■ 07.リドルの日記

 ぼんやりと窓の外を眺めていた。七瀬という、唯一の話し相手が学校に行っている今、特にこれと言ってする事がない。
 七瀬が以前プレゼントしてくれた推理小説もとっくの昔に読み終えていた。それも、何度も読み返したくなるような興味のそそられるものではなかった。

 七瀬は今はもう21世紀だと言っていた。僕がハリーポッターに敗れてから約20年、そして、生まれてからもう80年以上経っていることになる。

 僕はヴォルデモートの過去にすぎず、それ以上でもなければ、それ以下でもない。
 記憶としての僕がずっと感じていたヴォルデモート自身、つまり16歳の僕の魂はもう感じられない、きっとあの時にバジリスクの毒牙によって消し去られたのだろう。孤独には慣れていたが、何年も共に眠ってきた何かが無くなると、少し物寂しい気もする。

 今の記憶としての僕に何が残っていて、何が残っていないのか。

 それを早いこと解明する必要がある。

 僕は今、純粋な意味での肉体は持たない。七瀬の魔力のおかげで実体を保つことが出来るが、それは血が通った肉体ではない。
 自分の好きなように魔法を使うのも難しいようだ。日記のせいで好きに移動するのだって難しい。


 結局のところ、何をするにしても七瀬に依存してしまっていることは否めなかった。


 ここ最近めっきり増えたため息をこぼし、日記の中に戻った。何か考え事をするには日記の中が良い。住み慣れて落ち着ける場所だ。
 実体を持たないからといっても、いつものようなゴーストもどきの格好でいるのは魔力を余計に消費することになる。

 日記の中は暗い。暗くて静かだ。

 ついこの間、僕が下手くそな字で再び目を覚ましたとき、いろいろな物が変わっていた。時代や、場所、何もかもが違っていた。おまけに拾い主は日本人ときた。己の運の悪さをこのときばかりは呪ったが、今ではあまり気にならなくなった。

 それよりも、これからの事が気になっている。

 今さら世界征服をしようとは思えなかった。足りない物が多すぎるし、何より理想としていた純血だけの世界は確かに魅力的ではあったが、ただそれだけだ。

「どうしたものか」

 再び日記を出て何気なく窓の向こうを見やる。あのずっと先には懐かしいホグワーツが聳えている。僕が世話になった教師はもう亡くなってしまっているだろう。

 長年培ってきた多くの信頼や評価は、ここでは全く意味がないものになってしまい、自由に動ける身体も失ってしまった。

 そして、僕自身も、既に居なくなっているはずだ。結局、ヴォルデモートが死から逃れる事は出来なかったようだ。

 そこに、何も出来ない自分を嘲りたいかのように、廊下からけらけらと笑う声が響いてきた。そうか、そろそろ七瀬が帰ってくる時間だった。


 七瀬は一応は僕の命の恩人であると言えるだろう。
 七瀬の魔力のおかげで、僕はここに存在することができる。長い眠りから僕を目覚めさせてくれたのは七瀬だ。だからといって特別なものを感じているわけではないが、今は七瀬の好意に甘えさせてもらうことにしている。

「ただいまー」

 向かいに住んでいる七瀬の友人であるマグルと何かくだらない事でもお喋りしていたのだろう、ずいぶんとご機嫌な様子での帰宅だ。友達と別れたのにまだ笑いが止まらないようで、口元がかなりだらしない。

「おかえり」

 わざわざ玄関先まで行って、こう言うのはもはや習慣になりつつあった。僕が幼く、小さかった頃は、こんなふうな家族ごっこに少なからず憧れたものだった。いつも自分の本当の我が家を探していた。馬鹿馬鹿しい、そんなものは存在しない。愛など、くだらない。

 愛情など必要ない。

 そんなことはとうの昔に気付いたことだった。まあ、実質的にも大昔なのだが。圧倒的な力の前に、愛はあまりにも不確かで脆すぎる。
 僕は強固な力が欲しかった。

 今となっては、それも無理な話なのだけれど。


「どうしたの、神妙な顔して」

 グラスとピッチャーを両手に持ち、冷蔵庫の扉を足で閉めながら、七瀬がキッチンの向こうから声をかけてくる。無神経な女だ。

「ちょっと七瀬、足で閉めるなんて横着しないで、手を使いなよ」

 あはは、と呑気に笑いながら、グラスに水を注いでいる。一緒に住むようになって日が経つと、何故なのか、隙が出来るというか、七瀬はどうも人の目を気にしなくなってきたような気がする。運動不足だから、と突然逆立ちをし始めたり、たまに鼻歌まで歌っている。

「ついついやっちゃうのよね」

 豪快に水をゴクゴク飲みながら、テレビのチャンネルをいじっている。テレビというものも、僕の知っている世界には無かったものだ。マグルの世界は僕が思っていたより発展しているらしい。

「そんなのだから、君には彼氏が出来ないんだよ」
「リドルは性格の悪さが直ったら彼女ができるかもしれないわね」
「七瀬には悪いけど、僕には顔の良さがあるからそういう心配はいらないんだよ」

 テレビを見ていた七瀬はジロッと僕を睨んだ。口角を上げ、なにか?と小首をかしげてみせる。

 しばらくはこういう何も考えなくてすむ暮らしも良いかもしれない、僕は近ごろこう考えるようになっていた。

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