sawよりwo.2拝借


次に逢う約束をしないで別れた。
ただ、ぼんやりと春になったらな、とそう呟いた彼の言葉に黙って頷いていつもと同じように別れた。
彼に逢うのは月に一度か二度。逢う場所も彼の家と決まっていた。合鍵は渡されていたけれど、逢う時はいつも彼がドアを開けてくれていたから鍵を使った事は一度もなかった。
曖昧だった関係に名前をつけるように渡された鍵は確実に彼と私の関係をはっきりとさせた。
恋人だった、と言ってもいいと思っている。少なくとも私は彼を恋人だと思っていた。彼からそう言われた事は一度も無い。
彼は元警官で、汚職によってギャングになった。
その事を聞かされたのは私が彼の家へ行きたいと初めて言った日だった。

「そういうワケ有りの男だから、これ以上関わりたくねぇならこのまま帰りゃあいい」

そう言った彼は諦めた顔をしていた。それが酷く悲しそうで、私はこれ以上彼に何かを諦めて欲しくないと思ったのだった。
私は帰らなかったし、彼もそれ以上何も言わなかった。
外で見る彼はぶっきらぼうで無愛想だったけれど、二人でいる時の彼は穏やかでよく笑っていた。
私の作るルッコラのサラダを好きだと言って食べてくれたし、ソファに並んで彼の好きなスリング・ブレイドを擦り切れる程観た。
白ワインに酔ってはアイルトン・セナのヒーローぶりを少年のような顔で話していたし、辛い時はモンティ・ヴェルディの聖母マリアの夕べの祈りを聴いていた事も知っている。
彼について知っている事は本当に些細な事だけれど、私にはそれで十分だった。
次に逢う約束があるとかないとか、逢えるのが月に一度か二度くらいだったとかそんなものは本当にどうでも良かった。
彼は見た目とは裏腹に優しい人だった。
それが解っているだけで良かったのだ。
私は今日、彼の所属していた組織のボスから連絡を受けて彼の部屋に来ている。
彼の死を伝えられた後、彼の自宅を片付けるのに居合わせて欲しいと言われて来た。
鍵は開いていたが、ドアを開けてくれたのは彼ではなく、初めて見る金髪の少年だった。

「ナマエさん?」

「Sì.」

「来てくれてありがとうございます。どうぞ、中へ」

少年に促されて部屋の中へ入ると、見知った人物がいた。
彼らとは何度か挨拶をした事がある。

「ミスタ、フーゴ……」

「よォ、ナマエ。久しぶりだな」

「Buongiorno.」

ミスタは軽い口ぶりで軽く挙げた手を振り、フーゴは気まずそうに短く挨拶を返してくれた。

「彼らとは顔見知りでしたか」

「あ、えっと、あなたは?」

「ジョルノ、と言います。あなたの事はアバッキオから、」

「彼が私の事を?」

「いいえ。聞かされてませんでした。僕は彼に嫌われていたので。あなたの事はミスタたちから聞きました」

「彼に嫌われていた……?あなたが?」

「ええ。ほら、僕って彼が嫌いな生意気そうなガキでしょう?」

ジョルノが自分の顔を指差しながら真顔で言うので、私は思わずくすりと笑ってしまった。

「良かった。笑えるんですね」

「……あ、」

「良いんです。アバッキオの死は僕たちにとってもショックでしたから。恋人のあなたなら尚更だ」

恋人。
その言葉が今の私には重い。
私は口元に残った微笑みのまま、部屋の片付けをし始めた。
元々物が少ない部屋だが、これらを全て整理するとなると手分けしなくては終わらないだろう。
彼の私物が多くある寝室を任された。
家主のいないベッドは彼が起き出したままの状態で、帰宅したら着替える部屋着もガウンもベッドの柵にひっかかったままだった。
ベッドサイドランプの傍には眼鏡がケースに入れられもせずに置かれていて、レンズにはうっすらと埃がかかっていた。
部屋着やガウンと共にケースに入れてから眼鏡も段ボールへ入れていく。
クローゼットの中にある服や靴も全て段ボールへ入れた。
見覚えのある服を見るのは辛かった。
このセーターにコーヒー零して機嫌悪くなってたなとか警官になって初めての給料で買ったカフスボタンだったなとかそういう思い出が多すぎて、一つ一つに向き合うには時間も私の心の余裕も無い。
はぁ、と溜息をついてベッドに座り、やっと一つ詰め終わった段ボールの蓋を閉じる。

「大丈夫ですか?」

声をかけられて、ハッと顔を上げればドアからジョルノが覗いていた。

「大丈夫……じゃあないかも……」

「僕、ここにいても?」

「……ええ」

「良かった。手伝います」

「Grazie.」

「Prego.……へぇ……アバッキオの寝室ってこんな感じなんですね。想像していたのと違うな」

「どんなのを想像してたの?」

「なんかこう……黒とか紫とか多くて、無機質なイメージでした」

「ああ、なるほど」

ジョルノは窓際に置かれた観葉植物を見ながら呟いた。世話する人がいなくなっても暫くは枯れずにいる強い植物を彼は置いていた。たまに霧吹きで水を遣っている彼を見て「レオンみたい」といつだったか言った事を思い出す。

「……僕がクローゼットの中を片付けますから、あなたはこっちのサイドチェストをお願いします」

ジョルノの気遣いは有り難い。でも最早どこを見ても何を触っても思い出はそこら中に散らばっていて、私にはそれらを集めるのが苦しかった。
サイドチェストの上に置かれた愛用のリップスティックも香水の瓶も彼の事を思い出してしまう物だ。

「……もし何か彼との思い出の物があるなら、それが僕たちの仕事と関係ないものならば、あなたが持っていても良いのでは?」

「そんな事言ったら、この部屋にあるもの全部になっちゃう。レオに止めろって言われそうだから止めておくわ」

「良いんですか?」

「解らない……。でももし彼ならそう言うだろうなって事は何となく解るの」

私の返事にジョルノはもう何も言わなかった。私も黙って彼の私物を段ボールへ詰めていく。
サイドチェストの一番上の引き出しには鍵が付いていた。開けようとして鍵がかかっている事に気付く。この引き出しの鍵は彼しか知らない。
私が引き出しをガタガタさせていたので、ジョルノも傍へやって来た。

「鍵がかかっているようですね」

「ここの鍵は彼しか知らないの」

「二人を呼んできてください。もしかしたら開けられるかもしれない」

ジョルノに言われてリビングにいる二人を呼んでくる。事情を話すと、ミスタが銃を抜いたので私はドキリとした。そんな私に気付いたジョルノがミスタの銃に手を当てて下げさせる。

「中身が取り出せれば良いんだろ?壊しゃあいいのか?」

「出来ればなるべく傷付けない方法でお願いします」

「……これならナイフと針金で開きそうだ」

「本当!?」

「ええ。ちょっとやってみます」

「お願いします、フーゴ」

引き出しの鍵穴を見ていたフーゴはそう言って、リビングからナイフとクリップをを持ってくる。ナイフをサイドチェストと引き出しの間に差し込み、クリップを伸ばして鍵穴に差しながらカチャカチャと動かすとカチリと開いた音がした。

「開いた……!」

「ナマエ、開けてみてください」

ジョルノに促されて私は引き出しを開ける。
中にはボールペン、ポケット手帳、200リラ硬貨が一枚、はがきが数葉入っていた。
横からミスタとフーゴが一緒に中を覗く。

「“第76回ネアポリス警察学校卒業記念”のボールペン……アバッキオらしいぜ」

「この硬貨、記念硬貨だ。カラビニエリの魂って書いてある……ミスタの言うとおりアバッキオらしいな」

硬貨に書かれたALMA DEI CARABINIERIの文字に、私は彼の心の底にいつもあった正義の心を思い出した。
少し俯いて鼻を啜ると、ミスタとフーゴが私の肩をポンと叩いてくれた。

「何かまだ奥に入ってますね」

「え?」

「あ?あー……本当だな、奥で引っかかっちまってる」

少し後ろで見ていたジョルノが引き出しの奥を指差して言う。身体を曲げて覗き込むと、隣にいたミスタも同じようにして覗いた。

「取ってやるよ」

「Grazie.」

ミスタが引き出しの奥に手を入れて取ってくれる。それは小さな箱だった。

「……これって……」

「……嘘……」

その箱が何なのか、中に何が入っているのか、知らなくても解るには十分すぎた。
ミスタに渡されてベルベットのケースを震えた手で開いてみる。小さくパカッという音に予想通りの見合った物が収まっていた。
小さなダイヤがついたプラチナリングを取り出して光に透かしてみる。ダイヤを通して虹色の光がこぼれ、リング裏に私の名前が彫られていることに気付いて私の視界は水に浸っていった。

「綺麗……」

耐えていた涙が一気に溢れて頬を流れていく。

「……ジョルノ、さっき彼の私物は要らないって言ったけれど……これは私が貰ってもいい?」

「勿論です。それはナマエの物だ」

「Grazie.」

左手の薬指に嵌めてみればぴったりで、再び光に手を翳した。
私が彼に愛されていたことの証が左手の薬指で輝いている。

「……あなたと過ごした日々のこと、私、ずっと忘れない。あなたがどんなものが好きで、どんなことで笑って、どんなことに泣いたのか、ずっと、ずっと、憶えてる」

だから、もう暫くはあなたの恋人でいさせてね。
お願いよ、レオーネ。



貴方がいない人生を笑って過ごすことができたならまた優しく温かい手で私の頭を撫でてほしい

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