saw様よりWo.6拝借


その建物は内装が天井から床に至るまで全てが白く、毎月中を歩く度にナマエの空間認識感覚を鈍らせた。
加えて案内役の看護師の制服も白い為、彼女の項に見える肌の色を目印に歩いて行かないと迷子になりそうだ。
看護師に案内された403号室に彼はいた。
白い部屋の白いベッドの上で白いレースのカーテンが揺れるのをぼんやりと見ていた彼のグリーンの目がこちらを向く。
ナマエの姿を捉えて、メローネがニコリと微笑んだ。

「……あぁ、君か。Ciao,ナマエ」

「Ciao,メローネ。健康状態は良好ですか?」

「Bene.」

窓から入ってきたそよ風にメローネのラベンダー色の髪の毛がサラリとなびく。以前目を覆うようにつけられていた独特なマスクはなく、彼の顔の造形の美しさが露わになっている。

「面会は30分です」

先月と同じ台詞を残して案内役の看護師が403号室を去ると、ナマエはベッドの横にある椅子に座った。

「昨日はよく眠れた?」

「ああ。薬が出てるからな」

「睡眠導入剤?」

「悪夢を見させる薬さ。嫌で堪らないのに薬のせいで朝まで目が覚ませない」

「……メローネ……」

「……そんな顔するなよ。ちょっと冗談を言ってみただけだ」

「本当に冗談なの?」

「悪夢は見る。それで目が醒めるとまだ部屋は真っ暗で自分が生きてるのか死んでるのか解らなくなる。それでも薬は効いてるからまた寝ちまって、朝目が醒めると今度は真っ白い天井が見えるもんだから、ああやっと死んだんだなと思ってるとさっきの看護師が朝の検温にやって来るんだ。彼女の顔はどんなものよりもオレがまだ生きてる事を実感させてくれるよ」

アハハハッ!と歯を見せて笑うメローネを見てナマエはとても笑える気がしない。
駅で蛇に噛まれた痕が開いた口から見える舌に残っているのを見つけたからだ。
ナマエがあの駅に待機していなかったらメローネはあのまま死んでいただろう。救急車で運ばれる彼の同僚として救急病院まで同乗して、メローネが目を醒ました頃にはもう全ては終わっていた。
ナマエたちが属していた暗殺者チームはもうない。生き残ったのはメローネとナマエの二人だけだ。
まだ若いボスが残存する裏切り者たちの動向を探るのは至極尤もな事で、居場所を探し出した組織の幹部はボスの指示の下二人を引き離し、メローネをこの隔離施設に入れナマエを組織へと戻した。
メローネと引き離されたナマエは幹部に連れられてボスの前に跪き、新たな忠誠を誓ったのは一年前の事だ。

――あなたの忠誠心を信じようと思います。その為にあなたにはひとつ仕事を任せましょう。彼、メローネを月に一度見舞い、そこで話した事や彼の様子をぼくに伝えてください。簡単でしょう?

メローネを人質に取られたナマエに選択肢はなく、それからずっとこうして毎月彼の病室を訪れている。
ナマエは訪問の裏に隠された秘密を話した事はないが、組織に属していた経歴はメローネの方が長い。頭の良いメローネには何もかも解っているだろうと思われた。
一緒にあのチームにいた頃のメローネは興味を示したものに対しては質問攻めにし、全てを知るまで決してやめないような所があったが、今の彼はナマエが質問しなければその口を開かない。
それは薬のせいでというよりも彼が意図的にしているのだという事は、先程のメローネの饒舌ぶりを見れば解る。
現に今も笑えるような気分ではないナマエがじっと口を噤めば、メローネもまた口を閉ざしてカーテンが揺れるのを見ている。

「……メローネは何も聞かないね」

「うん?」

「私がここに来ている理由は恐らく気付いている通りだけれど……こうするしかないって事も、」

「ああ、解っているさ」

「だから、何も聞かないの?」

「聞くって何を?例えば?」

「そっちの天気はどう、とかさ、たったそれだけでもいいんだよ」

「ナマエがいるネアポリスの天気を知ったところで、オレはここから出られないんだから意味ないだろう」

「意味、は、ないかもしれないけれど」

カラカラに乾いた喉に言葉がくっついて上手く話せないナマエに対してメローネは冷静な顔で淡々と言葉を続けた。

「なァ、もしかして何か勘違いしてないか?」

「なに、」

「君に興味があるだとか心配しているだとかそう言う感情はオレにはこれっぽっちもないんだぜ?どちらかと言えば毎月毎月、つまらない話を聞かされてうんざりしている」

「うんざりって……そんな言い方……私はメローネの事が好きなのに酷いわ」

「それが勘違いだと言っているんだ。同じチームにいて共通の目的の為に戦って生き残った二人だからそう思うだけで、そんなものは好きとは呼ばないんじゃあないか?そもそもオレは好きとか愛だとかよく解らないが」

「勘違いなんかじゃない。私はあなたの事を本気で、」

「オレは君が嫌いだ。どうしてここに入れられたのが君でなくオレなんだ?逆でも良かった筈だし隔離されるなら二人ともされるべきだ。不公平じゃあないか。どうしてナマエだけ自由でいられるんだ?オレが毎日ここでどんな暮らしをしているか考えた事はあるか?ないだろう?君のそういう自分勝手な所、本当に嫌いだな」

メローネの言う事は的を得ている。ナマエはこれまでメローネの代わりに自分がこの施設に入っていたならば、とは考えた事もなかった。スタンド能力の性質からメローネが隔離がされた事にどこか納得し違和感すら感じずにいた事を敏い彼が気付かぬ筈もない。
自分より良い待遇で外の世界をある程度自由に行動出来ながらもナマエは毎月メローネを見舞い、憐れみを掛けてきた。そんな相手にメローネが何も聞かないのは至極当然である。

「もうここへは来ないでくれ。ナマエの顔を一番見たくない」

「……メローネ、ごめ、」

「ボスにはオレが正気を失ってこれ以上会話が成り立たないとでも報告すればいい。こんなところに閉じ込められてちゃ、遅かれ早かれそうなるからな」

メローネはナマエの謝罪を遮るようにそう言ってしまうと口を閉ざして目を瞑る。
もうカーテンは揺れてはいなかった。

「Addio,メローネ」

二度と会えないだろうメローネに対して別れを告げて、ナマエが部屋を出る。最後までメローネから返事はなかった。
もうこの真っ白な廊下を通る事もないだろう。エントランスから出たナマエは溢れる涙を耐えきれずぼろぼろと零し、振り返らずに駆け出して行く。
それを403号室の窓からメローネが見ていた。次第に小さくなっていくナマエの後ろ姿を見つめながらポツリと呟く。

「Stammi bene,ナマエ」

オレの為に元気でいろよ、と言った言葉はナマエには届かない。メローネにはそれで良かった。

「ナマエには元気でいてもらわないと、折角ああして嫌われたのが無駄になっちまうからな」

先程ナマエにぶつけた酷い言葉の数々は全てメローネの気持ちとは裏腹なものだ。
ここに入れられたのがナマエでなく自分であって良かったと思っているしナマエの事を愛している。
確かに好きだとか愛だとかよく解らなかった。しかしそれを変えたのは間違いなくナマエであり、メローネにとって初めての愛だったのだから。



403 Forbidden

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