▼24
 井宿から、休めと言われた華は、おとなしくベットに横になっていた。美朱たちを守るつもりが、逆に自分が倒れて守られている。そう思うといてもたってもいられなかった。身体は張宏にいた時とは違い、かなり軽い。立つことも自然とできる。華は井宿の気配が近くにないのを確認すると、そっと部屋から抜け出した。
 きっと、宮殿の奥の方へいけば星宿付きの女官などに見つかって厄介なことになるだろう、そう踏んだ華は、宮殿の外へと向かった。美朱たちがどこにいるかわからない以上、今はここで自分の身体をどうにかするしか手はなかった。
宮殿の外に出て、誰もいなさそうな広い荒野に出た。ここは、華と井宿が一番最初にあったところである。そこで華は立ち止まると、まず自分の使える力について考えてみる事にした。
(使えるのは、こうして喋らなくても意思疎通ができるテレパシーみたいなの、それと治癒力。あと、気配を読むこと。一応銃も使えるけど、こっちの世界には弾がないからあまり使えない……となると……)
そこまで考えて、華は肩を落とした。
(私、戦えないじゃない……)
剣は重く、扱いにくいと聞く。ならば、武術?しかし、華はすばしっこさはあるが、力がなかった。結局、武術も却下となり、あとは何があるかと考えていると。
『巫女よ……』
聞き覚えのある声が脳裏に響き、華はその場に座り込んだ。
『巫女よ……何を悩んでいる……?』
(力が……欲しいの。戦える力)
地面を指で弄りながら華は膝を抱えた。
『……そなたの魂は、まだこんなにもズタズタなのか……』
(どういう意味?)
『そのままの意味だ。このままでは破壊の力は授けられぬ』
(どうして?)
『巫女に死なれては困るからだ』
(ちょ、自殺なんてするわけ……)
『嘘をついても無駄だ。我はそなたの全てを知っている』
(じゃあ、どうしろっていうの? 過去消してくれるわけ? 私は一体、どうしたらいいの!?)
『泣きたければ泣くがよい。いまは誰もおらぬ』
(意味わかんない……っ)
心の中で一人会話しながら華は震える拳を膝の上で握った。まるで泣け、と言わんばかりに脳裏に過去の様々な出来事が走馬灯のように流れていく。
こんな事ではダメだ。美朱を守りたいのに。しかし意思とは反して、視界は徐々にぼやけていく。等々、ぽろりと一筋の涙が目からこぼれ、華は一人座り込んだまま泣き始めた。
「……気配が遠のいたと思ったら、こんなところにいたのだ?」
泣き始めていくらか経った後。急にかけられた声に、華は飛び上がる。急いで目をこすっていると、その腕を掴まれた。
「そんなにこすったら傷になるのだ」
顔をあげ泣きすぎて真っ赤に腫れ上がった目で井宿を見る。その姿は星宿ではなく、井宿そのままの姿だった。
「どうしたのだ? なにやら酷く気が乱れているようなのだ……」
(……私、本当に四神の巫女? 力使えない……皆守れない……守るどころか、倒れて迷惑かけて……挙げ句の果てに喋れないし……っ)
「誰もそんな事、気にしてないのだ。それに華は正真正銘、四神の巫女なのだ」
(……巫女って乙女がなるもんじゃないの……)
「そうなのだが?」
井宿が不思議そうな顔をする。それだけでわかってよ、と華は思ったが、自分の過去を中途半端にしか話していない以上、それは難しいか、と考えて直すとため息をついた。
(たぶん、私違う。巫女じゃない)
「だ?」
(だって、違うもの。みんな勘違いしてるの)
「倶東国で、あんな事をやってのけたのにだ?」
(あれは……っ)
『どんな事があったにせよ、そなたは我の巫女だ』
ふいに静まっていた声が響いて、華は困惑した顔を浮かべた。
(……知ってるの……?)
『そなたは我の巫女。知らぬはずがない』
(では……なぜ、私なの?)
井宿は、一人で呟いている華の事を黙って見守った。井宿には誰と華が話をしているのか検討が付いているからだ。
『それだけ沢山の苦痛を知っているからだ』
(……そう)
美朱の朱雀の巫女としての使命は、朱雀を召喚し紅南国の平和を願う事。では、華の使命は一体なんなのだろうか。最初に言われたのは、朱雀を守れという言葉だった。守るついでに死ねるならそれでもいいか、と深く考えずにいた。今でもその意思は変わらないが、誰かを守って死んだとしたら、その守った人間が傷ついてしまう可能性に心の何処かで気づき始めた今。その願いは純粋に、守りたい。ただその一点へと絞られていった。
ただし、華はまだ、その事に気付いてはいない。井宿は、ぼんやりと華の姿を眺め、そして隣に座り込むと、とんとんっと軽くその肩を叩いた。
「話は終わったのだ?」
(え……あ……まぁ……)
歯切れの悪い答えに井宿は苦笑する。かつて、井宿が七星士の力に目覚めた時も華のように荒れていた。ただ、井宿の場合はその疑問に答えてくれる者がおらず、何度も過ちを犯してしまい、かなり遠回りをしてしまったが。しかし、きちんとここまで辿り着けた。きっと華もたどり着けると信じて、井宿は静かにつぶやく。
「オイラの素顔の事、覚えてるのだ?」
(……うん。左目に大きな傷。痛そう)
「今はもう、痛くないのだ」
(私にもね、腕以外にも傷あるんだよ。もう痛くないけど。井宿の方が酷いけど、お揃いみたいだよね)
ズボンの裾を捲り上げた。太もものあたりに小さいが確かに傷がある。
「女の子なのに、酷いのだ」
(あの頃の私、父親にいるのがばれないようにするのに凄く必死だったの。どんなに暗くてもいるのがわからないように、電気消して、クローゼット……こっちでいう箪笥の大きい物、かな? それに隠れてた)
以前にも井宿にした過去の話をポツリポツリと心の中で喋る。しかし井宿は黙って聞いてくれた。
(当時ね、付き合ってた彼氏いたの。ちょうど高校3年生になった時にできた彼氏。その頃はまだ私も喋れてたしね)
「じゃあ、喋れなくなったのは最近なのだ?」
(……父親に、暴力振るわれて、母が死んでから)
過去を話す時は、意識がふわふわしているみたいにはっきりとしない事が多い。今回もそうで、まるで熱に浮かされているかの様に以前にも井宿に話たかもしれない内容を交えて話した。
(なんだか、今日は喋りたい気分。井宿、聞いてくれる? あ、聞きたくなかったら耳塞いでてもいいや)
「ちゃんと聞くのだ」
(ある日、家に帰った時に父に頭を殴られて倒れたの。私が巫女じゃないって何度もいうのは、これが原因。それでね、それが原因で母が死んだ後、助けを求める様に気付いたら、付き合ってた彼氏のところに来てたの。でも、ボロボロの私を見て、彼氏は私を捨てた。彼が言うには、私は何でも言うことを聞いてくれる上辺だけの彼女だったんだって。好きでもなんでもなかったみたい。私、その頃はね、優しくしてくれる事が凄く嬉しくてたまらなかったから、彼氏の言う事なんでも聞いてたの。今思えば馬鹿だなぁって思うけど。しゃべれなくなったから、意思疎通も簡単に出来なくなって、ぽい。さようなら。白状でしょ?)
「そんなの、男の風上にも置けないのだ」
井宿が怒ったようにつぶやいた。
「遊びで相手にするなんて、やっちゃダメなのだ」
(……そうだね)
華は小さく笑った。この世界にきてから心なしか笑う回数が増えていっている気がする。ちょっと走ったら上がっていた息も体力がついたのか、治まりつつあった。いつか喋れるようになりたいと思うが、そんな日は来るのだろうか、とぼんやりと空を仰ぎ見る。
空はどこまでも青く。華のいる世界と何一つ変わらなかった。
(ねぇ、そういえば)
「だ?」
(私の事、呼び捨てだよね、最近)
「……む、無意識だったのだ」
(そっか)
慌てたように取り繕う彼がおかしくて、華はしかし、それもいいかと納得すると、ポケットから携帯を取り出した。
「それは?」
(携帯っていうの。時間とかわかるし、ライト代わりにもなるからなんとなく持ってた)
「華の世界には便利な者がいっぱいあるのだ」
(うん)
さて、と井宿は話を切り上げて立ち上がると、華へと手を差し伸べた。
「帰るのだ。そろそろ日が暮れる」
(……うん)
その手を素直に掴んで。華は井宿の手を借りて立ち上がった。根本的な問題の解決には至らなかったが、どこかしら気分はすっきりとしている。
また、考えればいいと一人納得するように頷くと、井宿と華はその場から宮殿へと帰っていった。



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