私はパスポートの入っているバッグをぎゅっと抱いて、一歩的に飛んでくる言葉にじっと耐えていた。
聞き慣れない言語は恐らく中国語で、恐らく私に対する不満や批判なのだろう、店の男は私を指差して唾を飛ばしてくる。
旅行中に見かけた店にふらりと入ったのが行けなかった。初めはニコニコとしていた男は私が日本人だと解ると態度を豹変させたのだった。
逃げ出そうと後退りすれば男に腕を掴まれて思わず叫んだ。

「イヤッ!」



突然ドアが開いて長身の男性が入ってくる。顔立ちに似合わず流暢な中国語で、私の腕を掴んでいる男の腕を掴んだ。
ミシッと言う音が聞こえてきそうな握力に、男は呻きながら私の腕から手を離す。



額に脂汗を滲ませた男が必死に頷くと、男性は男の腕を離して、私の腰を抱いて店を出た。
暫く隣に立って歩きながら、男性の横顔をちらりと見上げる。
黒髪と切れ長の目と無口そうな口元。スラリと伸びた手足に私の歩幅は合わない。歩く度にぶら下げたビニール袋がガサガサと鳴った。中身は恐らくオイスターペイルだ。

「あ!あの、助けてくださってありがとうございました」

「ただで、とは言ってない。助け賃は貰う」

「エッ!?お金取るんですか!?」

先程の中国語とはうって変わって、男性は英語で答える。
お金を取るならさっきの中国人と五十歩百歩ではないか。驚く私を見て、男性が楽しそうに笑った。

「ベッラ。アンタ、日本人だろ?」

「そうですけど……。何?ベッラ?」

「You're beautiful.……これで分かるか?」

「……分かりましたけど、あなたはどこの国の人なんですか?」

「イタリア」

「なるほど。納得です」

「イタリアーノに何か恨みでもあるのか?」

「別にないですよ。それで?いくら払えばいいんです?」

「いつもならここでふんだくるんだが……アンタの事、気に入ったからな。今夜俺と食事でもしないか?」

「うわ、イタリアの男」

「そう言っただろ。……それは冗談だとして、実は今相方との約束に遅刻している。その理由をアンタから話してほしい」

「あなたが私を助けて約束に遅れたって、相方さんに言えばいいのね?」

「そうだ」

「それくらい全然いいけど。まだあなたの名前を聞いてなかった」

「……ソルベって呼ばれてる」

変わったあだ名だなと思ったけど、言わないでおく。
私は頷いてソルベさんと並んで相方さんが待つ公園まで歩いて行った。
公園には親子連れや犬を散歩させるおじいさんがいて、それをぼんやり眺めながらジェラートを食べている男性がベンチに座っている。
その人は私たちを見ると立ち上がって、近付いてきた。

「ソルベ、おっそい!!本当に中国までオイスターペイル買いに行ってたワケェ?お腹空き過ぎてジェラート買っちゃったじゃん!しかもここのジェラート不味い!!」

「悪かった」

「絶対このジェラート手作りじゃないよ。こんなんで金取るとかマジであり得ない。つーか誰、その子」

「さっき、ソルベさんに助けられて。それであなたとの約束に遅れちゃったんです。ごめんなさい」

じろ、と言う視線に私は慌てて頭を下げた。彼は私に対して何も言わずに、イタリア語でソルベさんと何やら話している。

「……Cinese?」

「Lei è giapponese.」

「ふぅん。ま、いいよ。許したげる。ね、キミさぁ今夜空いてる?俺たちとご飯一緒に行ってくれたら嬉しいな」

ポンポンと肩を叩かれて顔を上げる。ニコニコと懐っこい笑顔を向ける彼はジェラートさんと言うらしい。こちらも変わったあだ名だ。

「今夜は日本料理が食べたいな」

「俺もだ」




我愛イ尓 宝宝

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