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美朱が残りの七星士を見つけて帰ってきたのはそれから二日後の事だった。新たに加わった軫宿と、張宿。井宿は大いに喜んでいたが、華は暗い気持ちでいっぱいだった。
なにせ、張宿と名乗る男からは朱雀の気配が全くしなかったからである。しかし、それを伝えたくても何故かそれは言葉にならず、誰にも届かない。文字に起こそうともしてみたが、無駄だった。書こうとしたらその文字を忘れてしまったかのように思い出せなくなり書けないのだ。
今一度、喋れない事に忌々しさを感じながら、朱雀召喚のための準備と並行して鬼宿救出作戦が練られている星宿の部屋へと訪れた。
そこには星宿と話し込む井宿がいる。
「華か。どうかしたのか?」
(あ、いえ……私に何かできる事があるならば……と思いまして)
「ふむ、そうだな……」
「星宿様、倶東国は青龍の地。おそらく宮殿にはあの術者の結果がはられていると思うのですだ。そこで、華に協力を仰ぎたいのですが……」
「それで上手くいくと言うのなら構わぬ。ところで華。体調は大丈夫か?」
(はい。おかげさまですっかりと。ご迷惑おかけしました)
「よいのだ。慣れぬ土地でさぞ大変だろう。休める時に休んでいなさい」
(ありがとうございます)
ところで……と言いかけたところで、星宿の部屋のドアが乱暴に開かれ、めいいっぱいオシャレをした美朱がそこに立っていた。探していた人物が現れて華は続けようとした言葉を飲み込んで星宿に会釈をすると、一歩下がる。
「井宿! 準備できたよ! 鬼宿に合わせて!」
「遅いのだー……女の子は支度に時間がかかって困るのだ……」
困った顔でつぶやく井宿に、美朱は腕を絡めると引っ張った。それを見て心なしかモヤっとしながらも、それについていこうとする。しかし、後ろから伸びてきた手によってそれは阻止され、華は顔を上げた。
(星宿様……?)
「二人にしてやった方がよいだろう」
(……なるほど。ありがとうございます)
ゆっくりと離れた星宿の手。華はもう一度、華へと頭をさげると美朱達がいるであろう気配のする部屋とは全く逆方向へと身体を向け、その先にある気配の元へと足を動かした。
宮殿の廊下を歩き、中庭へと出て、ぐるりと辺りを見渡す。空には満天の月が昇り、暗闇を照らしている。その月明かりを頼りに池を越えたところで、華は足を止めた。 耳に入ってくるのは耳障りの良い綺麗な音色。決して悪意は感じないが、その音色に嫌なものを覚え華は顔色を悪くした。
「あ……確か、華さん……でしたよね?」
緑掛かった茶髪の青年は、笛を吹いていた手を止めると、優しい笑みを浮かべてこちらを見た。その笑顔に思わず、華はたじろぐ。言おうとしていた言葉は喉奥へと飲み込まれ、言葉にできなかった。だから、代わりに頷く。
すると、青年は心底嬉しそうな顔をして手を差し出してきた。
「俺、張宿です。よろしくお願いしますね、華さん」
(……こちら、こそ……よろしく)
貴方の七星士名、それではないでしょう。そう言いたかったのにこの口は動いてはくれない。歯がゆい思いで、唇を噛み締めていると、先ほど聞いた笛の音がまた鳴り始めた。
「なんだか……元気なさそうなので……ね?」
聞きたくない。そう思うのに、すとんっと後ろから誰かに肩を押されたように、その場に座り込んでしまった。嫌でもあの音が入ってくる。
しばらく、華はそのままの体制で笛の音を聞かされた。



どのぐらい経ったのだろう。いつの間にか気づいていたら、後ろに井宿の気配がした。
「あ、井宿さん」
「その笛、いい音なのだー」
「ありがとうございます」
ぴたりと笛の音がやんで、ようやく身体が自由に動くようになった。座り込んでいた身体を立ち上がらせると、無意識にため息をついてしまう。美朱はもう自分の部屋に帰ったようで、周りには井宿と張宿以外の気配は小さい。
「申し訳ないのだが、ちょっと華と話があるのだー」
「あ、はい。大丈夫です、おやすみなさい」
張宿がぺこりと頭を下げ、割り当てられた部屋の方へ歩き出す。井宿はそれを見届けると華の手を掴み、大股で歩き始めた。
(井宿!?)
慌てて付いて行くが、身長の差が足の長さにも影響して、中々追いつけない。半ば引きずられるような感じで井宿へと部屋に連れて行かれると、ぱたんと扉が静かに閉まった。その部屋は、星宿と井宿が話をしていたあの部屋である。
「もう体調はいいのだ?」
(うん、ばっちり)
「治ったばかりで申し訳ないのだが、明日は一緒に来て欲しいのだ。倶東国へと侵入する経路を、華を通して開けるのだ」
(結果壊して、あれに気づかれない?)
「壊さなくても多分、見つかるのだ」
苦虫を噛み潰したような顔で井宿はつぶやく。その珍しい表情に、華は眉を寄せた。
(井宿、あんなに強いのに……それでも心配する程、あれは強いの?)
井宿は一緒押し黙った。しかし、肯定するように首を振る。それをみた華は、そっか。と他人事のようにつぶやくと、井宿の手を取った。
(大丈夫。井宿は強いよ。私もいるし、ね?)
「……華は時々、年相応に見えるのだ」
(歳だけは食ってるからねぇ……軫宿よりは下だろけど……)
いつも、幼いと言われ続けるだけあって、自覚はあった。精神的に年齢が低いのであろうという事実。しかし、井宿の意外な言葉に、華はそんなことも忘れて目を見開く。
「……軫宿は華より一つだけ上なのだ」
(う、うっそ!!!???)
初めて見た印象は、おじさんだった。その次に会った時には、二十代半ばの頼れる最年長の七星士だった。まだ正式に挨拶をしていないが、あの落ち着いた雰囲気を醸し出す軫宿が一つしか違わないとは、思えない。
(一つだけ……? 22って事……?)
「だ!」
(そんな元気よく言われても……へこむ……)
男性よりも女性の方が精神年齢が高いと言ったのはどこのどいつだろうか。明らかに、華の方が精神年齢は低く見える。明日の事を真面目に話すはずだった空気は、軫宿の思わぬ歳に破壊され、結局華に残ったのは驚きと焦燥だけ。明日の決意もそこそこに、井宿と他愛ない話に花を咲かせ、気づけば夜も更けていっていた。
寝なければ、と思いつつもこんなに人と話すことが楽しいと感じたのは、初めてではないだろうか?と華は思う。時たま二頭身へと変化する井宿は物凄く心を刺激した。あまりの可愛らしさに抱きしめたこともしばしば。
しかし井宿は嫌がる事もなく、したいことをしたいだけ、させてくれた。気の合う友達、それも美朱達のようにがっちりと絆で結ばれた、友情。それが繋がったのだと気付いた時には、嬉しさのあまり泣きそうになった。
でも、時折井宿の見せる憂いを含んだような遠い目を見る度にどこか寂しくもあった。目はこちらをむいているのに、視線の先に華はないような、そんな寂しさ。


煮えたぎらないこの想いに知らないふりをしつつも、心の奥で知らないふりをする。友達、友達。そう言い聞かせて。
時折高鳴る鼓動は、動悸のせいにした。疲れのせいにもした。
赤くなる?も、熱いのだと、外の気温のせいにもした。実際、春はとうに過ぎた紅南国は、温暖な気温のせいか、少し蒸し暑さを感じる。
全て、全て違うもののせいにした。


その想いに気づくまで、あと、もう少しーー。



次回より、少し原作とは違う描写が含まれます。だいたいの話の大筋は一緒です。
必読にも書きましたが、この先、柳宿や翼宿が華に想いを寄せているような描写がありますので、ご注意ください。



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