▼02
 美朱の背中が完全に見えなくなり、荒野にひとりっきりになった頃。ようやく身体が動くようになって、慌てて華は立ち上がった。
「待つのだ!」
 どこからともなく降ってきた声。思わず走り出しかけた足をぴたりと止める。
(誰?)
 キョロキョロと見わたすが、声の主は姿が見えない。華は諦めて再び足を踏み出した。瞬間。
「待てと言っているのだぁ……」
 ぎゅっと背後から腕を掴まれる。びくっとして振り向けば、そこには狐のような細目をし、やたらニコニコと笑っている僧侶がそこにいた。
(…狐?)
「だ……狐ではないのだ……」
 どうやら、美朱と唯同様、この男にも心の声が聞こえているらしい。手話をしようとした手を止めて、その男の方を振り向けば、男はふと不思議そうに首をかしげる。
「君……喋ってないのだ?」
 しばらく動かした形跡のない口元を見た男。華は静かに目を伏せて答えた。
(喋れないの)
 わかりやすいように、とぱくぱくと口を動かして、喋れないことをアピールする。するとその男は、途端に顔をしかめて、まるで壊れ物を扱うかのように優しく掴んでいた手を離してくれた。
「すまないのだ」
(気にしないで)
 声を失った理由を知りたいのか、その男は華をジッと見つめる。華はしかし、その理由をしゃべることなく、その男に問いかけた。
(貴方は誰? どうして止めるの?)
 そこで男は自己紹介をし忘れたことを思い出したのか、姿勢を整えるとシャンと、手に持った錫杖を軽く地面について、口を開いた。
「オイラの名前は李芳准。南方朱雀七星宿が一人、井宿というのだ。君の名前は?」
(雛月華……といいます)
「華……いい名なのだ」
(ところで、私になんの用でしょうか。私、追いかけなきゃいけない人がいるんです…!)
「さっきの異世界の子のことなのだ?」
 こくりと頷いてみせる。すると、芳准…いや井宿は困ったように眉を寄せるとぽりぽりと頬を引っ掻きバツの悪そうな顔で言う。
「それはダメなのだ。あの娘は今から合わなければいけない人間がいるのだ」
(合わなければいけない人……?)
「だ」
(けれど……!)
「だから君は、オイラと一緒に来て欲しいのだ」
(……どこへ、ですか……?)
 突然の申し出に、戒心をあらわに、華は一歩下がって井宿から距離を取る。けれども井宿は人懐っこい笑みを崩すことなく、背中にしょっていた笠を取ると、おもむろに空へと投げ放ってみせた。
「行ってみればわかるのだ!」
 瞬間、華の視界がすべて、真っ赤に塗りつぶされる。あまりのまぶしさに華は目を閉じた。そうしてまぶたの上から感じる刺激が徐々に少なくなっていった頃、恐る恐る目を開けると、そこには。
(嘘でしょ……?)
 先ほどとは打って変わり、神秘的な景色が一面に広がっていた。



back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -