▼09
井宿と華が鬼宿と美朱の元にたどり着く頃には太一君が二人の前に姿を現していて、酷く微妙な空気が流れていた。井宿は飛び回る小さな女の子ー娘娘から美朱の服を受け取ると、美朱へと差し出す。
それを受け取った美朱は、思い出したと言わんばかりに太一君へと近寄ると、倶東国へ戻してくれと叫んだ。
「もうちっと離れて喋れんのか」
「私、この三ヶ月の間に唯に何があったか知りたいんです!」
太一君の言葉も無視して、叫ぶ美朱。華はふと、その言葉でここに来て体感した事を思い出し……首をかしげた。
(三ヶ月……?)
華はこの世界にきて、まだ一週間と少ししか経っていないはずだ。美朱と唯と同時にここにやってきたのに、計算が合わない。と一人悩んでいると、美朱の要求に折れたらしい太一君が、大きな水晶へと手をかざすと、三ヶ月前であろう記録の再生が始まった。
その光景を見て、華は一人息を飲む。
(これ……)
一週間前に華が助けた唯の姿が映っている。場所も、男たちもそっくりそのままだ。
(どうして……)
唯は、美朱の名前を叫び助けを求めて暴れる。男たちはその声に激怒して、唯を殴りつけた。それをみた華の身体が何かに反応したように、びくりと震える。
(まずい……)
大きく深呼吸して、フラッシュバックを避けようと画面から目線を離した瞬間。
「……めて……」
美朱の口から言葉が溢れてきた。
「もう止めてっ!!!」
その瞬間に水晶に写っていた映像が消え失せた。消える直前、華の頭がチラッとうつり、やはり時間軸が狂っていると再認識した華はふと携帯の存在を思い出して、ポケットに手を入れる。

美朱は取り乱し、涙を零していた。
「落ち着くのじゃ。お主があちらの世界へと帰った時、その共通のつながりである制服を脱いでいたのではないか? だから、唯の言葉は届かなかったのじゃ。お主のせいではない」
太一君が慰めるように美朱へと助言をするが、それも効果が……というよりも逆効果のようで。美朱はそのまま走って割り当てられた部屋へと行くと扉を閉めて引きこもってしまった。
(一週間ではないの?)
美朱の取り乱した様子に心動かされるも、不思議と追ってどうしようとも思いつかなかった華は、一人そこに座ったまま考え込む。
「一週間とは何のことなのだ?」
すると、そこに先ほどまで傍観を決め込んでいた井宿が表れ、華の隣に腰を下ろした。念じた事が通じるのか、と華が心の中だけで彼を呼ぶ。すると。
「だ?」
井宿から反応が返ってきた。
「不思議な事じゃないのだ。華ちゃんの気はさっきまで消えていたのに、今はもう元に戻っているのだ。使えなかったのは倶東国にいたせいでは?」
(でも、私は朱雀の者ではないです。だったら、関係ないのではありませんか? 現に青龍廟……でしたっけ? あそこには入れましたし)
「まぁ、そうなのだが……」
(ところで、私には唯を助けたのは一週間前の出来事のように思うのですが……本当に三ヶ月経っているのですか?)
「? 三ヶ月経っているのだ。この三ヶ月、華ちゃんを助けに行こうと何度も倶東国へと行ったのだが……華ちゃんの気がうまく探せなかったせいで今日まで伸びてしまったのだ……怖い思いでもしたのだ?」
(いえ……でも、私には一週間前の出来事と聞かされていたもので……)
「聞かされていた……?」
(あ……ええと、その……)
華は思わず自分を殴りたくなった。思った事がポロリと他人へと伝わってしまうこの感覚に未だ馴染めず、ついついやってしまう。今も余計な一言を言ってしまった。と華はため息をつくと、井宿の肩に手を置いた。
(なんでもありません)
「……嘘なのだ」
(え?)
「この顔に、嘘だとかいてあるのだ」
ぷにっと井宿が華の頬を摘んだ。急な事にびっくりした華がぱちくりと目を瞬かせる。井宿は小さく笑うと
「華ちゃんは可愛いのだー」
そう言って華の頭を撫でた。
(ちょ、ちょっと待ってください! 私の事……何歳だと思ってます?)
井宿が不思議そうに首をかしげる。
「だ? 美朱ちゃんと同じくらいだと思ってるのだ、が……?」
(あぁ……やっぱり……)
華は頭を抱えた。井宿が、んん?っと首を傾げる。
「どういう事なのだ?」
(……私、21なんです)
「だ!?」
井宿が驚いたように声を上げた。華はくすりと笑う。
(よく間違えられるんです。気にしないでください)
「しかし……オイラと、3つしか違わないのだ」
(……というと、井宿さんは24ですか?)
「だ!」
片方は喋り、片方は黙ったままな妙な会話が続く。話していくうちに華の胸の奥がじんわりと暖かくなっていく謎の感覚を覚え、ほうっと小さく息を吐いた。
(……井宿さん、私消えてしまいたかったんです)
話しても良いかもしれない。そう思い、井宿の顔から視線を逸らした。直視して話せる程軽い内容ではなかった。
(でも、私。ただで死ぬのは嫌だったんです。誰かを守って死にたかった。我儘ですよね)
「……だから」
(?)
「だから華ちゃんは、後先考えずに飛び出すのだ?」
(……え、私そんな事してます?)
「してるのだ。倶東国へと唯とかいう子を助けに行った時、男たちの中に飛び出して行って……そのあとは美朱ちゃんを助けるのに、飛び出して行って。その次は、心宿と……」
(う……言われてみれば……ご、めんなさい……)
次々と事実をあげていく井宿に耐えきれなくなって途中で遮る。井宿はにっこりと笑うと
「その心意気は素晴らしいものなのだ! 目的を覗いたらの話なのだけど」
そう言って、華の頭を再び撫でた。そして、先ほど四神の神から聞いた話をしようかと、口を開く。
「……さっき、四神の神に言われたのだ。華ちゃんは、深い傷を負っていて、それが華ちゃんを蝕んでいると。それを、オイラに癒してほしいとも。……華ちゃん。君の闇に踏み込む事になるのだが……」
(いいですよ)
井宿が言わんとしている事がわかり、頷きながら華は、微笑んだ。井宿は自分の闇の、それも人に触れて欲しくないと思っている程の深い傷を触る事になるのをわかったから、承諾を求めてきた。果たして、会って数回しか会話をしてない、他人の自分が触れても良いのか、と。
華は、その井宿の優しさに心底嬉しさがこみ上げてくるのがわかった。
(……不思議、ですね。気づいたらこんな状態だったせいなのか、私はその優しさがとても嬉しく思うんです。きっとこれは嬉しいって感情。なんとなく、わかるんです)
「優しいとは思わないのだが……」
(いえ、とっても優しいですよ。私に、そうやって承諾を求めてくる人なんて、今まで一人もいなかったんですから。いつも私は無視。やりたい事を勝手にやられるだけの人生でした。数ヶ月前までは)
「……話してくれるのだ?」
井宿が、腕を軽く指差した。そして、その指す先にあの大きな痣があるとすぐにわかった華は、ぎゅっとその部分を隠すように握りしめる。華は暫く悩んだあと、話そうと静かに頷いた。




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