▼27
身体が酷くだるかった。頭もモヤモヤしていた。まるで霧が頭の思考を遮っているかのよう。聞こえるのは、耳障りな声。ここから出たかった。でも、やっぱり身体は動かない。



「華!!!」
(私の名前を呼ぶのは……誰?)
「気いしっかりもちや!!」
(誰、誰?)
「華様、奥へ参りましょう」
(私、あなたの言う事を聞かなきゃいけない気がする。でも、声が……気になるの)
「お気になどせずとも良いのです」
(そうかな……本当にそう?)




(よく見えない。聞こえない。耳を支配するこの声に、私の名前を呼ぶ人たちの声がかき消されるの)
手を伸ばしたのは無意識だった。驚いたのは心宿。手を伸ばした先には、さっきまでいなかった井宿と翼宿。その腕には美朱。怪我はないようだ。
「華!」
やっとモヤモヤがとれ視界が開けたらしい。飛び込んでくる景色にいるのは見知った顔ばかり。
(でも、どうしてかな……。なんで私……)
井宿達と反対側にいて、彼らと真っ直ぐ見つめあっているの?……いや、それが間違え。これが正しい。
正しいはずなのだ。
だんだんと意識がはっきりしてきた。朱雀七星士。華はこの者達を止めなければならない。
「心宿。美朱を捕まえてよ」
唯の声がすぐ側で聞こえる。井宿がそれに顔を歪ませた。お面がついたまま歪めたせいで、イマイチ焦りの感じない顔になってしまっている。唯の言葉を受け止めた心宿は、短く返事を返すと掴んでいた華の腰から手を離し、ずんずんと大股で井宿達の方へと歩み寄った。
余裕。まるで赤子の手をひねるかのよう。しかし、井宿はそんな彼に捕まる前に、ぱっと姿を消してしまう。唯がため息をついた。けれど感じる。彼らはすぐ近くにいる。
それを伝えようとしたが、口を開きかけたところで最後に見た、彼の顔を思い出す。華の事を信じられないとでも言いたげな目でみていた。何か酷く彼らに何かしてしまったような。その瞬間。ずきりと心臓が痛んだ気がして、ぐっと胸を掴む。
「華? どうかした?」
唯の言葉に首を振る。大丈夫ではないけれど、大丈夫だった。病気の痛さではない事は薄々気がついている。けれど、この痛みを止める方法を華は知らない。
唯の頭を撫で、心を落ち着かせようと深呼吸を一つ。目尻から何か温かいものがこぼれ落ちた気がした。
「泣いてるの?」
唯の言葉に首をかしげる。目尻を指差す唯につられて、自分の目尻を触ってみれば。そこは確かに濡れていた。そして華は初めて自分が泣いていた事に気づいたのである。


「ねぇ、心宿。華に何したの?」
美朱を探し回る武官を眺めながら唯は隣に立つ心宿に尋ねた。
「気になりますか?」
心宿は心底楽しそうに冷たく微笑み、ぼーっと立ちすくむ華を眺める。唯はうつむき、そして頷いた。
「教えて。まさか……」
「いえ、鬼宿の時とは違います。華様と初めて会った時に暗示をかけたまでです。何やら辛い事があったようですね」
「……過去を、覗いたの?」
「いいえ。酷く傷ついた心の匂いがしたものですから。まぁ、華様の腕を見れば何をされたかは一目瞭然でしたが」
心宿は、華の腕に残る痣がついた方を指差す。唯は顔をしかめるも、そんな心宿の行動をたしなめる事なく、くるりと踵を返した。
「華、御飯の用意するから来てよ」
華は小さく頷いて、唯の後ろをついていく。唯はそんな華の腕を掴んで絡めると、にっこりと嬉しそうに笑った。
「華は私の味方だよね!」
その質問に、華は頷き、そして微笑み返す。
後ろから、美朱の声が聞こえた。しかし、唯は知らんぷりを決め込んで宮廷に戻ると、早速御飯の準備を始めた。
(手伝う?)
「ううん、ほとんどここの人が作ってくれてるから、大丈夫」
テーブルの上には明らかに高級とわかるような色とりどりの料理がテーブルの上に所狭しと並べられていた。
(美味しそう)
「美味しそうじゃなくて、美味しいんだよ」
味見、と言いながら唯が料理をつまむ。出来立てらしい料理は湯気を上げ、良い匂いが部屋中に漂っていく。
(こんな良い匂いさせてたら、美朱が来そうだね)
無意識にそう言った途端。
「良い匂い〜」
そういう声とともに、美朱が部屋に入ってきた。唯がそれをみて、静かに椅子に座る。華は、どうしたものか悩んだ末に、唯を守るように横に立つと、美朱を見つめた。
「いらっしゃい、美朱」
突き刺さるような声音。美朱がようやくそれに気づいた時には扉は完全に閉まりきっており、逃げ場はもはやどこにもなかった。
「まぁ、座って食べなよ。ここの料理美味しいからさ」
「唯ちゃん……」
警戒するように美朱が椅子に座って料理を見つめる。そんな美朱に気にすることなく、箸をもった唯は黙々と料理を食べ始めた。
「ほらね」
二、三口食べ飲み込んだ後、美朱へと何も入っていないことを示すポーズをとる。美朱がようやく箸をつけたところで、唯は逆に箸を置いて、それを眺め始めた。
先ほどまで警戒していたとは思えないほどのスピードで美朱は皿の上の料理を片っ端から平らげていく。
(さすが美朱……)
「変わんないね」
くすっとたまらずに唯が笑った。美朱の食べていた手がそれにより止まる。目は、何かを期待するように輝いていた。
しかし、唯は笑みを引っ込めると冷たく睨みつける。
「勘違いしないでよ。あたし、まだあんたの事を許したわけじゃないから。許す気なんてないけどね。あんたなんか直ぐ殺せるけど、それじゃあつまらないじゃない?」
途端に、美朱の表情が落ち込む。華はそれをただ、ぼーっと見つめていた。二人には仲良くしていてほしいはずなのになぜか、美朱の事が許せない。その気持ちに気づいて華は困惑する。しかし、華の心情とは裏腹に、2人は言い争いをはじめた。
「鬼宿も、華もあんたなんかに渡さない……!」
「聞いて唯ちゃん! これには訳が……っ」
「訳? だってあんたは、私じゃなく、鬼宿に会いたくて戻ってきたんじゃない! それのどこが違うっていうの!」
考え事をしているうちに、美朱と唯の言い争いはヒートアップしていく。心宿を呼んだ方がいいか、と扉に手をかける。しかし次の瞬間。name2#は嫌な予感に突き動かされるように、無意識に美朱のことを庇っていた。
「華ちゃん……?」
「華!」
腕に走るするどい痛み。何が起こったのかわからないまま、腕の痛みにその場に膝をつく。美朱は青い顔をし、唯はこちらに駆け寄ってきて、華のそばに座った。痛みを訴える腕を掴んで、眉を寄せる。
「ちっ……外したか」
「た、ま……ほめ……?」
ぽろりと美朱の口から懐かしい名前が飛び出し、華は顔をあげた。唯が信じられないという顔で鬼宿を見つめる。
当の鬼宿は冷たい眼差しで美朱を睨みつけていた。
(どういう……事?)
鬼宿は確かに、美朱と思いあっていたはずなのに、いま美朱に向けているのは、明確な殺意。華は小さく震えると、そのまま立ち上がった。
「なにをしている」
しかし、冷たい声に身体が硬直する。
「心宿……」
唯がほっとした顔で、息を吐いた。心宿は、ちらりとこちらを一瞥すると、鼻で笑う。
「華様、なにをなさっているのです。後ろにいるのは、あなたを置いて自分の世界へと帰った朱雀の巫女ではありませんか」
「……え?」
美朱が間の抜けた声を上げた。びくりと、身体が跳ねる。否定したいのに、勝手に流れ込んできた記憶に、頭を掻き回されるような不愉快を覚えた。華はそのまま立ち上がるとふらりと部屋の外に出た。
とにかく、心宿から離れたかったのだ。
ガサガサと美朱を羽織ってきてしまった事も忘れ、一心不乱に歩く。やがて、甘い香りが花を掠め、華は立ち止まった。
「……華?」
ふわっと上から見覚えのある袈裟がおりてくる。華は顔を上げると無表情にそれを眺めた。
(あぁ、この声……さっきも……)
「……あの、空白の3ヶ月の間に……何をされたのだ」
「その者は何も知らんぞ」
冷たい声がうしろからして、また逃げ出したくなる。しかし、がしりとした手が肩を掴んでそれは、ままならない。先程美朱を庇った際にできた傷から痛みが脳髄まで駆け上がる。目の前の井宿は、どうにも腑に落ちない顔をしていた。
「どういう事なのだ」
「答える理由が見つからんな」
「華は、仲間なのだ」
「華様は、四神の巫女だ。その意味がわからぬ貴様ではあるまい?」
にやり、と心宿は顔を歪めて笑った。井宿が少し考えるようなそぶりをみせ、答えにぶち当たったのか、はっとした顔をする。
「まさか……」
「華様は、我らのものだ。消え失せろ、朱雀の者共」
心宿が手を振りかざす。とっさに身を翻しそれをかわそうとした井宿だったが、足元がふらりと揺れ、バランスを崩した。
(……あの声は……安心する)
心宿の手から気功が放たれる。華はそれをスローモーションのように眺めていた。
(だめよ、だめ……だめ!)
何がダメなのか、わからない。彼は井宿。敵対するもの。なのに、なのに。
(どうして、彼の知らないはずの顔ばかり……浮かぶの……っ)
笑った顔、怒った顔、お面の顔。華はずっと倶東国に居たはずなのに。




「井宿!!!」
何年か振りに出た声は、ひどく掠れていたが、確かに井宿の耳に届いたらしい。叫ぶと同時に、心宿の手を掴み、無我夢中で押さえ込む。体中から光が放たれ……。



気がついたら、翼宿と井宿、そして美朱と共に紅南国の宮殿にいた。


宣言したのに、中々そんなシーン入らなくてすみません!
予定とだいぶ違う……どうしてこうなった……





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