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「話は大体わかったのだ。でも、敵の数が多すぎるのだ」
「それなら心配ないで! このお札があるさかい」
「それ、なあに?」
井宿の言葉に幻狼が出したのは、例のお札。美朱はそれを興味津々に見つめている。
「お札に書いたものが出でくる優れものや!」
「ちょ、ちょっと貸して!」
あぁ、嫌な予感。華はぼーっとそのやりとりを見ながら、嫌々ながらお札を渡す幻狼から奪い取るようにして受け取った美朱が何か書くのを見つめ笑う。敵目の前にして何をしているのだか。手に握ったあの銃は、まるで存在感がないように馴染んでいる。握っているのかも怪しい。
美朱が悪戯をしたと思われるお札を幻狼が奪い取り、ようやく華達は山賊のアジトへと乗り込む事となった。
「あれ、華ちゃん……それ、銃じゃ……」
「じゅう?」
「じゅうとは、何なのだ?」
美朱が華の手に握られた銃を見つけ声をあげた。それにつられて、他の面々も初めて見るそれに、首をかしげる。さて、どう説明したものか、と頬をかいたその時。
「見つけたで!!」
「しまったのだ!」
山賊の一味に見つかってしまった。一人が奥へと走っていく。そして、その走っていた山賊から知らせを受けたらしい、あの頭が出できた。手に、あのハリセンを持ったまま。勢いづいた山賊が、続々とアジトから出てきた。次々と襲いかかってくる山賊を、井宿と柳宿が防ぐ。らちがあかない、そう判断した幻狼は切り札に、とあのお札を敵に向かって投げつけた。
瞬間。
「な、なんやこれ……」
投げた札は全てケーキや、プリン。その他甘いものへと変化してしまった。
「みーあーかー?」
柳宿の声に、びくりと肩を震わせる美朱。なるほど、お札にはこれを書いていたのか。そう一人納得すると、華は実に美朱らしいと敵に囲まれている中で、くつりと笑いをこぼした。
「お前、なに笑ってんのや……」
(内緒)
呆れた幻狼の声に、表情を引き締める。そろそろ、これを打つ頃合いだろうか。そう思い、銃を持ち上げ、ハリセンをもつ気持ちの悪いお頭へと向けた。
(さっきの借りも返さないと、ね?)
「そんなもんで、なにするつもりや」
銃を知らないお頭は、その玩具のような武器を見て、大口を開けて馬鹿にしたように笑う。華は、銃の安全装置を親指で外すと、驚かせる名目で、少し狙いを外してうとうとした。
「そのハリセン、かえせ!」
しかし、元気の良い声に引き金を引きかけた人差し指がぴくりと引きつった。内臓された弾は、発射されることなく、未だ銃の中に居座っている。声を上げながらお頭へと掴みかかった美朱は、その抵抗も虚しく、逆に捕らえられ、首を絞められていた。
「ええんか? この小娘が怪我するで?」
「その子を離すのだ!」
「美朱を離しなさい!」
「卑怯なやっちゃ!」
それぞれが叫ぶ中。華は一人、銃口を相手に向けたまま静かに見つめていた。美朱は息が詰まるのか、苦しげな表情をしている。隙を、隙を。と待ってみる。
頭がハリセンを振り上げた。その瞬間。
「はっ!」
ここにいるはずのない、その人間が現れて、皆が目を見開いた。当然、華もだ。
「た、まほめ……」
首を絞められたまま、その人物の名前を呼ぶ。美朱が愛おしくて、会いたくてたまらない人間。鬼宿。倶東国にいるはずの鬼宿がそこに今、頭を睨みつけるようにして立っていた。
(……お札……)
華の脳裏に、いたずら書きをする美朱の姿が蘇る。あの時に、書いたのか。そういえば、お札の数と出てきた食べ物の数があっていなかったような気がする。と今更ながらに思い、華は銃を下ろした。
(これ、必要ないね。美朱を治してあげなくちゃ)
鬼宿の一撃をくらい、吹っ飛んだ頭。その男の手から飛んだハリセンを巧妙に幻狼がキャッチして、この事件は早々にカタがついてしまった。
(美朱、大丈夫?)
すぐさま、美朱の元へと駆け寄った。彼女は、お札の効果が切れ、目の前で消えてしまった鬼宿を想い、涙を流している。ひどく痛々しいその姿に、華は美朱の手を握った。
(治って……)
静かに願う。しかし、美朱の涙は止まらなかった。
(……治って。いいえ、美朱の苦痛を私に。それぐらいさせて。できるでしょう? 私にはもうこれしかないの……聞こえないの! ねぇ!)
この胸のうちの言葉は、外へと放たれていなかったようだった。美朱も幻狼も柳宿も、井宿でさえ、こちらを見ようとはしない。
(足手まといになりたくないの!!!)
そう叫んだ。瞬間。
『ならば……我が力の宿りし……液体、を流せ……力は、己の……中に流れて、いる』
脳裏に言葉が浮かんできた。
(力の宿った……液体? 私の中に流れている……もの……は)
どくりと。血管に自然と目が吸い寄せられた。この中に流れるのは、血。自分の中に流れている。ならば。
(美朱、どこが痛いの?)
優しく訪ねた。美朱は、その言葉に反応して、顔を上げると、胸に手を当てる。
(胸……心?)
「うん……」
美朱は再び涙を流した。
「鬼宿の事……納得なんて出来ない……だって私に、行かないって約束したのに……勝手に行っちゃって……せっかく、せっかく……っ」
(大丈夫。癒してあげるから)
ちらりと、男三人を盗み見た。彼らはお頭へと意識を持って行っている為にこちらには見向きもしない。今がチャンスだ。
そう思った華はぱくりと自分の指を口に含むと、思いっきり歯を立てた。
ぽたぽた。と少量の血が床に落ちる。瞬間。血が落ちた場所が光り、そしてその光は美朱の胸へと吸い込まれて行った。
「あ、あれ……?」
止まった涙。美朱は、不思議そうに首を傾げている。
「なんだか……悲しいのどっか行っちゃった……。今ならなんでもできそう!」
(よかった)
ぺろりと自分の指をなめて、口から離すとハンカチでそこを拭った。次からはきちんと刃物を持った方が良さそうだ、と他人事のように思いながら、目立つほど血の出なくなった指を下ろして、井宿たちのところへと近寄る。美朱のお腹が盛大に鳴るのと同時に、新しく頭となった幻狼が声をあげ、華達は、食事をいただく事となった。


「せやから、何回も言わせんなや。翼宿は死んだんや。先代の頭が翼宿やったんや」
「うそでしょ……」
(本当、うそでしょ)
ギロリと嘘をつく、幻狼を睨みつける。しかし、幻狼は視線をそらすと、酒を煽り飲むとため息をついた。
「あ、あのー……お頭。俺ちっと小耳に挟んだんですけど、この先の張宏で死人を生き返らせる事のできる人がおるとかおらんとか……」
「そ、それ、まじ!?」
美朱の声に、山賊の男はびくりと肩を震わせた。近寄る美朱に、こくこくと頷いてみせる。
「う、噂やけど……」
「噂でも、希望がみえてきたわっ、行く価値はあると思うの。ほら、この間太一君からもらったこれに、癒って出てたし。もしかしたらその人七星士かもしれないしね!」
懐から、取り出した太一君から天地書代わりとして持たされたそれを見せて、美朱が嬉しそうに言う。
柳宿も井宿も、少しばかり気が軽くなったようだ。先ほどとは打って変わって少しは明るい顔をしている。華は、ちらりと幻狼を見やると、ため息をついて、席を立った。






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