誰もが羨む完璧な恋人。
いつだって他人は「あのブチャラティと付き合ってるなんて羨ましいわ」「あなたは幸せな女の子ね」と言う。
私もそう思っていた。
本当に最初は心からそう思っていたのだ。

「ねぇ、何でブチャラティは私と付き合ってるんだろう?」

「……本人に聞け」

いつものリストランテのいつものテーブルに、今は私とアバッキオしかいない。
チームの中で一番ブチャラティと仲の良いアバッキオと二人っきりになる機会はそうそうないので、私は最近ずっと考えていることを思いきって相談してみた。
アバッキオは閉じていた目を片方だけ開けてちらりと私を見ると至極当然な返事をする。

「それが出来ないから聞いてるんじゃん……」

私は白いクロスが敷かれたテーブルに顔を突っ伏して目を閉じた。
横にした顔に髪の毛がかかったのをそのままにしていると、アバッキオが耳にかけてくれた。何だかんだ優しいのだこの男は。

「……Grazie.」

「喧嘩でもしたのか?早く謝っちまえよ」

「何で私が悪いこと前提なの。てゆーか喧嘩じゃないよ。……喧嘩にすらならない」

「埒が明かねぇな。うだうだすんな」

アバッキオは話を聞いてくれる気になったのか、私のカップに紅茶を注いでくれる。

「優しい……レオーネお兄ちゃん……」

「……次にそんな呼び方したら、昨日お前が盛大にコケたシーンをムーディー・ブルースでリプレイしてやる」

目がマジだ。こっわ。優しいくせに冗談通じないんだこの男には。

「……いや。なんかさぁ。何がある訳じゃないんだけど。」

「要点だけ言え」

もたもた話し出すとアバッキオにギロリと効果音がついたように睨まれる。こっわ。

「私は普通よりちょっと可愛いくらいのルックスだけどそれ以外は性格だって普通だし仕事だって特別上手いわけじゃないし本当に普通よりちょっと可愛いくらいしか取り柄がないじゃん」

「自分で言うな」

「なのにブチャラティはさぁ、あのルックスで皆に優しくて仕事だって出来る。私は皆に言われる。ブチャラティと付き合ってるなんて羨ましい、幸せな女の子ねって。最初は浮かれてたよ。馬鹿みたいに素直に喜んでたけど最近胸の辺りがスースーするんだ。ブチャラティは何も悪くないしこれは私の気持ちの問題だってことも解ってるけど、どうしたらいい?だってこんなことブチャラティには言えない」

「……どうしたらってナマエはどうしたいんだよ?」

「……ブチャラティに好かれたい……」

「ハァ?」

「ブチャラティが優しくする大勢のうちのひとりみたいに優しくされるんじゃなくて、特別感が欲しい」

「我が儘だな」

「解ってるよおおお!だから尚更本人には言えないの!こんな醜い気持ち知られたくないし絶対嫌われる!捨てられる!捨て、ッ……捨てられたくない……」

「……オイオイ、何でこのタイミングで泣いてんだよ。ナマエ、情緒ヤベェな……」

「酷い……レオーネおに、」

「ムーディー・ブルース」

「ごめんなさい」

直ぐに謝ると既に現れたムーディー・ブルースがそのつるりとした手で涙を拭って頭を撫でてくれた。
アバッキオ本体よりも優しい。

「……Grazie.ムーディー・ブルース優しいね。好き」

私はムーディー・ブルースの優しさに委ねて目を閉じる。
ふと目元の涙を掬い上げるようにちゅ、とキスされた。
ムーディー・ブルースに口はないのでえ?と思って目を開けるとブチャラティの顔があって、私は勢いよく顔を上げる。
既にムーディー・ブルースの姿はない。

「ブ、ブチャラティ!?」

「俺でがっかりしたか?」

「がっかりだなんて、え?何で?」

「ナマエはムーディー・ブルースの方が好きなんだろ?」

「見てたの?いや違う。そうじゃないの!確かにムーディー・ブルースは好きだけど」

「へぇ」

ブチャラティの口角は上がっているのに目が全然笑ってない。
変な汗が出てくる。ヤバイ。
突然ブチャラティが狼狽える私の顎を掴んで頬をべろりと舐めたので、変な声が出てしまう。

「んぁッ……!?」

「嘘はついてないな」

この男は!!何をするんだ!?
顔が良いくせにこういうところが本当に心臓に悪い。顔が良くなかったら殴っていた。チクショウ、腹が立つほど顔が良いな。

「何を隠している?」

「……言いたくない」

もっと恋人として特別に愛して欲しい、だなんて言えない。
ブチャラティは案外あっさりと手を離して、アバッキオの隣に立った。

「アバッキオ。30分前のナマエをリプレイしてくれ」

「解った」

キュルキュルという機械音と共に再びムーディー・ブルースが現れて、額のカウンターが動き出す。

「ちょちょちょ!!ブチャラティ何してんの?アバッキオも“解った”じゃあないでしょ!!」

「俺の真似か?似てねぇな」

「どうでもいい!ムーディー・ブルースもやめて!」

大きく手を振って止めると、ムーディー・ブルースはカウンターを止めてくれた。本体に似合わず良心的だ。

「それならじっくり聞くまでだ。質問は既に拷問に変わっているんだぜ?」

ブチャラティが真顔で私の手を引く。冗談に聞こえない。

「……拷問……」

「何も痛めつけるだけが拷問じゃあない。……快楽だってそうだろ?」

私の耳元でブチャラティが囁く。何て良い声で何てことを言うんだ。

「そろそろ行こう。時間が惜しい」

金魚のように口をぱくぱくさせた私はやっぱりムーディー・ブルースにリプレイしてもらった方が良かったと後悔した。
でも完璧だと思っていた恋人の意外な一面を見られてほんのちょっぴり嬉しかったことは悔しいから内緒だ。


メランコリックブギー

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