▼26
「午前0時に……大きな木の下で会おうって約束したの」
作戦当日。華は美朱の側に座って着々と進む準備を眺めながら、彼女のつぶやきに耳を傾けていた。当の本人は、想い人へと会える嬉しさからか、?がいつもより赤く染まっている。純粋だなぁ、と華は少しだけ美朱が羨ましく思えた。
「やっと、朱雀が召喚できる……! 唯ちゃんと仲直りできる!」
興奮気味に言う美朱。二人は本当は凄く仲が良いはずなのに……華は複雑な想いを抱えていた。
「二人とも、準備できたのだ」
勢いよく立ち上がった美朱へと井宿が声をかける。それを聞いて、華も立ち上がると井宿のそばへと寄った。床には井宿の袈裟が広げてある。
「ここに座るのだー」
袈裟を指差す井宿に従い、遠慮なく袈裟の上に座った。一応靴がつかないよう配慮して。
「それでは、これから倶東国に鬼宿くんを迎えに行くのだ!」
しゃんっと井宿の錫杖が澄んだ音を立てた。袈裟が地面に吸い込まれるようにして、真ん中から沈んでいく。
「星宿、みんな、行ってくるね!」
心配そうに見送る皆に美朱は元気よく手を振る。華は、小さく頭を下げた。しかし、次の瞬間。視界いっぱいにオレンジ色が広がって井宿が慌てたように声を上げた。
「た、翼宿!?」
「ついてったるわ!」
井宿が術を止めようとするが、既に遅し。突然乱入してきた翼宿と共に、袈裟は完全に床へと吸い込まれ、四人は気づけば倶東国の宮殿の庭の木の上に着地していた。
「え!?」
「うおあ!?」
(ちょ、ちょっと!!)
木に四人が着地した勢いで、細い枝はきしむ。叫び声を上げる間もないまま、そのまま枝はぽっきりと根元から折れ、井宿以外の三人は揃って地面にお尻を打ち付ける事となった。
「どこに飛ばしてんねん!」
「翼宿が急に入ってくるから、ずれたのだー」
イテテとお尻を撫でながら怒鳴る翼宿へと、悪びれもせず井宿は言う。確かに井宿は悪くないのに、翼宿はそれでも納得できなかったのか、再び食ってかかる。その姿にやれやれと首を振りながら、華はきょろりと辺りを見渡した。
美朱は、静かに木をしかし、懸命に探していた。
(あれ……? おかしいなぁ……鬼宿の気配がない……?)
感じてもいいはずの、独特の紅い気が感じられない。華は嫌な予感を覚えながら、美朱の後ろをピッタリとくっついて歩く。すると、ひときわ開けた場所へとたどり着き、そこには大きな木が一本だけ立っていた。
「ここだ……!」
木へと駆け寄り、祈るように手を握りしめる美朱。それに付き添い、華は木の後ろへと回ると、もし鬼宿が来た時に邪魔にならないよに隠れた。ポケットから帯につけた小さなポーチへと移った携帯は、午前0時5分前を指している。言い知れない違和感を拭いきれないまま、華はその時をじっと待つ。
刻々と時間だけが過ぎていった。
(……おかしい)
午前0時を10分ほど過ぎたあたりで、華は腰を上げた。鬼宿はいくら待っても来ない。それどころか、気配さえ感じられない。華は木の後ろから前へと回ると、鬼宿を待ち続ける美朱のそばへピッタリとくっついた。
「ねぇ……」
(ん?)
「鬼宿……どうしたのかな……?」
不安そうな声で尋ねてきた美朱の頭を優しく撫でる。しかし、大丈夫とも、絶対くるとも言えないこの状況で、華はそれしかできない自分に腹が立っていた。こういう時、彼ならなんと言うだろうか。と井宿の存在を目で探すが、そういえば先ほどからいない。華はため息をつくと、座りっぱなしで凝り固まった筋肉を伸ばすために立ち上がった。
「美朱」
聞き覚えのある声がした。ふと、視線を前にやる。
(唯……!)
そこには、七星士の一人心宿と、その他武官を連れた唯が立っていた。
「唯ちゃん……!」
しばし、二人の間に静寂が流れた。唯が美朱を睨み、美朱は唯を見つめる。しかし、次に放たれた唯の言葉に美朱はその大きな瞳から涙をこぼす羽目になった。
「鬼宿なら、こないよ」
「ど、うして……?」
「なんで、あたしがそんな事知ってるか聞きたそうな顔だね。簡単だよ、鬼宿が教えてくれたんだ」
「鬼宿……」
「言ったでしょ。あんたから、何もかも取ってあげるって」
唯の気の強そうな瞳がさらにつり上がった。心宿の簡単な合図で、武官達が一斉に動き出す。華は慌てて美朱を庇うように背に隠すと、武官達を睨みつけた。
ポーチの中に潜ませた黒光りの拳銃の感覚を確かめて、しかし躊躇する。未知の世界の武器をここで使ってもよいものか。眉を寄せて動きを止めた華に気づいたのか、心宿は心底面白そうに笑みを浮かべると、一歩静かに近寄った。華は気づかない。懐に入っている拳銃は、確かに武器だ。紛れもなく人を傷つける物。しかし、この世界にはないものだ。奪われてしまえば厄介な事になるだろう。
考えに没頭し過ぎたあまり、心宿から注意を逸らしてしまった華は、彼の力強い手が己の肩を掴むまで、側に近寄っていた事にさえ、気づけなかった。美朱は恐怖で足が竦んでしまったらしく、青い顔をするばかり。
はっとして顔をあげるが、既に遅し。
「おかえりなさいませ」
その不吉な言葉とともに、意識がどろどろに溶け、深く沈んでいくような感覚を覚え、足をふらつかせた。
(みあ、か……逃げて……っ)
最後の力を振り絞り、美朱の背中を押す。
「いや……、やだ!」
(逃げるの!!!)
激しく首を振って拒否する美朱の背中を突き飛ばすように押す。勢いで心宿から距離の離れた美朱は戸惑った顔でこちらを見、あたりをキョロキョロしている。その行動に意味するところを知った華だが、今はいない二人が美朱を助ける場面を見る事なく意識はそこで途切れた。



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