スパンッ!


勢い良く大広間の障子が開けられた。
不安と悲しみ一色に染まる大広間、そこに黒色で統一された着物を着崩し捲られた片腕から覗く刺青を目立たせる青年が足を踏み入れた瞬間だ。青年の瞳が一際大きく見開かれ足を止める。その場の空気が氷の様に凍てつき、顔を強ばらせた。


「若様……」

「香乃(かない)、これは…どう言う事だ…?」


自分の目の前に横たわる人。白い着物に身を包み、腹の上には組まれた細く白い手。ほんのり赤い唇から微かに血色の悪い青紫が滲んでいる。


「俺様は生きていると…まだ助かると聞いていた!そう言ったのは香乃!!お前だろっ…!?」

「落ち着いてください若様、皆思う事は同じ…私も郁様の死に心傷んでおります。ですが、今は…」

「誰が落ち着いていられるか!郁(いく)がっ…郁が死んだんだぞ!?人一人が死んだんだッ!!!」


声を荒げ悲しみを剥き出しに香乃に問い質す。だが香乃と呼ばれた男は口を割らない。
苛立ちと悔しさが脳内を支配し、身体全部の力が抜けヘタリと床に膝をついた。


「……若様…お気を確かに、」


傍に香乃が歩み寄り背中をさする。恭一郎の頬に一筋の塩水が伝い黒い着物をより一層黒く染め上げた。
大広間が騒然となる中、廊下から騒がしい声が聞こえてくる。


「いけません頭首様!」

「どうか部屋にお戻りを!」


ドタバタ。人が薙ぎ倒されていく姿が障子に浮かび上がり、閉まった筈の障子が再び豪快な音と共に開けられた。
真っ白な着物、白に近い白銀の髪の毛、鋭く冷えた銀色の瞳。広間に集まった人間は大口を開けたが、直ぐに頭を下げる。


「……梓、お前…」

『郁が帰って来たと聞いたんだがな…おい恭一郎、郁は?』

「…――それが…」

『はっきり言えよ、回りくどいのは嫌いだ』


恭一郎の目の前で仁王立ちになり質問を直球でぶつける梓。だが恭一朗は無言。


「梓様、失礼ながら私が御説明致します。」


すかさず香乃が前に立ち梓に状況を話そうと口を開いた時、梓の鼻がヒクヒクと何かを嗅ぎつけた。臭いの元に目を向けると数秒固まった。愛する婚約者がやせ細った小さな身体で棺に収まっているではないか。梓は足を郁の元に向かわせる。


「梓…実は、な」


漸く恭一郎が立ち上がり梓と目を合わせた瞬間、梓は何と郁の入っている棺を引っくり返した。
その場に居合わせた全員が目を見開いた刹那の出来事。


『良く出来た人形だな…茶番はいい、事実を話せ』


鋭い眼が鋭さを増す。
その目を見た恭一郎は「やれやれ」と肩を竦め口元に笑みを浮かべ言った―――…


「やっぱ梓は鋭いね、直ぐに嘘がバレちゃったよ。でもさ、迫真の演技だったっしょ?」

『茶番はいいと言った筈だ』

「あーそうだったね…まぁ簡単に事を纏めてしまえば郁はもう死んじゃったよ。俺様が駆けつけた時には息を引き取った後だった。原因は――死体解剖なんてしなくても見て明白、郁は虐めにあってたみたい」

『虐め?』

「そっ、虐め。そりゃー酷い姿だったよ?爪は剥がされ、髪の毛なんてそんなに残ってなかった。指と言う指には釘が生で刺さりっぱなしで、痣や火傷の跡も目立ってたね」

『犯人は?』

「さー?そこまではまだ手は出してないよ、だって勝手に動くと梓怒るんだもん。でも調べなくてももう分かってるんじゃない?ねぇ?」


恭一郎は意味ありげに笑みを深めると足を進める。そこには暗幕がされていて先は分からない。暗幕を掴み梓を見る。


「死体見てみる?見れたもんじゃないけど―――…」


ちょっとだけ顔を青くする恭一郎。周りの人間も生唾を飲み込み、必死に現状を理解しようとしている。


『当たり前だ』

「りょーかい」


バサッと暗幕が畳に落ちると同時に異臭が鼻をつき、部屋全体を満たしていく。臭いを嗅いで我慢しきれず嘔吐する者、気絶する者が多数続出。
そんな中梓は臭いの元に足を進め、立ち止まる。変わり果てた愛人の姿、もう誰か判別するのすら難しい。ただ唯一、左手の薬指にハマっている婚約指輪…それが嘘ではなく郁本人だと主張した。
梓は郁にそっと近づき腰を下ろす。近くで見れば見る程醜い姿が目の当たりに。腐敗臭もきつい。


『随分と立派な死に化粧じゃないか、なぁ?郁』


殆ど残っていない顔の皮…僅かに残っている部分に触れる。――冷たい…死を理解するには充分な温度だった。


「梓」

『恭一郎、郁の死体処理は任せた。ボクにはしなくてはならない事が出来た』


密かに怒りを秘めた瞳…悲しみに揺れる感情を押さえ込み、最後のキスを冷たくなった唇に落とす。少しがさついた小さな唇――…名残惜しそうに撫で立ち上がる。


「若様、郁様の御遺体は責任もって我々が埋葬致します。あなた様は梓様の御側に―――…」

「うん、いつも悪いね香乃。悪いけど頼んだよ。俺様は梓の傍でこれから始まる出来事をしっかり目に焼き付けてくる」

「はい、私共も承知の上。梓様には若様が必要です。どうかお気をつけて…」

「うん」


部屋から出て行った梓の後を小走りで追いかける。
その背中をただ、静かに―――…香乃は見送った。



これは、まだ序章に過ぎない。
この少女の死を切欠に全ての歯車が狂い出す。


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