情報チームのオフィスに珍しく女性の客がいる。
ブチャラティチームのアデレードだ。
ここでもベッラは人気のようで、本部に入った時から熱のこもった視線を向けられる。
情報チームのリカに用があってやって来たが、生憎彼女の手が空いてなく待っているところだ。
「アデレードさん、お待たせしました」
「Ciao,リカ」
リカがオフィスのドアを開けて姿を見せると、アデレードは立ち上がって彼女に挨拶のバーチをする。
DiorのジャドールとCHANELのアリュールの香りが交差した。
「これ、頼まれていた書類よ。ブチャラティが手を離せないからおつかい」
「わざわざすみません。ありがとうございます」
「Va bene.私もリカに逢いたかったからいいの」
「ブチャラティさんが聞いたら嫉妬されちゃいますよ」
「させとけばいいわ」
「相変わらずで羨ましいです」
「あなたも、と言いたいところだけれど。そのリップ、……誰に汚されたの?」
「……え?」
アデレードがリカの口唇を指して言う。
鮮やかな赤が口唇にじわりと滲んでいる。
リカは指摘されたことを理解して僅かに動揺した。その反応だけでアデレードは何もかも解った気がした。
「なるほどね。リカも隅に置けないわね」
「え?」
「男が女にリップを贈る意味ってそういうことよ、リカ」
アデレードが意味ありげに微笑む。リカは気になってデスクのパソコンの前に座った。
検索してみてその結果に驚いてアデレードの名前を呼ぶと、既にアデレードの姿はなく、リカは驚きと羞恥の感情をもて余しキーボードに突っ伏すしか為すすべがなかった。
「……いや、でも向こうだって知らないで贈ってるだろうし。うん、絶対知らない」
キーボードに顔を置いたまま独り言をぶつぶつと呟き、納得仕掛けた頃、ギアッチョがドアを開けた。
「邪魔するぜぇ!!」
「……返事してから入ってください」
ああ、何て間の悪い。
リカはそう思うしかなかった。
ギアッチョがリゾットの代わりに書類を出しにきたのだと言いながら、デスクに書類を置く。
キーボードに突っ伏すリカの横顔が真っ赤に染まっていて、それを見たギアッチョは、ああ、と頷く。
「何だ、そんな顔して、……解ったのかよ」
「……」
「おい、リカ」
ギアッチョの呼びかけにリカは無言のまま顔を動かしてキーボードを操作する。
画面に現れた文字に今度はギアッチョが黙った。
[
ingiusto!]
意味も解った上で嫌がっていないことを察したギアッチョは未だキーボードと一体化しているリカの頭に顔を近づけた。
「……そんじゃあ、覚悟しとけや」
チュ、とつむじにキスを落とされ「遠慮はしねぇ」と囁きを残してギアッチョは部屋を出ていく。
[くぁwせdrftgyふじこlp]
ディスプレイに意味不明の言葉の羅列を残して、パッショーネのシステムが一時システムダウンになった。
「ブチャラティ。頼まれた書類を届けてきたわ」
「Grazie,アデレード。変わりはなかったか?」
「そうねぇ……これから楽しくなりそうよ」
「?何のことだ?」
「ふふ、秘密よ」
あの子には内緒
ひそやかに、始まる恋