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震えている事に気づいた井宿が、はっとして少しばかり距離を取る。
「すまないのだ……」
断片的に聞いた内容を今一度思い返し、今の行動は非常に軽率であったと反省する。
「……触れても良いのだ?」
「う、ん……」
今度はきちんと華の心の準備が出来るのを待って、彼女の頭を撫でた。
「無茶はしないでほしいのだ」
(それ、さっき聞いたわ)
「軫宿の事はオイラに任せて、少し横になっているだ」
(拒否権は……)
「ないのだ!」
にっこりと微笑んだまま、きっぱりと言い放たれた。
華はあきらめたように息を吐くとつかんでいた井宿の袈裟から手を離した。
(……気を付けて)
「任せるのだ」

さっと立ち上がった井宿が再度女性へと変身する。
そして慎重に辺りを見渡しながら、部屋から出ていき地下にいるであろう軫宿の所へと向かった。




少しばかり、うとうとしていたらしい。
井宿に言われるがまま横になっていたらいつの間にか、睡魔に襲われていた。
井宿の言う通り、疲れているのかもしれない。
ざわざわとさっきまであんなに静かだった廊下が騒がしい。
(なに……?)
半分寝ぼけたまま身体を起こし、ドアを少しだけ開けた。
その隙間から、にゅっと知らない手が伸びてきて、思わず悲鳴を上げかける。
「華、オイラなのだ! 逃げるのだー!」
知らない声だったが、その口調はまぎもれなく井宿であると気づいた華が、すんでの所で悲鳴を飲み込み、ドアをあけ放つ。
(井宿!?)
「説明は後なのだ!!」
手をつかまれたまま、井宿が勢いよく走りだした。
後ろからは、女誠国の女人たちがおってきているようだ。
(な、なんなのー!!??)
「美朱ちゃん達と、崖で落ち合う約束をしているのだ! 華、大丈夫なのだ!?」
(だ、大丈夫っ)
こんな状況で大丈夫ではないと言えず、立ち止まりたがる身体に鞭打って足を動かした。
何度も曲がり角を曲がって、それでも追いかけてくる女人達に恐怖を覚えながら、必死に走った。
走りながら、ひどい稲妻が落ちた事にも気づいてはいたが、意識をそちらにもっていく余裕もなく、息も絶え絶えのまま既に他の七星士たちが到着している、集合場所である崖へとたどり着く。

「皆さん! この崖から飛び降りてくださいっ、はやく!」
字が復活したらしい張宿の声に、さあっと血の気が引いていく。
なぜならば、この下は海である。
それは翼宿も例外ではないようで、お互いに顔を見合わせた。
「何ぼさっとしてんだ! いくぞ!!」
「ぎょええええええっ」
ぐいっと鬼宿が翼宿のくびねっこを引っ掴んで、一気に飛び降りていった。
恐らく泳げない彼への気遣いなのだろうが、こんなの怖すぎて無理である。

「華、しっかりつかまっているのだ!」
(え、ちょ……井宿!?)
ばっと身体が宙に浮いた。
井宿が華を抱えて、崖から飛び降る。
数秒後、ばしゃんっという音とともに周りの空気が一気になくなった。
そのまま、井宿に引っ張られ慌ただしく浅瀬へと上る。
息をつく暇もないままに、走り出した華達は、張宿の一声によいり漸く足を止めることが出来た。
「ここまでくれば、大丈夫です。そろそろ……」
崖を飛び降りて追ってきていた女人達が、急に逆流し始めた海水へと巻き込まれる。
張宿はこれを計算していたらしい。
(あ……でも、あの女の人達は……)
「彼女たちなら大丈夫です」
(そっか……なら、良かった)
「華ちゃん、大丈夫? 苦しくない?」
(美朱、大丈夫よ。心配してくれてありがとう)
みっともなくも、はぁはぁと呼吸を整えながら、心配そうにこちらを覗いてきた美朱の頭を軽く撫でた。
「よかった。じゃあ、みんないよいよ、だね」
目の間に広がるのは北甲国。

神座宝は目の前である。





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