かせ願えますか?)
「ええ、中断してしまい失礼いたしました」
長老の話はさらに続いた。
「しかし、美桜さまはこうおっしゃった。『私は黄龍の巫女であり各四神の巫女、そして七星士を守るのが役目である。ただし、倶東国には肩入れする事はできない。お前たちは姿からして、北甲国の人間であろう? 倶東国を除くすべての民、そして巫女は私が守る』と。美桜さまはその言葉通り、美しい光の力で私たちの集落を倶東国から守ってくださいました。そして、とうとう我が国にも、玄武の巫女様が現れたのです。美桜さまはすぐに玄武の巫女様の元へと行かれました。その後は風のうわさではありますが、無事に役目を果たし、その後国に帰られた……と聞いております」
(……なんだか尻切れトンボなお話ね……第一、私の母はそんなに高齢じゃなかったわ)
「え!? 美桜さんって華ちゃんのお母さんなの!?」
(多分、だけどね。名前も一緒だし。私と母は誰が見ても娘と分かるほど、瓜二つだったの)
「おお……っ、ではやはり貴方様が黄龍の巫女様なのですね!! あの時は大変助かりました。全ての長の代理として心から感謝いたします」
(あ、いや……)
四神の神の巫女ではあると太一君からは聞かされていたが、黄龍というものは知らないと首を振ると、長老は少し寂しそうな顔をした。
井宿は、長老から聞かされた話を一言一句かみしめ、ぐっと手を握りしめた。
「皆様、紅南国からいらっしゃという事は、さぞかし寒い思いをされているのではありませんか? よかったら着物と食べ物を差し上げたいのですが……受け取ってくれますかな?」
(無料で、とはいかないわ。そうでしょ皆?)
「華ちゃんの言う通り! 長老さん、私に何かできることが有れば言ってください。お金も星宿からもらってるし、ね?」
「俺たちも協力するぜ。そんじゃそこらの人間よりは頑丈に出来ているからな!」
「……では。お言葉に甘えさせていただきますかな」
 
 
その後、長老から服一式と食事を頂き、明日からは神座宝さがしで各地を歩き回る予定になっていたので、各々早めに眠りについた。
 
 
 
翌朝。
昨日聞いた長老の話に引っかかるものを覚えながら華は目を覚ました。
「華、起きたのだ?」
美朱と同じテントで寝ていた華は外から聞こえてきた声に反応して身体を起こす。
(おはよう、井宿)
ぺらりと入り口の布をめくりあげると、まぶしいほどの朝日がテントの中に降り注いだ。



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