「何観てんだァ?」

「Morte a Venezia.テレビつけたらやってたから」

ナマエがアジトのリビングでひとりソファに座りながらテレビを観ていると、部屋にいたギアッチョがやって来た。

「……ベニスに死すってよぉ、何で英語でベニスなんだよッ!?なぁ!?ヴェネツィアだろうが!イタリア語で言えッ!!チクショ〜〜〜ッ!!ムカつくぜーーッ!!」

「だからMorte a Veneziaってイタリア語で言ったでしょ」

「違ぇ!原題のことだッ!!ベニスの商人とかベニスに死すとかよォ〜〜〜ッ!!」

「……ベニスの商人は作者がイングランド生まれだしベニスに死すはアメリカが資本の映画だからでしょ」

「ガチレスすんな。クソッ!!」

「何なの、うるさいな。ギアッチョ、映画観てんだから静かにするかどっか行ってよ」

ナマエがテレビ画面から目を離さずに言うと、ギアッチョは黙って少し考えてからナマエの隣に座った。

「……観るの?」

「あァ?……静かにするならいてもいいだろうがよ」

「いいけど」

ギアッチョにはこの映画はきっと退屈だろう。
他人の人生を狂わせてしまう程の美しい少年に、ある意味偏執的な恋をしてしまう老いた紳士の話などギアッチョはひとかけらの興味もない。
ナマエはそう思いながらもテレビの画面を見つめた。
そもそも恋だの愛だのギアッチョの口から出ることなんて殆どない。
だからギアッチョがいつものように怒りながら真っ赤な顔で好きだと告白した時、ナマエはにわかに信じられなかったし恋人になった今でも本当に付き合っているのか?と思うことの方が多い。
海をバックに水着姿の美少年が走っている。
金髪の巻き毛が揺れた。
ギアッチョの水色のくるくるな髪も伸ばせばこんな風に揺れるのだろうか。

「……なんか苺食いたくなるな」

「そうだねー。でもこれが元でコレラになるんだよね」

「オイッ!?ネタバレしてんじゃねぇぞッ!!」

「え、観たことあるんだと思ってた」

「ねぇッ!!」

ギアッチョの膝がガツンとテーブルに当たる。
その音でテレビから気が逸れたのか時計を見たナマエが立ち上がった。

「それはごめん。……おっと、もうこんな時間だ。出なきゃ」

「あァ?仕事か?」

「うん。プロシュートと。あ、ねぇ氷ちょうだい」

ナマエがキッチンからビニール袋を持ってくる。
それを見たギアッチョが眉間に皺を寄せた。

「ナマエよォ。お前、俺のこと製氷機かなんかだと思ってねぇか?」

「まさか!ねぇ〜アモーレ〜お願い〜!」

ナマエはギアッチョの腕にすり寄って普段呼ばない呼び方で頼むと、ギアッチョはぐっと眉間に皺を寄せてクソッ!!と叫んでナマエからビニール袋を引ったくった。
ギアッチョのスタンドによってガラガラと氷が詰められていく。

「ほらよッ!!これで足りるだろッ!!」

「優しい〜!ギアッチョありがとう!!」

ナマエがギアッチョに抱きつく。ビクリとギアッチョの肩が跳ね上がったのがナマエに伝わった。

「〜〜〜ッ!!早く行けッ!!」

「……ねぇ、ギアッチョ。私の口唇がどこにあるか知ってる?」

「あァ?何言ってんだァ?」

ナマエの突飛な質問にギアッチョが唸る。だが直ぐにナマエの意図を察した。

「……知ってるよ」

「そう。良かった」

ナマエがじっとギアッチョを見つめる。
観念したように溜め息をついてギアッチョはまだ抱きついているナマエの口唇にキスをした。
チュッとリップ音を残して離れると、ナマエは満面の笑みを浮かべる。

「いってきます!お土産にとびきり甘い苺買ってくるね!」

氷の詰まったビニール袋を持ってナマエがスキップしながらアジトを出ていく。
ひとり残ったギアッチョはガシガシと頭を掻きながら、ナマエが見ていた映画に目を向けた。
ヴェネツィアの街並みに合わせて甘美なメロディが流れている。
きっと自分も感染してしまった。気まぐれな恋人からコレラよりも恐ろしく逃げられない病に。

「……らしくねぇな」

詩人染みた考えに自嘲したギアッチョはソファに寝転ぶ。
テレビの中の美しい風景を眺めながら、苺を持って帰ってくるナマエのことを思った。



キスはアダージェットにのせて

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