▼22
食事と称した宴会は続き、やがて夜が更け、そして朝が来た。華は、昨日噛んだ指を見る。そこは皮が裂けて、少しばかりじくじくと痛んだ。返してもらった荷物を漁って、中から常に持ち歩いているポーチを取り出すと、絆創膏を手に取った。くるりと傷を覆うように絆創膏をつける。見た目だけは一丁前に痛そうなそれが見えなくなったところで、華は立ち上がると、食堂へと向かった。
そして、朝ごはんも頂き、旅支度をする。
相変わらず嘘を突き通す幻狼を睨みながら、お世話になった山賊へとお礼をすると、柳宿を先頭に、張宏へと馬を動かした。
道なりはいたって普通だった。馬はゆっくりと進み、乗馬経験のない華や美朱もそこまで辛くはない。なぜか、井宿とともに乗ることになってしまった華は、こっそりとため息をつくと、乗馬経験をつけることを心に決意した。
「……いつの間に上達したのだ?」
(へ?)
突然降ってきた井宿の声。華は顔を上げた。
(上達……とは……?)
「声、内と外と使い分けれるようになってるのだ」
(あ……そういえば……)
昨日の出来事を思い出し、ぽんっと手を叩く。知らぬ内に使いこなせるようになってきているらしい。
「それと、もう一つ聞きたいのだが……」
華はびくりと身体を震わせた。
「なぜ、オイラにだけ敬語なのだ?」
(へ……?)
あまりにも予想を大きく外れた問いかけに、華は小さく吹き出した。
「わ、笑い事じゃないのだ!」
(だ、だって……っ、そんなこと気にしてたなんて……)
「オイラにだけ、敬語使われると居心地悪いのだー……」
困ったように眉を寄せる井宿。
(だって、年上には敬意を払わないといけないでしょう?)
「だ?」
(いくら美朱達よりは年上でも、井宿さんはそれよりも上だし……)
「何気にちょっと傷つくのだ……」
(あ、ごめんなさい……)
「ちょっとちょっとー、二人してなぁに喋ってんのぉ?」
がっくりと肩を落としてしまった井宿に、柳宿が声をかける。華は小さく笑うと、柳宿に軽く手を振り、
(じゃあ、敬語やめる)
そう言って、前に乗る井宿の肩を元気つけるよう叩いた。
「ね、ねぇ! あの村じゃないの?」
他愛のない話をしていたところへ、美朱の声がかかる。華達は顔を上げると、その先に見える村を発見し、眉を寄せた。
「なんか……嫌な空気ね……」
「少し様子が変なのだ」
淀んだ空気。村人らしきものは誰一人見えず、井宿と柳宿は少し馬のスピードを落とした。
(見てこようか)
そんな彼らを助けたくて、華は井宿の返事も聞かずに、馬から飛び降りた。とんっと軽く着地して、歩き出す。しかし。
「だめなのだ」
井宿に止められ、その先へは行くことは叶わなかった。
(どうして?)
「敵がいるかもなのだ」
少し見てくるだけなのに。と華はため息をつく。しかし、井宿はそれを許さず、一向は村の数十歩手前で止まったまま立ち往生する羽目になった。
「なんか……頭だるぅー……」
小さく呟いた美朱。
(美朱? どうしたの?)
その彼女の元に駆け寄った瞬間。美朱がその場に倒れ、慌てて側へと駆け寄った。
(美朱!?)
美朱の身体を抱き起こす。ひどく暑いその身体に触れて、熱があることに気づくと、?閣山の方へと視線を移した。
(いまから戻るのは……遠すぎる)
「……しょうがないのだ、一度あの村によるのだ」
華と同様に、帰る方角を見つめていた井宿が呟いた。目の前には、あの村がある。ぐったりとした美朱を柳宿が抱え上げ、井宿と華が馬を誘導していく形で村へと入る。その中は、想像をはるかに超えた、匂いが立ち込めていた。
「なんなの、この村……」
これだけの悪臭が漂っているにも関わらず、村人の死体は一体も見つからない。皆、生きているのか、家に引っ込んでいるのか、匂いだけがそこにあった。
たまらずに口元を覆った華。
「どうしたのだ?」
そんな華の行動に井宿が首をかしげる。華は目線だけを井宿向けると、首を横に振った。
(大丈夫)
「ならいいのだが……」
(井宿達にはこの匂い……届いてないのね……)
これはまたどのような予兆か、と華は悩む。ぐったりとした美朱を抱えたまま、空き家らしきとこに到着すると、ドアを叩いた。
「どなたかいらっしゃいますー?」
柳宿が声をかける。すると、中から綺麗な女性が出てきた。
「あ、あの……どうなされました……?」
美朱に負けず劣らず顔色の悪いその女性は、柳宿に背負われた美朱を見て、ハッとしたような顔をして息を飲んだ。
「もしかして……いえ、どうぞ中にお入りください。あちらにベッドがありますので……」
「すみませんなのだ」
お言葉に甘えて、中へと入る。簡素な部屋に置かれたベッドに美朱を横たえると、女性は、美朱の額に触れて、息を吐いた。
「この方は……流行病にかかってしまったようですね……」
「その、流行病とは……?」
「非常に怖い病です……身体の一部が麻痺を起こし、そして想像を絶する苦痛が襲う……死に至るまでそれは続くのです」
「治す方法はないのですか?」
苦しげな表情で語る女性に、柳宿が尋ねる。しかし、女性は首を横にふると、まるで身内がかかってしまったかのような辛い表情を浮かべて、言葉を漏らした。
「残念ながら……治療法がないのです……もうすでに、何人もの村人がかかり……その命を落としています」
「少華さん!」
いきなりドアが開いた。弾かれるように女性が顔を上げる。息も絶え絶えに走ってきたらしい男は少華の姿を捉えると、その手を握りしめた。
「た、たのむ……倅が今……!」
「! すみません、皆さん。少し失礼します」
そう言うと慌ただしく二人は出て行った。
数分後、戻ってきた少華はふらふらだった。慌てて、華が少華の身体を支える。その瞬間。少華は華の顔を見て、ほんの一瞬、顔を歪めた。
「……すみません、ありがとうございます……力を使うと疲れてしまって……」
(力……?)
「あら……あなた……」
思わず呟いた言葉が少華に届いたらしい。口を動かさない華から声が聞こえたことに驚いて、少華はその顔をまじまじと見た。
「そう……いえ、いいんです。ごめんなさい」
(慣れてるので)
にこっと笑ってみせる。少華を椅子に座らせて、柳宿が水を渡す。少華はそれを口に含むと、ふうっと一息ついた。
「先ほどの人はどうしたのですだ?」
井宿が頃合いを見計らって声をかける。少華は、水の入った器をテーブルへと置くと、ぽつりぽつりと小さな声でしゃべりだした。
「先ほどの方は、了司氾と言います。一週間前に息子さんが流行病に倒れたのです……。私には、病を治す力はありませんが、死者を健康な状態で蘇らせる事が出来ます。なので、了さんの息子さんが先ほど亡くなったときいて……」
「死者を……っ?」
話の途中で美朱が声を上げた。起きるのも辛いのか、息を荒げながら、こちらに顔だけを向けている。柳宿と井宿、そして華は美朱の方へ駆け寄ると、その額に触れた。
「まだ熱いわね……」
「柳宿……この人があの聞いた人なら……翼宿を……っ」
しかし少華は首を振った。
「残念ながら……私はこの村から出て行く事はできません……なぜかここでしかこの力は使えないのです……」
「なら……翼宿を……つれて、くる!」
美朱はなおも食い下がった。しかし、それを井宿が止める。
「この状態の美朱ちゃんを動かすのは危険なのだっ」
(なら……いい考えが)
「だ?」
「なに、華?」
翼宿は生きている。どのみち美朱自身が見つけ、説得しないと意味がないのだろう。ならば、華ができる事は、それをできる状態まで、美朱をサポートし、美朱を守る七星士を守る事だ。
(私が、美朱を治す)
「へ?」
ぽかーんと、美朱を含む三人が口を開けた。伝える時間がなく、言い忘れていた事をそこで漸く思い出した華は、苦笑いを浮かべると、美朱の手を握る。
(見てて?)
未だに固まったままの二人に視線をなげて、美朱の方を向くと目を閉じる。そして、小さく願った。
(治って……お願い……)
『巫女よ……』
突然、声が脳裏に響き、その瞬間びくりと身体がこわばった。
『巫女よ……我が巫女……我は少し眠る……その力は元々、そなたの中に眠っていた……もの。使いこなせ……そして、朱雀を……』
ぷつりと声が途絶えた後、光っていた手からは、光が消え失せていき、その瞬間、華はベッドに手をついた。
「あ……治った!」
むくりと美朱が身体を起こす。
「ほ、本当に治せるの!?」
「だ!?」
井宿と柳宿は驚いて、美朱の額に手を当てた。
「熱が下がってるのだ……」
しかし、治った美朱とは、対象に華はベッドについた手を引っ込められないでいた。
「華ちゃん?」
井宿の声にハッとして、慌てて腕を引っ込める。しかし、身体中に流れる血管が脈打ち、その場に倒れこみそうな程身体中が痛かった。それでも、なんとか身体を奮い起こし、井宿の方を向くと、得意げに笑ってみせる。
(どう?)
「一体いつから出来るようになったのだ?」
(山賊に捕まった時かなぁ……)
「だ!? もっと早く言うのだー……」
(忘れてて)
ぽりぽりと?をかく。井宿は、呆れたような顔をしてため息をつくと、元気になってはしゃぐ美朱の方へと顔を向けた。それに気づいた美朱が、はしゃぐのをやめて、表情を引き締める。
「翼宿を、ここに連れてくる!」
「だ!?」
「わかってんの!? 翼宿が死んだのは、二週間以上前よ!? あの中に入ってるのは……っ」
その先を言いそうになった柳宿は、その中身を想像してしまったのか、口に手を当てた。非常に顔色が悪い。
「中身だけ持ってくるなんて、いってないもん!」
美朱が抗議の声を上げる。しかし。
(これ以上、いい案ないなら、美朱の案採用するしかないけど……?)
他人ごとのように華が呟いたその言葉で、柳宿はため息をつくと外に出た。妙案は無かったようだ。
(少華さん、そういう事なので少し待っていただいても、いいですか?)
「……ええ、大丈夫ですよ」
少華は、人の良い笑みを浮かべる。本当はこんな人の力なんて必要ないのをわかっている華は、それでも、これが何か翼宿の為になるならば、と先に外に出て行ったメンバーを追いかけて、くるりと踵を返すと、外に出て行った。
その背中を、少華が鋭い目で睨んでいるのにも気付かずに。




村の外に向かって馬を走らせていた。もちろん、来た時と同様に、柳宿の後ろに美朱。そして、井宿の後ろに華だ。すでに村から出てもおかしくない距離を走った所で井宿が馬を止める。
「おかしいのだ……」
「そうね……」
キョロキョロと、柳宿が辺りを見渡す。
「道は一本だったし、間違えるはずがないわ……」
柳宿が馬を降りて、辺りを散策し始めた。来た時とは違い、辺りは墓だらけ。どこで道を間違えたのか、しかし、思い返せば間違える道さえ無かったように思うのは気のせいだろうか、と柳宿はその墓石を調べていく。
「やっぱり方向を間違えたかしら……」
どんどんと辺りは日が落ちて暗くなっていく。鬱蒼と覆い茂った林の中を移動する美朱達は、一旦引き返すべきだ、と判断を下すと再び馬へと跨った。瞬間。
「きゃあ!!」
美朱の悲鳴が響き、墓だらけの地面から、手が無数に飛び出してきた。その手に馬が足を掴まれている。
「馬から降りるのだ!」
井宿が叫ぶと同時に華を抱えて、馬から飛び降りた。柳宿たちも同様に馬から降りる。ぐるりと辺りを手に囲まれ、井宿と柳宿は背中合わせになって、隙を殺した。
美朱を背に隠すようにして、柳宿と井宿の背後に置いて、華がその隙間を塞ぐように立つ。アドレナリンが吹き出しているのか、痛みはもう感じてはいなかった。
順番に襲いかかってくる手。手。必死に柳宿と井宿が応戦するが、数は減ることを知らない。どうしたものか、と思考を巡らせた。その時。
「烈火、神炎!」
大きな声と共に、手が火の海に包まれた。上から飛び降りてきた人物が、フッと笑みを浮かべる。その口元には見覚えのある八重歯が光っていた。
「幻狼!」
「……心配してきてみたらこのザマか。ほんま、七星士なんてゆーて呆れるわ」
「あんた、何しに来たのよ」
助かったとはいえ、憎まれ口を叩かれ、柳宿がギロリと睨む。しかし幻狼は怯むことなく、袖を捲り上げると、その証を見せた。
「すまんかったな、嘘ついて。本物の翼宿は俺や」
「はぁぁぁぁ!!!??? ふざけんじゃないわよ!! もっと早く言いなさいよ!!」
「じゃかあしい! 謝っとるやないか!」
「謝って済む問題かしら!!!」
腕に光る、翼の字。美朱はそれを見ると
「やった!5人目だ!!」
そう喜びの声を上げた。しかし、ぐらりと身体が傾き、美朱は再び地面に手をつく。
(美朱!!??)
先ほど確かに治癒したはずなのに。そう戸惑いながらも美朱の側に行くと、先ほどと同じく苦しみの表情を浮かべ、荒く息を吐いていた。
「ちょっと……効いてないじゃない……」
(う……)
痛い。柳宿の言葉が突き刺さる。
「違うの……さっきまでは治ってたの……本当……」
しかし、美朱が声をあげ、それをかき消した。
「また、苦しくなってきて……なんでだろ……」
(待ってて、今また治してあげ……)
「やめるのだ」
言うと同時に美朱の手を握ったその手を、井宿に掴まれて、華は顔を上げた。
「その力。どうにも心配なのだ」
(なにが?)
止められた事への怒りを井宿へと言葉に乗せてぶつける。しかし井宿は臆する事も、それをたしなめる事もなく、それを受け止めると、静かにこぼした。
「普通……一度かかった病に、すぐかかる事はないのだ」
(そんなの、わかってる。身体が勝手にその病気の抗体を作り出すんでしょ? なら、なおさら治さなくちゃ)
「普通の病ではないのだ」
(でも!)
「しかもその力は先ほど目覚めたばかりなのだろう? ならば、身体への負担は大きいはずなのだ。少なからず、治癒やオイラの使う術は、自らの気を使用するものなのだ。下手に多様すると、大変な事になるのだ」
華はそれ以上言い返す言葉が見つからず、黙り込んでしまう。井宿には打ち明けた、自分の中の闇の部分。しかし、ここでそれを実行する事は許されないのだろう。なにせ、彼は華を守ると、支えると言ったのだ。華は仕方なく、渋々手を離すと
(……わかったわ……やめる)
そう言って、立ち上がった。





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