■ 04.まるでプリンス

 そろそろ新学期が始まる8月中旬。留学の手続きは、もちろん日本でしてきたものの、教材など、買い揃えるものはたくさんあった。
 一日で購入するのは無理があるので、まずは数学、語学、理科などの教科書類を買うことにした。

 学校のHPに記載されている、必要な教材をプリントアウトした紙(パソコンなどは、テレーゼに借りた)を片手に、大きめの本屋へ向かった。ほかの学生たちは、既に学校で手に入れたらしく、今の時期に教材を買いに行くのは、私のような転入生かそれともよっぽどのんびりな人だけだ。

「そんなにおめかしして、どこか行くのかい?」

 最近の私は、部屋着を着て家でごろごろ過ごしていた為か、ちょっと髪をセットしてまともな服を着ているだけで、こいつはこんな事を言った。

「別に、特別おめかしなんてしてません。買い物に行くだけ」

 10日間ほど彼と暮らし、いくつか分かったことがある。

 まず彼は、人間、と言うかマグルを極端に嫌う。理由は分からない。リドルに尋ねてみたら「君はイモ虫を好きになれる?」と返されてしまった。

 私たちはイモ虫なのか。

 テレーゼが来たとなれば、露骨に嫌な顔をし、不機嫌さを隠そうともしない。それからしばらく日記にこもりっきりになる。それで私が困ることはないけど、仮にも同居人に、私の友達を悪く言われるのは良い気分じゃない。

 その次に、リドルはかなり口が達者だ。いつも私をバカにしたような口の利き方をする。負けじと言い返そうとするものの、返り討ちにされることがほとんどだ。英語だから、日本語だから、という問題だけでなく、リドルは他の人と比べると、とんでもなく頭の回転が速い。
 
 とにかく、この数日で私たちが仲良くなったのか、と言われればちょっと疑問が残るところだ。


「じゃあ、行ってくるね、ちゃんと大人しくしとくのよ」
「僕をペットか何かと勘違いしてるんじゃないの」
「あなたみたいな生意気なペットいらないんだけど」
「そう?僕みたいな美少年がペットだなんて、誰もが羨ましがると思うよ」

 これでもか、というほど嫌味な笑顔でそう返してくる。自分がどれだけルックスが良いのか自覚している笑顔だ。確かに、どこをとっても非の打ちどころのない美少年ぶりだ。悔しいが認めよう。

「何バカみたいな事言ってるの。そもそも、あなたがペットになるような質だと思わないけど」

 なんて、嫌味の言いあいが続く。

「ねえ、どこに行くの」

「あなたには、全く関係の無いところよ」
「僕も連れて行ってよ」

「はあ?家で大人しくしてて、って言ったでしょ」
「僕だって、我慢してるんだよ。ずっとこの家の中から動けずに過ごしてるんだから。本だって、君の母国語だから読めないし、話をする相手だって君しか居ない、君しか」

 君しか!と強調して不満をこぼす。とてもうんざりした顔で言ってくるけど、幽霊ごときにこんな文句を言われる私のほうがうんざりだ。

「……悪かったわね、私しかいなくて!でも今日は無理。学校に行く教科書を買ってくるの。本を買いに行くのにどうしてこんな分厚い本を持っていかなくちゃいけないのよ」

 彼にはいくつか制約のようなものがあって、日記帳そのものからあまり離れられないとか、力を使いすぎたら半透明の姿を保っていられないとか、いろいろあるらしい。詳しいことはよくわからないけれど。

 私がそう言うと、ちょっと不服そうな顔をしつつ、納得したのかしてないのか分からないような返事をして、そう、いってらっしゃい、と小さな声で私を見送った。

 別に、私が悪いわけじゃないと思うんだけど、あんなふうに大人しくされると、ちょっと罪悪感。


 学校指定の本屋はアパートからそう遠くない。本屋といえばちょっとトラウマものだけど、今日のお店はいたって普通の絵に描いたような本屋さんだ。

「えっと、セント・ダンヒルの生徒なんですけど、このリストの教科書、用意してくれますか?」

 店員さんは、リストをじっと見た後、レジの奥に本を探しに行った。手持ち無沙汰になった私は、店内をうろうろ、特にあても無く歩く。この前のおかしな本屋と違って、なんとなく見たことのあるような本が並ぶ。聞いたことあるのは少ないけれど、それでもあそこよりは随分とまともだ。


 本だって、君の母国語だから読めないし


 うーん、一冊くらいなら。彼の暇つぶしのために本を買ってあげても良いかな、と思い、何か良い本が無いかと探す。

 どんなジャンルが好きなんだろう。

例えば、ロマンス、あれが恋愛ものの小説を喜んで読むとは思えない。ヒューマン物?うーん、「感動の再開」とかでうるうるしそうなイメージは湧かないし、もしそうだったらちょっと気持ち悪い。ホラーとかは、……あの人自体ホラーだし。アドベンチャー、とかも読みなさそう、非現実的とか言って。

 なんだ、あれが好みそうな本って。

「なんで、私が悩まなくっちゃいけないのよ!もう、なんでも良いや」

 推理小説、これだ。もう探偵が犯人を明かす前に、犯人分かっちゃいそうな気がするけど、もういい!

 「おすすめ!」の札がついた小説を一冊手に取り、レジまで持っていく。店員さんも、たくさんの教科書を紐で縛っているところだった。

「これも、ください」
「ええ、そこに置いといてちょうだい、あとで一緒にお会計しますから」



「おっも……!!」
 道端に教科書の山を置いて、休憩。雨じゃなくて本当に良かった。たまに、大丈夫?と声をかけてくれる人もいたが、流石に見ず知らずの人に持たせるわけにも行かず、苦笑いで、なんとか、と答えるだけに留まっていた。

 アパートまであと少し。よし、気合入れていくぞー!

「ねえ、大丈夫?」

 あー、もう、せっかく気合出したのに!他人ににこにこする心の余裕はないっていうのに!

「はい、まあ」

 とりあえず、愛想よく答えておく。まあ、相手に悪気は無いわけだし、むしろ助けてあげようと思ってくれてるんだから、仕方ない。

「あれ、君もしかして七瀬さん?」
「そうですけど……どうして?」
「やっぱり」
 にこ、と爽やかな笑顔と共に、教科書を持ってくれた、男の人。

「僕もあのアパートに住んでるんだ。君の事は、日本からかわいい女の子が来たって噂になってたからね。この教科書みて、例の子なのかな、と思って声掛けてみたんだよ」

「え、でも荷物……」

「ああこれ?女の子が大変だよね、こんなたくさんの本持つなんて」

 さすが紳士の国万歳!とりあえず、甘えちゃおう。

「僕はエリック、よろしくね、七瀬」
「よろしく」

 あとはちょっとした世間話をして、アパートへ向かった。あんなに重い荷物を持ってくれながら、話の相手も出来るなんて、すごいなあ、と感心。

「ありがとうございました!とっても感謝してます」

 わざわざ私の部屋の前まで荷物を運んでくれたエリック。

「いやいや、こんなにかわいい子のお手伝いができて僕もうれしいよ」
 なんて、照れる事をさらっと言ってのける辺り、日本にはそうそう居ない人種なんだと、海外の異文化さを改めて実感した。
 じゃあね、と爽やかに去っていく姿はまるで王子様。いや、これは言いすぎか。

 あんなふうに声を掛けられるなんてことは、日本では無かったから、浮かれた気分で帰宅。といっても鍵を開けるだけなんだけどね。


「たっだいまー!」

 私のいつもよりワントーン高い声に、怪訝そうな顔をしながら
「おかえり、なんだか上機嫌だね」
「そうなの、やっぱり、イギリスって素晴らしいね」

 何かエリックにお礼をしなきゃいけないなー、と思いつつ教科書を本棚にしまっていく。ぱらぱらと見た感じ、まあ、授業についていけそうだ。ただ、知らない英単語がちらほらあったので、予習は必須かもしれない。


 あともう少しで学校が始まる。変なのがうちに住み着いちゃったけど、なんとかなりそうだし、頑張ろう。

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