切れて血が滲む口唇の端に消毒液をたっぷり吸った脱脂綿がピンセットで押し当てられて、じくりと沁みた。
その痛みに思わずナマエが眉を潜めて伏せていた睫毛を震わせると、ナランチャが慌てた様子でピンセットを離す。

「ごめんな、沁みたよな?」

「へいき。ありがと」

「……あ、いいよ!俺がやるから」

弱々しく答えたナマエが救急箱に手を伸ばしたのをナランチャが止めて手当てを続ける。
ナマエの美しい顔には不似合いの傷や痣が沢山ある。
それは腕や足にもあって、きっと見えない服の下にも及んでいるのだ。
日にちがたって黄緑に変色した痣のうえからまた殴られたのか真新しい淡紅色の痣にナランチャは思わず眉をしかめる。

「……汚いでしょ。治る暇がないの」

「汚くなんてねぇよ。ナマエはずっと綺麗だよ」

ナランチャの言葉は本心なのに、長い髪の毛で目元の傷を隠しているナマエには届かない。
ただぼんやりとナランチャを見つめては悲しそうに笑うのだ。

「……なぁ、もうアイツと付き合うのやめなよ。こんなのおかしいじゃん」

「そうだね」

ナマエはフーゴの恋人だ。
付き合ったばかりの頃は仲の良いふたりだったのに、数ヶ月前からナマエの顔や腕に痣が出来始め、今ではこの有り様だ。
気温が高いある日、たまたま袖をまくったナマエの腕に変色した痣を見つけたナランチャが、こうして秘かに手当てするようになって大分経つが、日に日に痣の数は増えていく一方で痛々しいのを通り越してフーゴに対して怒りも湧いた。
手当ての度に別れるよう説得するが、それでもナマエはフーゴと別れなかった。

「……そんなにフーゴのことが好きなの?」

「……ええ」

「フーゴじゃなきゃ駄目なの?」

「……多分ね」

「俺ならこんな酷いことナマエにしないのに」

「きっとそうね」

自分のことのように悲しむナランチャを見てナマエは微笑んだ。
ナランチャなら私を殴ったりはしないだろう。
だが可哀想な私でなくなった瞬間、ナランチャはきっと私を愛してはくれない。
フーゴに殴られている私だからこそ、ナランチャはこうして手当てもしてくれるし救いだそうとしてくれるのだ。
ナランチャからの同情が欲しい。
ただそれだけのためにフーゴに殴られている。
きっとフーゴもその事にとっくに気付いていてそれでも別れない。
彼は彼なりに私のことを愛しているから。
私のことを誰にも盗られたくないから。
もうとっくに私の心がナランチャに奪われていると知っている彼は私を罵倒し殴る。
そして私は真新しい痣を引っ提げてナランチャのところへ行くのだ。
ナランチャだけが、この抜け出せない地獄のような現実を知らない。

「包帯巻くからちょっと腕上げてて。……キツくない?」

「平気よ。ありがとう、ナランチャ」

白い包帯がくるくると腕に巻きついて、ナマエの秘密を隠していく。
午後の光を受けて丁寧に巻かれた包帯が目映い。
その白さにナマエはそっと目を閉じた。


包帯の下の秘密

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