▼13
外は少し冷たい風が吹いていた。きっと、今頃美朱は、鬼宿と共にいるに違いない。そう思うと、美朱の元へと行く気は全く起きなかった。
(こうして考えてみると……私、落ち着いてるよね……)
本の中に吸い込まれて3ヶ月。その間にいろんな事があった。そして、華は本来ならば驚き狼狽してたであろう、自身の不思議な力を前に、全く驚くどころか動揺すらしなかった。
心宿と井宿の攻撃を打ち消した力、心に思っただけで会話が成り立つ、おそらくテレパシーの一種のようなもの、そして、気を探り、人を見ただけで、七星士かどうか判断できてしまう力。
(便利だよねぇ……)
思う事はそれだけだ。気味が悪いとか、気持ち悪いなんて一切思いつかない。ただ、そう思う。
華は、池の上に立つ小さな椅子やらが置かれた休憩所へと辿り着くと、そこに腰を下ろした。ぼーっと池を眺める。生き物が住んでいるかまでは、日本とは違い街灯も何もないここではわからない。
「何してるのだ?」
声が後ろから飛んできて、ゆっくりと振り向けば灯りを持った井宿がそこに立っていた。
(井宿さん)
井宿の視線が華の上から下までくまなく辿る。
「……男の子の格好してるのだ?」
(そうです、その方が動きやすいし、便利でしょ?)
小さく笑えば井宿が呆れたように息をはく。名案だと思っていただけに、華はその反応に、少しだけムッとする。
「そんな格好必要ないのだー、危なくなったらオイラが助けるのだ」
(……言いませんでしたっけ? 私、七星士と美朱を守りたいって)
「誰かの犠牲になって死にたいと言ってたのだ」
(それはそれですよ)
ただの願望です、人が死ぬ時はいつでも唐突だから、死に際なんて考えるだけ無駄なんですよ。そう思いながら、華はふと身体の中からなにかが抜け落ちる感覚がして、立ち上がった。
(……やっぱり行ってしまった……)
「鬼宿なのだ?」
(はい)
「鬼宿がオイラだったとしても同じ事をしたと思うのだ」
井宿が、静かにつぶやく。華は、気配が完全に倶東国の方へ行き出すのを確認して腰を下ろした。誰か付き添いがいるようだ。
「……っ」
何年も諦めてやっていなかった声出しの練習を、今になって華はし始める。特に意味はない。ただ、このタイミングでやりたかったのだ。
力のある今ならできるかもしれないと。しかし、やはり声帯は震える事はなく、開けた口からこぼれたのは、擬音のみ。それをみた井宿は不思議そうに首をかしげた。
「何してるのだ?」
(声、出るかと思いまして)
「無理しないほうがいいのだ。きっと、身体がこれ以上傷つかないように無意識にやっているのだ。だから、自然に出るようになるまで……」
(そうですね)
井宿の言葉を遮って#name2は頷いた。しかし、いつまでもこのままではきっと。きっと。
(あの人のようになってしまう)
他人は時にひどく無情だ。#name2がしゃべれなくなった途端、切り捨てて他の子の元へと行ってしまった彼がそうだったように。
「そろそろ寝るのだ。風邪でも引いたら大変なのだ」
(……そう、ですね。では、私はこれで)
井宿の言葉に促されるように立ち上がると、華は暗闇の方へ歩き出した。迷いなく、スタスタと歩いていく華に、井宿が慌てて明かりを持って近づく。
(……?)
「暗闇を歩くのは危ないのだ」
(慣れてますから、平気ですよ?)
そう。慣れていた。いつでも自分がいるのを悟られないように静かに、気配を消して動かず、明かりも決して生きていたのだから。
井宿は、それでもついてくる。華は、それを気に止めることもなく、割り当てられた部屋へとつくと、扉を開けて中に入った。
最後に井宿へと一礼をするのを忘れない。
(それでは……おやすみなさい)
「おやすみなのだー」
ぱたんと、扉が閉まる。それを確認して井宿はそこから立ち去っていった。



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