▼20
幻狼に連れてこられた先は、古い小さな小屋。そこの床にどさりと荷物のように降ろされ、華は顔をしかめた。
「なんや、その顔は」
とたん、その表情を幻狼にたしなめられるが、彼からはあのお頭のように気持ちの悪い事をする気は一切、伝わって来ず華は小さく鼻で笑うときりっと眉を吊り上げた。
(私、他人の心を読むのに長けてるんだよね)
女とはどうやら気づいていないらしい幻狼へと、強気で言葉を選んで話しかけてゆく。女とばれぬよう気を使う為、華はうっすらと服の下に汗をかいていた。
「どういうこっちゃ?」
(あんたは、私をどうにかしようなんて思っちゃいない。それどころか……)
「幻狼は、こういう事するのは好きやないんや」
最後の言葉を取られ、声のした方へと顔を向ける。そこには華を頭の元へと連れて行った張本人、攻児が立っていた。
「攻児ー! ひっさしぶりやな!」
「お前が全然帰ってこんからやろ!?」
久しぶりの再会に二人は踊り出す。先ほどとは違い穏やかになった空気に、華はがくんっと肩を落とした。


「はぁ!? こいつ女やったんか!?」
「なんや、気づいてなかったんか?」
うんうん、と幻狼は首を振った。まぁ、きづかなさそうだよね、と華はおもいつつ、ふと浮かんだ疑問に首をかしげる。
(ねぇ)
「なんや」
(私を男だと思ってたのに、しようとしたわけ?)
「あ、あほか!! そないな事するわけないやろ!?」
(じゃあ、どうする気だったの?)
「そ、それはその……」
不自然に視線を背ける。華はそれ以上問いただす事はせずに、先程から気になっていた気配に吊られて、幻狼の服をまくりあげた。
「!?」
(あれ?)
しかしそこにはなにもない。いや、ない事もないけど、目的のものはなかった。
「おどれなにさらしとんじゃ!」
(あ、いや……字ないかなぁって……)
えへへ、と笑ってみせる。幻狼と攻児はお互いに顔を見合わせると何やら厳しい顔でにらめっこを始めた。そんな彼らには目もくれず、さて、どうやって三人に合流するかと華は考えを巡らせる。とりあえず、外に出ようと扉に手をかけた瞬間。
「どこいくねん」
幻狼に首根っこをつかまれた。
「お前は人質やぞ!?」
(あ……そか)
「はぁ……」
幻狼がため息をつく。華は手にしかけたドアノブを離すと、くるりと身体の向きを変え、幻狼に顔を合わせた。
(ところで、何やらあの気持ちの悪いお頭さんといがみ合っているみたいだけど……何かあるの?)
「……お前には関係あらへん」
幻狼が腕を組む。瞬間、探していたあの字を見つけ、華は息をついた。やはりこの男は、感じていた気配通り朱雀七星士の翼宿だ。
(じゃあ、言い方を変える。協力させてくれない? あなたやっぱり……朱雀七星士でしょ?)
「し、知るかそないな事!」
(気配でわかるの。嘘ついても無駄だから。だからね、協力させて。その代わりあなたには美朱の力になって欲しいの)
「そんなん俺にはなんの得も……」
(紅南国の未来がかかっていても?)
なんだか、言葉がするすると出て行く。なんだか、自分が自分ではないみたいだ。そう華は思いながらも、幻狼に語りかけていく。しばらく言葉の応酬が続いた。しかし、それでも頑なに頼み続ける華の言葉に等々幻狼が折れた。
「ったく……めんどくさい女や……」
(女なんて思わなくていいの。さぁ、話して?)
そうして華は、幻狼がどうして山を不在にしていたのか、あの頭が持っていたハリセンの秘密を知る事になった。
(そう……そんな事が……)
先代の頭が病に倒れ、幻狼が薬を探している間にあの、気持ちの悪い贅肉だらけの男がハリセンを奪い頭にのし上がったという話を聞いて華は居た堪れない気持ちになった。
(いつの時代も、騙し騙され……そして裏切るの……)
父の姿が蘇る。優しい性格だった父。しかし、華には優しさなんて欠片もくれなかった。本当にあれは父だったのか、と疑う事さえある。なにせ、母に見せてもらったアルバムには、嬉しそうに笑う父と母。そして、幸せそうな顔をして眠る幼い自分が写っておりその姿はまさに、夫婦円満。そう言ってもおかしくない程に幸せそうな写真があったのだ。
(大丈夫。私は裏切らない。私にされた事を他人には絶対しないわ。だから、幻狼。あなたのハリセンも取り返してあげる)
自らに言い聞かすように伝えると、華は立ち上がり、小屋から外へと出た。今度は、幻狼も攻児も止める事はしない。大きく息を吐き、うっすらと明かりの漏れる崖の上を見上げた。
癒しの力の使い方は、ほぼほぼわかった。あと気になるのは、戦闘能力。特化された能力がそれならば、戦闘には向かない体質なのだろう。けれども、守るためにはそれも必要だった。
懐を探ってみる。山賊に捕まった時にもこれは、己から離れないでいてくれたらしい。今まで、感触を確かめるだけで、布に包んだままその中身を見ようともしなかったが、ここに来てそれが無性に必要だと、中身をみたいと思うようになり、華は懐からそれを取り出すと、布をめくった。
「それなんや?」
(……これ……)
なぜ自分がこんなものを持っているのか、自分でもわからなかった。布の中から出てきたのは玩具のように小さな、しかし本物の銃。黒光りするそれは、確かに人を傷つけるものだ。
ためしに、握ってみた。手のひらになじむようにそれは吸い付く。銃や刀などを持つ事が規制されている今の日本で、なぜ自分が扱い方を知っているのかも疑問だが、今はそんな事どうでもよかった。
(これで……守れる)
「そこまでなのだ!」
銃に感動して立ち止まってすぐ。華の後ろを歩いていた幻狼と攻児は茂みから出てきた錫杖と、一本の腕によって動きを止められていた。
「華ちゃん!!!」
胸に飛び込んでくるあったかいもの。華が辺りを見渡すと、どう合流しようかと悩んでいた、井宿と柳宿、そして美朱の姿がそこにあった。
(井宿さん、美朱! 柳宿も!)
「華、怪我はないの!?」
(大丈夫)
にこっと笑って見せれば、美朱が顔をあげた。
「ごめんね、ごめんね?」
(気にしないで、平気だから)
その目からは今にも涙が溢れてしまいそうだ。そんな顔をするのは、華の過去を知っているが故だろう。
ようやく、幻狼と攻児から錫杖と腕を下ろした井宿と柳宿は、ため息をついた。
「なんでこの子、こんなに無鉄砲なの……しかも、なんだか仲良くなってるじゃない……山賊と」
「だー……、本当に心配したのだー……」
(ごめんなさい、大丈夫だから)
「……でも」
君はさっき、声を使って叫んで、泣いていたのだ。そう言おうとした井宿だが、すんでのところでそれを飲み込み、苦笑いをこぼした。
(あ、あのね! ちょっと寄り道したいの。いいかな……? 実は……)



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