3月11日。
休みを取っていたにも関わらず、人手が足りないからどうしてもと頼まれて仕方なく出社した。
約束がなかった訳じゃない。でもそれも私の休みがなくなるより先に、彼が仕事になってしまいさんざん謝られて約束を反故にしたのだった。
なるべく早く終わらせて帰ってくるから、と出掛けていったブチャラティの姿をもう3日見ていない。そういう仕事をしている彼を恨んだりした事はない。無事に帰ってくるならそれでいいのだ。
それでも日本生まれの自分のために「今年のナマエの誕生日パーティーは日本式でやろうか」と言ってくれたブチャラティの想いは素直に嬉しかったし、彼が私の為に慣れないパーティーの準備をしてくれる事も楽しみだったから、それがなくなって残念だ。
結局普段通りに仕事を夜までこなして帰宅すると、アパートの窓から僅かに明かりが洩れている事に気付いた。疲れた脚で駆け出して、エレベーターに飛び乗る。玄関を開ければ室内はやはり明るく、一瞬で頬が緩んだ。

「ブチャラティ、帰ってるの?」

コートを脱ぎながらリビングにいるだろう人物に声をかけるも返事がない。
それもそのはずで、ブチャラティはソファに寝転んで静かに寝息を立てていた。ほんの少し目を瞑るつもりだったのだろう事は、テーブルの上を見れば分かる。冷めかかったカッフェがまだ残っていた。
ダイニングテーブルには赤い薔薇と白い薔薇が花瓶に生けられている。さっきから香っていたのはこれだったか、と鼻先を埋めて匂いを吸い込んだ。花瓶の隣に置かれたカード付きのエメラルドグリーンの小箱に気付いたところで、ギシリとソファの軋む音がした。

「おかえり、ナマエ」

「ただいま、ブチャラティ。お疲れだね」

起きたブチャラティがソファから立ち上がって私を抱きしめる。その腕の中で彼の髪の毛を指で梳いてやれば、ブチャラティは面映ゆそうに眉を下げた。

「あぁ……悪い。寝るつもりはなかったんだが……カッコ悪いところを見せてしまったな……」

「ううん。全然。ブチャラティが帰ってきてくれてて嬉しかった、これも、ありがとう」

「プレゼントだ。Buon compleanno,amore mio.」

「Grazie!嬉しい!開けてもいい?」

「勿論」

同色のカードを開くと、ブチャラティの筆跡で誕生日を祝う言葉が書かれていた。シンプルでいて丁寧な字が好きだ。
白いリボンを解いて箱を開けると、ブルーの小さな石が2つ、プラチナの爪に収まっている。アクアマリンのピアスだった。

「綺麗……」

「気に入ったか?」

「うん!ありがとう、ブチャラティ。大切にする」

「ああ。オレが傍にいない時もつけていて欲しい。いつでもナマエに愛が囁けるように」

ブチャラティがとろけるような笑顔で言う。未だにこういうストレートなアプローチに慣れない私は俯いて小さく返事をする事しか出来ないのだが、フッと笑う気配がしてブチャラティの手が私の頬に触れた。

「いつまで経っても可愛いな」

そのまま上を向かされて、ちゅ、とキスされる。
軽く触れ合った口唇はすぐに離れたが、ぽかんとしている私にブチャラティが笑った。

「さぁ、誕生日パーティーを始めよう」




春の海に生まれた君へ

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