3月8日。黄色の可憐な花が町中に溢れ一足早い春の訪れを感じる。
そんな風情を楽しむこともなく徹夜で任務をこなしたナマエはなんとかアジトにたどり着き、眠気でふらふらとする頭でなんとかシャワーを浴びてそのままずるずるとソファーに横になるとすぐに意識を飛ばした。
カタコトという物音と話し声にナマエが目を覚ますと、プロシュートの姿が見えた。
ナマエが起きたことに気付いたプロシュートが咥えていた煙草を消しながら紫煙を吐く。

「起きたか。こんな所で寝てんじゃあねぇぞ」

「ごめん。……プロシュート、何かあったの?」

「あぁ?……いや。何か飲むか?ビールか?ワインか?」

「起き抜けに酒はいらない。……水……」

ナマエが目を擦りながらソファーから立ち上がりキッチンへ向かうとそこにはリゾットがいた。
狭いキッチンに大柄なリゾットが身を丸めて何やら作っている。

「起きたのか」

「あ、はい。遅くなりましたが任務は滞りなく」

「そうか」

「……あの、何を作っているんですか?」

「まだ内緒だ」

リゾットは口の前で人差し指を立ててしーっとやるとミネラルウォーターのペットボトルを投げた。
ナマエがそれを受け取ったのを見ると、リゾットは手をひらひらさせてキッチンから追い出した。
ナマエは仕方なくミネラルウォーターをごくごくと飲むと寝ていたソファーに座る。
プロシュートの姿はもうない。
そこにメローネとギアッチョが買い物袋を下げて帰って来た。

「おかえりー」

「ただいま、ナマエ〜!」

「おう。……リーダー、言われたモン買ってきたぜー」

ギアッチョはキッチンへ、メローネはナマエの隣に座る。

「ん?シャワー浴びたの?」

「うん。任務の場所が埃すごくてさぁ、一眠りする前に浴びたの」

「あぁ。だからほっぺに跡ついてるんだ」

「え、嘘!?」

「ホント。ここ、クッションの跡だぜ」

メローネがナマエの右頬を撫でる。確かに跡になってる感触がある。

「うわ、恥ずかしい。何でプロシュートもリーダーも言ってくんないのかなー……」

「部屋で見てきたら?化粧したら平気だ」

「うん、そうする」

メローネに言われてナマエはアジトで自室として使っている部屋に行く。
鏡を覗くと確かに頬にうっすらと跡が残っていた。
軽く化粧をして髪の毛を右側に流せばカバー出来るだろう。
ナマエが髪を梳いていると、鏡の中にイルーゾォが窺うように姿を現してコンコンと鏡を叩く。

「イルーゾォ。帰って来たの?ホルマジオも一緒?」

「ああ。ナマエ、呼びに来た。支度出来たらリビングに来てくれ」

「ん?何かあったっけ?」

「お前……いや、いい」

上半身だけ鏡から出ていたイルーゾォはナマエの髪を耳にかけると再び鏡の中に戻っていく。
ナマエは最後にもう一度だけリップがはみ出してないか確認してから言われた通りにリビングへ戻った。
リビングにはメンバー全員が揃っていて、ナマエの姿を見るなり柔らかい表情を浮かべる。

「ナマエ、ここがお前の席だ」

「そうだ、そこが特等席だ」

ソルベとジェラートがひとり掛けソファーにナマエを座らせた。
キッチンからリゾットとペッシが料理を運んできて、リビングのテーブルに並べる。
ミモザサラダにミモザのケーキ。ナマエの好きなピッツァもあった。

「ナマエ」

プロシュートがナマエにミモザの花束を渡す。
そこでやっと今日がフェスタ・デラ・ドンナ(女性の日)だということに気付いた。
フェスタ・デラ・ドンナには男性は身近な女性にミモザの花を贈ることが風習になっている。
それはこの暗殺チームも例外ではない。
チーム紅一点のナマエの為にと朝から市場や花屋に繰り出して準備を進めていた。
当の本人のナマエはと言うとそんなことも忘れてソファーで眠りこけていた訳だが。
そう言えば帰宅中の視界が道理でやけにチカチカとしていたと思った。あればミモザの花だ。

「Grazie,プロシュート」

プロシュートからミモザの花束を受け取ると、ナマエは一輪だけ抜いて髪に挿した。

「どうかな?」

「Ti sta bene.(似合ってる)」

プロシュートが口角を上げて笑う。彼の方が似合いそうだという言葉をナマエは辛うじて飲み込んだ。
ケーキをペッシが切り分けてくれる。ミモザの花に見立てた黄色いケーキが可愛い。

「ナマエ、Auguri(おめでとう)!」

「Grazie,ペッシ」

にこにこと人好きのする笑顔でケーキを差し出すペッシにナマエもお礼を返す。
リゾットもサラダを分けてナマエの前に置いてくれる。

「ルッコラ好きだっただろう。多めに入ってる」

「もしかしてさっき作ってたのってこれですか!?」

「ああ。味見はしたが、美味くないかもしれない」

「食べます!リーダーの手料理が不味いわけないです!」

「そうか」

ふっと笑ったリゾットがナマエの頭を優しく撫でた。
その大きな手のぬくもりにナマエの頬も自然と緩む。

「えへへ」

「気持ち悪い笑い方すんな!オイ!ナマエッ!!白か赤かどっちだ!?」

それを見ていたギアッチョが突然キレながらワインの好みを聞いてくる。いやいつも彼は突然キレるのだが。

「気持ち悪いって、そんなことフツー女の子に言う?白!!」

「好きな子にイタズラしたい年頃なんだよな。な、ギアッチョ」

「べべべッ!?別に好きじゃねぇし!?ハァ!?ほら白だ!!」

からかうメローネに歯を剥き出しにして威嚇するギアッチョがナマエの前に白ワインのグラスを置いた。
静かに置いた辺りがギアッチョの優しさだとナマエは気付いたが、余計なことを言うと頭から白ワインを飲むはめになりそうなので黙っている。

「じゃあ乾杯しようぜ!」

ホルマジオがグラスを掲げると、メンバーも同じようにグラスを上げて「Salute!」と乾杯した。
ナマエも白ワインを一口飲む。冷えた白ワインが美味しい。
食事が始まり、ナマエが食べているとホルマジオが話しかけてくる。

「折角のフェスタ・デラ・ドンナなのに休みじゃなくて残念だったな」

「いいの。どうせ一緒に過ごす女友達もいないし、みんながこうしてお祝いしてくれたのが何より嬉しい」

「……俺たちは仲良しクラブでも女でもねぇけどよ、ナマエを大事に思ってるのは本当だぜ?」

「うん」

「しょうがねぇなァ。あとでナマエだけ特別にカクテル作ってやるよ」

「ホント!?」

「真心込めっからよ」

「楽しみ〜!」

きっとホルマジオが作ってくれるカクテルはミモザだろう、とナマエは思った。
彼らの真心を尽くした夜がゆっくりと更けていく。



僕たちの真心を君に捧ぐ

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