▼23
村へと戻り、少華の待つ家に一旦戻ると荷物を置き、身軽な格好へと変え、医者を探す事にした。美朱はまだ軽い症状なのか、気丈にも自力で立ち、歩いている。
「おい、無理せん方がええんとちゃうか?」
「大丈夫だもん」
翼宿の言葉にぷいっと顔を背ける美朱。華は見つかっても医者に追い返されるという現状にそろそろ飽き飽きしてきていた。
「あ!」
アドレナリンの放出が止まってしまったのか、再び痛みを訴えだした身体に軽く舌打ちをこぼしていると、突然発せられた美朱の声。つられて顔をあげれば魚売りが落としていった魚が、そこに横たわっている。
「いただき!」
これ幸いと飛びつく美朱。
(……本当……毎度のことながら、凄い食欲……)
「だ……」
呆れたようにつぶやき美朱が魚を取り上げた。しかし、手が滑ったのか、ぽとりと魚が落ちる。目ざとくそれを拾いあげたのはどこからともなく現れた大柄の男だった。顔が判別できないほどに、髪の毛や髭で覆われている。
井宿や柳宿を一瞬見て、もう一度大柄の男を華はみる。その無精髭や伸ばしっぱなしの髪に同じ男とは思えなかった。
(ねぇ、三人とも)
「だ?」
「なぁに?」
「なんや?」
(髭って伸びると、ああなるわけ?)
女故に髭はあまり生えないし、生えたとしても剃って綺麗にするのが常識だ。興味を引かれ、華は男である柳宿と翼宿と井宿へと尋ねる。井宿と翼宿は何が恥ずかしいのか真っ赤な顔をすると、うつむいてしまった。
「しっつれいね! まぁ、でもほっといたら……」
「多分、ああなるのだ……」
「……やろな」
(あ、そうなんだ……凄)
髭のあとさえない、井宿と翼宿、そして柳宿の顔をまじまじと見る。
(この人達……髭生えるのかしら……)
「華、聞こえてるわよ?」
(あははー……)
じとっとした目で柳宿に睨まれる。まずいと、から笑をこぼして、視線をそらすと、いつの間にか美朱と大柄の男が魚の取り合いを始めていた。
(え!? ちょ、何やってるの!?)
「魚取り合ってるのだ……」
「あいつ、ほんまに病人か?」
近所迷惑と思えるほどギャーギャーとわめく美朱。しかし、勝敗はあっけないほど早くついてしまった。美朱が珍しく負けたのである。
「あ! 待てー! あたしの魚泥棒!!」
走り出した美朱を、慌てて華たちが追う。山を駆け上り、鬱蒼と茂った林の開けた場所に、なにやら小さな小屋が建っていた。
美朱がどこから取り出したのかメガホンを構えて、大声を出す。
「そこの魚泥棒! 周りは完全に包囲した! おとなしくあたしの魚を持って出て来なさい!!」
(み、美朱……包囲なんてしてないでしょ……)
「いいの! こういうのは雰囲気が大事よ!」
再び美朱はメガホン片手に叫ぶ。しかし、この小屋に入ったはずの男は、一向に出てこようとしなかった。
「ほんまにあのおっさん……ここに逃げ込んだんか?」
しんっと静まりかえる小屋。翼宿の声に、華は小屋へと近寄ると、そっと窓の隙間から中を覗き込んだ。
先ほどの男はやはりそこにいた。周りは、薬のようなものが置かれている。調合用か、すり鉢も置かれていた。美朱から奪った(?)魚を、猫にあげている。華は窓から顔を離すと首を横に振った。
(美朱の魚?……は、猫ちゃんにあげてるみたい。それよりも……この人、お医者様じゃないかなぁ……)
「本当!?」
(うん、周りに美味しくなさそうな、いかにも薬草って感じの草が入った小皿が並んでたし……)
「だ! なら、頼んでみるのだ!」
井宿がドアをトントンっと三回ノックした。ぬっとドアが開いて、あの大柄の男が姿をあらわす。
「なんだ」
低い腰にくるような低音。しかし華は、その男の姿を近くで見つめ、そして固まることしかできなかった。
(この気配……!)
「いきなりすみませんなのだ」
「あの……流行り病にかかっちゃってお医者様さがしてたんです。診てもらえませんか?」
美朱がおずおずと尋ねる。さっきまでの威勢は何処へやら。しかし、
「帰れ! 俺は医者はやめた!」
男は突然激昂したように声を張り上げると、ドアを閉めてしまった。
「なんや! 動物は見とるやないか!」
「人間は診ん!」
翼宿の抗議にも律儀に叫び返され、華は肩を落とす。どうやらこの男も何やら訳ありのようだ。
(何か……あったのかな……こんなになるまで……)
「一旦、戻りましょ」
「そうなのだ……」
「ま、ここで、こーしててもしゃーないしな」
落胆し肩を落とした美朱を連れて、井宿達が来た道を戻っていく。しかし、華だけは、それを呆然と眺めていた。
ぐにゃぐにゃと視界が揺れていた。歩きたいのに足が動かない。なぜだか頭もガンガンと痛んだ。走ってないし、無茶もしていない。なのになぜ……?
そう考えているうちに、視界いっぱいに地面が広がり、華はそのまま意識を手放した。




ふわふわと身体が揺れていた。こんなに穏やかで気持ちがいいのは、初めてだった。いつも痛みと隣り合わせて、逆にその痛みが華に生を匂わせていた。痛みを感じるうちは、生きていると思えていた。しかし、あの事件の後。全てを失ってしまった。華は痛みを感じる事が出来なくなり、いつしか自分が生きているのか死んでいるのかさえ、分からなくなっていった。
そんな時、あの本に吸い込まれ、現状は変わった。痛みを得る機会を得たのだ。そして、守る対象もできた。
しかし自分が四神の神の巫女だと言われてもピンっと来なかったし、なんだかどこにも属さないその立ち位置が、逆に皆に迷惑をかけているのではないか、といつも気が気ではない。今だって、何か迷惑をかけていたらどうしようと少し怖くなった。けれど、あたりは何も見えない。真っ暗。今、自分は何をしているのだろう。そう思った瞬間。
ぼんやりと向こうの方が光りだし、映像が流れ始めた。苦しむ美朱。少華がいきなり化け物へと変貌した。無数の触手に捕らえられた美朱を助けたくて手を出すが、届かない。そのうちに、ドアが開き、見知った顔が数人乗り込んできた。大柄の男を連れて。
そして、そして。





「……目が覚めたのだ?」
ぱちっと目を開けたそこは、見知った宮殿の自分の部屋だった。どうやってここまで帰ってきたのか、と考えて青くなる。
(も、もしかして迷惑を……!)
「まったく、心配したのだ!」
しかし、返ってきた言葉は、嫌悪の言葉でなく、ここ数年美朱達以外からは言われていなかった言葉。華は首をかしげると、身体を起こした。
(心配……?)
「無茶はダメだといったのだ! 幸い、あの村で起こっていた病は病魔の仕業とわかって何とか、カタがついたのだ。美朱ちゃんも治せたし、七星士を見つける事ができたのだ。それよりも華が倒れてるのを見た時は心臓が止まるかと思ったのだ!」
(……え、あ……私……倒れて……?)
「まったく……」
今日の井宿は珍しく怒っているようだ。そういえば、七星士探しはどうなったのだろうか、と井宿を見れば伝わったのか、ため息をつく。
「倒れて意識のない華を連れ回す事は出来なかったのだ。だから、オイラ達だけ先に宮殿に戻ってきたのだ。他の皆はそのまま旅を続けてるのだ。星宿様の事も少し気になっていたし……」
(そう……迷惑かけてごめんなさい……)
「……守りたい気持ちは痛いほどわかるし、華の願望も知っている。けれど、こんな無茶はあまりしないでほしいのだ」
(……気をつける)
「星宿様が美朱ちゃんの事を頻りに心配していので、今はオイラが星宿様の代わりをしているのだ。だから、華も気にせずやなゆっくり休むのだ」
(でも……)
「ダメなのだ」
有無を言わせない顔で凄まれ、華は仕方なく首を縦に振る。それに満足したのか井宿は、その場でどろんっと星宿へと変身すると
「またくるのだー」
星宿の声でそう言って、出て行った。



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