▼36

「はい、でーきた!」
柳宿にしては素晴らしく軽めに腰を叩かれて美朱と華は揃ってむせた。
「柳宿いたぁい!」
(力加減はちゃんとして欲しいわ……)
「うるっさいわねぇ……ほら、鏡見てごらんなさい」
柳宿が姿見を指差す。美朱と華が同時に姿見を見つめそして感嘆の声をあげた。柳宿の手によって着飾られた二人は、これまで見た事ない程女性らしくなっていた。
「どお? 女っていうのはね、飾れば飾るほど綺麗になるもんなのよ?」
(さすが柳宿ね……)
「説得力が違うわ……」
どんなものだ、と柳宿が胸を張る。伊達に女装経験を積んできたわけではないらしい。柳宿は、姿見を見つめる美朱の肩に手を置くと目を細めた。
「どーせ美朱の事だし、鬼宿と出かける約束とかも全然してないんでしょ? 誘ってきなさい」
「え、で、でも……」
「いいから。その服と化粧をしたアタシへのお礼だと思って、行ってくる!」
「……柳宿……ありがとう!」
迷いに迷っていた美朱だったが、柳宿の最後の一押しを受け、勢いよく外へと飛び出して行く。その姿を眺め華はちょっぴり嬉しそうに微笑んだ。
「華、華はアタシと一緒に出かけてくれるわよね?」
(星宿と行かなくていいの?)
「星宿様が外に出るのは危険でしょ」
(それもそうね……)
「だから、アタシと……」
「ちょっと待つのだ」
唐突に扉が開いた。飛んできた声に華の顔が自然と綻ぶ。柳宿はそれを見てどこか複雑そうな顔をした。
「あら、井宿。張り紙が見えなかったのかしら?」
「今はそんなのどうでもいいのだ」
(井宿?)
不思議そうに首をかしげる華。井宿が華の腕を掴んだ。柳宿はニコリともせずに、華の腕を掴んだ井宿の腕を掴む。
柳宿が力加減をあまりしていないのか、井宿の顔が痛みに歪んだ。
それを鏡越しに見た華が慌てて井宿の方へと振り返る。
「!」
「!?」
姿見越しで距離感を間違えたらしい。華と井宿が驚きに目を見開く。柳宿は苦虫を噛み潰したような表情でそれを見ると、盛大なため息をついた。




「力自慢していかないかねー!!」
「焼きたてだよー!」
「さぁさぁそこのお兄さん、彼女へいいとこ見せていかないかね!!」
人々が口々に人引きをしている。美朱と鬼宿、華と柳宿、そして護衛としてその後ろをとぼとぼついていく井宿と翼宿。六人はお忍びでお祭りに来ていた。北甲国へ神座宝を探しに行く前にいい思い出を、と柳宿が誘い出したのだ。
何があったのかギクシャクしていた美朱と鬼宿も今日は楽しそうにしている。
(柳宿……視線が、痛いわ……)
「何言ってんの? 女は見られてナンボの生き物でしょ?」
(私には無理……)
周りの視線に慄いた華が、顔を伏せる。井宿の手がとっさに伸びてくるも、それをはたき落として柳宿が華の手を握った。
(柳宿……?)
「自信持ちなさい、あんたは綺麗なんだから」
(きれ、い……)
ふと、華の顔に影が降りる。井宿の手が思わず、華の方へ再び伸びた。
「華、深い意味はないのだ」
(井宿……わかってるわ)
苦笑をこぼす華。井宿は、キツネ顔のお面をつけたまま、眉を寄せる。渋い顔をしたまま、焦った顔をしている柳宿を一瞥すると、華の手をぎゅっと握りしめた。
「……り、がと……」
ぼそり、と華が呟いた。井宿はそれに、嬉しそうに顔を綻ばせる。
華は、軽く咳をこぼすと大きく息を吐いた。
(やっぱり、まだうまく喋れないわ)
「ゆっくりでいいのだ。ゆっくり、華のペースで。オイラはどこまでも付き合うのだ」
「……ちょっと、あんた達……」
花が飛びそうなほど浮かれていた二人に、柳宿が声をかける。今にもキレてしまいそうなほど、額には青筋が浮かんでいた。
「アタシ達の事忘れてるんじゃないでしょーねー?」
「……いたのだ?」
先ほどのお返し、とばかりに井宿が大人気なく返す。途端、柳宿が井宿の胸ぐらを掴み上げた。
「いたわよ! ずっと! 最初に華の隣にいたでしょーが!!」
「だー! オイラ達の邪魔をするからなのだ!」
「……オイラ達?」
今まで傍観を決め込んでいた翼宿が思わず口を挟んだ。
(あれ……井宿、もしかして伝えてないの?)
「伝える必要あるのだ?」
(あるでしょう!?)
しれっと言い放った井宿に、華は頭を抱える。どうりで、翼宿と柳宿の様子がおかしいわけだ。
(あー……翼宿、柳宿……ごめんなさい。私……)
「井宿と想いが通じたんでしょ?」
(へ?)
柳宿の言葉に思わず間抜けな顔を晒す。しかし、柳宿は当然、といった風な顔をすると、ため息をついた。
「そんなのとっくの昔から気づいてたわよ」
(え、じゃあ、なんで……?)
「……アンタは知らなくていいのよ」
ぶすっとした顔の柳宿。翼宿はわけがわからないといった顔をしている。
お祭りの騒がしさに浮かれて、七星士という役割を忘れた三人は、とても楽しそうにしていた。


夜が更けていく。
それぞれの想いが交差して弾けて、絡まって。

まるでパズルのようだと、だれかが言った。




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