普段と変わらない昼下り。いつも集まるリベッチオのテーブルにいるのは昼食を済ませたミスタにアバッキオ、そしてナマエ。
アバッキオがティーポットを持ってナマエのカップを指差す。
「ナマエ、喉乾いてねぇか?」
「さっき、注いでもらった紅茶がまだ入ってるよ。ありがとう、レオーネ」
そう尋ねられたナマエはカップの中身をチラリと見てから首を振り、にこりと笑った。
するとアバッキオはティーポットを置き、次にメニューを開く。
「ナマエ、甘いもんでも食うか?ケーキ頼むか?」
「今プランツォを食べたばかりでお腹いっぱい。ありがとう、レオーネ」
これに対してもナマエは同じように首を振って笑顔を向けた。
アバッキオもそうか、とメニューを置くとふと天井を見上げる。シーリングファンが静かに回っている。
「ナマエ、寒くねぇか?ひざ掛け持ってきてやろうか?」
「ここは暖かいよ。ありがとう、レオーネ」
「オイオイオイオイ、オメー、いい加減にしろよッ!」
何度目かのやり取りをそれまで黙って聞いていたミスタが耐えきれないと言わんばかりに読んでいた雑誌を閉じてテーブルに叩きつけた。
ミスタの行動にナマエはその音に少しだけ驚いただけで、アバッキオは不審そうに眉を顰ませてミスタを睨みつける。
「……アァ?何だよ、ミスタ。オレに言ったのか?」
「そうだよッ!このナマエバカ!!毎日毎日、同じ事繰り返しやがって!九官鳥だってもっと話すわ!」
アバッキオの険のある表情に怯む事もなくミスタがビシッと指差して彼の言動を指摘した。
だがそんな指摘はアバッキオには通じない。アバッキオにしてみれば自分の恋人であるナマエと話しているだけだ。
「恋人同士で会話する事のどこがいけねぇんだよ」
「ナァナァナァナァ、ナマエチャンさ〜マジでどうしてアバッキオなんかと付き合ってるワケ???」
「……え、」
ミスタは呆れて話し相手をアバッキオからナマエに変える。不意に振られた話題にナマエが戸惑う。そんな彼女の横からアバッキオがズイッと身を乗り出して、ナマエの肩を抱く。
「オレとナマエが両想いだからだろうが」
「アバッキオには聞いてませーん!つーか!そんなおっかねぇ顔して両想いとか言うんじゃあねぇよ」
「……もしかして、羨ましいのか?」
「はァァァァァァァァ!?ふっざけんな!アバッキオ、オメー、マジで恋すると変わるタイプなのな!!」
話にならねぇ、とミスタは匙を投げ、氷の溶けかかったコーラを飲む。
そこにナランチャが広げたノートを見ながらやって来た。
ナマエの姿を見つけたナランチャは空いていた席に座ってノートをナマエに見せる。
「あ、ナマエー!あのさーここの問題、分かる?」
「ん?どこ?」
「オイ、ナランチャ。勉強ならフーゴに教わりな」
「今、フーゴいねぇもん。なー、ここの計算なんだけどよォ……」
真ん中に置かれたノートを両側から覗き込み、くっつく二人にアバッキオが苛々した声で声を掛けた。
だがナランチャはそんなアバッキオの心情に気付かずに、目の前の計算に夢中だ。
「どれどれ?45×12は……」
「540だ」
ナマエもナランチャの指差した式を改めて見てみる。アバッキオもその横からチラリと覗いて答えを言った。
「答え言うなよ!オレは計算のやり方が知りてぇの!」
「……レオーネ、駄目だよ」
「悪かった、ナマエ」
「オレに謝れよ!!」
ナマエが諌めるとアバッキオも素直に謝るがナランチャの言うとおり、謝る相手はナマエではない。
ナランチャが騒いでいると、今度はブチャラティとジョルノがやって来た。
「ナマエ、いるか」
「いるよ、ブチャラティ」
「次の仕事をお前に頼みたい」
「見せてみろ」
ブチャラティがナマエに渡そうとした書類を横からアバッキオが先に取る。
ブチャラティもアバッキオの行動に思わず呆れて溜息をつく。
「アバッキオ……これはナマエの仕事だ」
「コイツが行っても平気な仕事かどうか確認するだけだ」
「そう言って確認して、行かせた試しないだろ」
「……この仕事にナマエは行かせねぇ」
「ほらな……」
アバッキオのナマエへの過保護は今に始まったことでは無いが任務にまで干渉してくるとなると、ブチャラティの頭は痛くなる。
「バーへの潜入なんて危ねえだろ。酔っぱらいやジャンキー共がうろうろしてんだぞ」
「それを摘発する為の潜入なんだが」
「レオーネ、私は平気だよ」
「オレが平気じゃあねぇんだよ。オイ、ジョルノ。テメーが行け」
ナマエもアバッキオを安心させる為に自分ひとりで平気だと言うが、アバッキオは首を縦に振らない。それどころか話は興味ないとばかりにコーヒーを飲んでいたジョルノにまで飛び火した。
「……ぼくに女の格好をしろ、と?」
「テメーのスタンドでどうにかなるだろ」
「なりませんよ」
「勝手に話を進めるな。これはナマエに行ってもらうぞ」
「ブチャラティ……いくらアンタでもこれは譲れねぇよ」
いつもならリーダーであるブチャラティの命令は絶対なアバッキオだが、ナマエに関わる事は譲らない。
仕事の書類をブチャラティに付き返すアバッキオに、ブチャラティは益々頭を抱えた。
「……ハァ……。ならお前もついて行け。恋人同士のお前たちなら上手く潜入出来るだろう」
「それなら……解った」
「やれやれ……」
ブチャラティが溜息と共に頭を振る。
そこにみかじめ料回収の為に出ていたフーゴが戻ってきた。
「戻りました」
「おかえり、フーゴ」
「お待たせしました、ナマエ。行きましょうか」
フーゴは立ったままナマエへ手を差し伸べる。ナマエも頷いて立ち上がろうとするのをアバッキオが彼女の腕を掴んで止めた。
「あ?何処行くんだ?」
「アジトで月末処理するのよ。今朝、言ったでしょう?」
「あー?ナマエの顔見てて聞いてなかったな」
「ウゲェ」
サラッと惚気けたアバッキオの言葉にミスタが思わず潰れた声を出す。
ナマエも困ったようにへにゃりと眉を下げて微笑みを浮かべた。
「もう……。それじゃあ行ってくるね」
「待て。オレも行く」
「来なくていい」
ガタリ、と椅子を鳴らして立ち上がったアバッキオに、フーゴは首を横に振る。
追い払われるような仕草にアバッキオの眉間にしわが寄った。
「あ?何でだよフーゴ。オレがいたら何かマズイのかよ」
「先月も君がナマエに構ってばっかりで月末の作業が滞ったからだよッ!」
「すぐ戻ってくるから、レオーネはここで待ってて」
「……本当に行くのかよ」
「ごめんね……。すぐ帰ってくるよ。戻ってきたら、ドルチェ一緒に食べようね」
「……Sì.」
口約束だ、とアバッキオがナマエにキスをする。ちゅ、という音はそこにいる全員に聞こえた為、今度はナランチャが声をあげた。
ブチャラティも苦い顔をして気まずそうに声をかける。
「ゲッ!」
「そう言うのは二人っきりの時にしてくれ……」
「恋人同士でキスしてるのなんざ、街中でいくらでも見かけるだろーが」
「知り合いがイチャついてるのを見るのは生々しいって話をしてんだよ」
「お前らがそう思ってるだけだろ」
「コイツ、こんなに話通じねぇヤツだった!?」
ミスタの疑問に当人以外のメンバーは痛くなるこめかみを抑えて深々と溜息をついたのだった。
恋は盲目