▼31
心宿の術を破ったばかりなはずなのに、華はしっかりと立ち上がると走って気配の感じる方へと土砂降りの雨の中を急いだ。後ろを井宿が追いかける。
(美朱……っ)

空白の三ヶ月。確かに美朱はその間、一度元の世界へと帰っている。しかし、その後いなくなった唯と、華を探しに再び危険なこの世界へと戻ってきた。
華はその間眠らされたまま、心宿の力によって永遠と置いていかれたという闇を、作られた映像によって心へと植え付けられた。 あの時易々と井宿と共に帰ってこられたのもこの暗示があったからなのだろう。
(唯も……私と同じかも……)


「あそこなのだ!」
井宿が錫杖で鬼宿と星宿が睨み合っている現場を指さした。
(だめ!!)
今にも刺してしまいそうな星宿の真剣。鬼宿もヌンチャクを振り回している。
その2人を止めようと手を伸ばした瞬間。ぴたりと自分の周りの景色が一瞬止まった。そして、聞こえてくるのは、あの声。
『巫女よ。今こそ我の力を授けよう。言うのだ、召喚と。…そして願え。我は巫女の希望を出来うる限り叶えよう』
(召喚!)
声が消えたと同時に、周りの景色も動き出し、華は咄嗟に叫んだ。
(2人を止めて!!)
あたりを黄色い光が覆い尽くした。華の後ろを走っていた井宿がその猛烈な光に思わず目を閉じる。
閉じたまぶたの裏にまで突き刺さりそうなほどの強い光。
その場にいた全ての人間が目を閉じた。
光の中心にいる華はなぜかその眩しさを感じない。星宿と鬼宿の目がくらみ、二人の動きが止まったところで華は素早く間合いに入ると、星宿に背を向けた。
星宿をかばうような姿勢をとったのだ。
(召喚……。鬼宿を……元に戻して)
黄色い光が、突如消え失せる。そして、誰よりもいち早く奪われた視界を取り戻した鬼宿は、ヌンチャクを星宿をかばう華に向かって振り上げた。
「鬼宿!!」
びくり、と。鬼宿の身体が突如聞こえた声に反応して動きを鈍らせた。その隙を逃がすことなく、華は部屋から出る時に井宿に見つからぬよう内緒でポケットにし舞い込んだナイフを取り出すと鬼宿に向ける。
刺す気はない。
力強い気を放つ華の瞳は麦畑のような澄み渡る黄金色に染まっていた。
「そんなもんで脅しになるかよっ!」
ナイフに気づき、不敵な笑をこぼす鬼宿。しかし、先程の声の主である美朱の強烈なタックルを横っ腹に受け、なす術なく倒れ込んだ。
「てめぇ…っ!」
美朱がその拍子に、素早く鬼宿に馬乗りになる。どこかに仕込んでいたらしい、ナイフを鬼宿は取り出すと、馬乗りになる美朱へと躊躇なく突きつけた。
「刺して……っ」
か細い声が喉を震わせた。
「刺して!  あなたがそれで、楽になるのなら……私を刺して!!」
先程よりも大きくはっきりと美朱は言う。華は、咄嗟に美朱を庇おうと前に出ようとするも、大きな手にそれを阻まれその場に立ち尽くした。その手は紛れもなく、井宿のものである。
「お望み通り、さしてや……っ!?」
刺せと煽る者へ正直に刃を突き立てようとした瞬間。頭に針を通されたような鋭い痛みが走り、鬼宿はナイフを取り落とした。
痛む頭を抑え悶絶する。
「鬼宿ぇ……っ」
今にも泣きそうな声で愛しい人の名前を呼ぶ。そして、これで終いとばかりに美朱は鬼宿の唇にキスをした。それは、美朱なりの鬼宿との決別の証だった。
再度鬼宿の身体が大きく痙攣する。
ぽつり、と。外に出ている全員をしんから濡らさんとばかりに力強く降っていた雨が唐突に上がった。雲が晴れ、輝く太陽が顔を出す。
決別した鬼宿から、美朱はのろりと立ち上がった。
「……み、あか」
しかし、戸惑いの声を発するそれに思わずもう一度顔を向ける。そしてその姿を見た途端に、大きな目をさらに見開いて涙を流し始めた。

「鬼宿……」
「みあか…」
「鬼宿ぇ!!」

どのようなきっかけが作用したのかはわからない。鬼宿は正気を取り戻した。その証拠に、額に朱雀七星である証の字が浮き上がっている。
未だに寝っ転がったまたの鬼宿に美朱は力強く抱きついた。それを眺め、華は安堵の息を吐く。
「大丈夫なのだ?」
(ん、大丈夫)
美朱たちの姿を眺めながら井宿は問うた。身体の事を聞いてきたのか、精神的な面を聞いてきたのか、はたまた両方か。華は一瞬悩んだものの、清々しい気分に思わずしっかりと頷いた。



こうして朱雀七星士が全員揃った。
朱雀召喚まで、もうあとわずか。喜びに賑わう美朱たち。
しかし華は、ちらりと静かに佇む張宿を見やるとため息をついた。



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