男が飴を食べ始めて、三日が経った。
食事は殆ど摂れず、どうやらほぼ寝ていないらしかった。男は恐ろしい程急速に痩せてしまい、顔色は悪くなる一方だった。顔だけでなく全身の肌も赤みを失い白く青ざめていった。
男は寒いのかずっと震えていた。絶えず震えている男の手枷と足枷は常にカチャカチャと音を立てていた。震えているのに噴き出す汗は絶えず額を伝っていた。

「寒い、ですか」
「…わ、からない…」

衰弱する男はうなだれ、落ち窪んだ目元は常に半開きで虚ろだった。視線は何も捉えず、片方にもたげた首が見せる物をぼんやり見ていた。
娯楽も何もない牢屋で、負の空気が流れ、男は笑う事などしなくなった。
死なせないという仕事よりも私は男自身の事が心配になっていた。このまま何も見つめないで死んでいくのではと恐怖した。
私は喋らない男の代わりに、私の過去や私自身の話をした。

「両親の思い出はいつも夜中です。帰ってきた父が眠る私のうなじにキスをして愛してると言っていました」

震えている男に私は自分の毛布をかけた。両腕を頭上で縛られているので上半身にかける事が出来ず、足だけにかかっていた。私はもう自分の牢屋には戻らず、眠る時も男の隣で丸くなって寝ていた。毛布がないので冷たい床の上で少し凍えたが、男から毛布を取り返そうとは思わなかった。

「ですが、両親は死にました。私が10歳になる年に」

男は聞いているのかいないのか、一度も私を見ないでいた。
その後、私がこの屋敷に来るまでの話をしたが、その時の私の失敗話を聞いて、男は二日ぶりに笑った。私は笑ってもらえた事が嬉しく、つられて微笑んだ。
男は笑った事で手枷を大きく揺らし、そこで苦悶の表情を浮かべた。滲んでいた血は黒く固まり、腕と足首には青アザが出来ていた。

「腕…痛いですか」
「…全身が痛い、そろそろ…頭がオカシクなりそうだ…」

今までそんな訴え、最初の日にしかしていなかった男は日に日に増す痛みに黙って耐えていたのだ。
私は決心をした。頭上に上げた状態の腕を手枷は外さずに下に下ろせるように壁に繋がる鎖から離そう。それによって私が襲われても、もう構わない気がした。
勝手に拘束を解くとなると仕事を与えてくれた上の人間達に、今度は私が酷い扱いを受けるかもしれない。それだけが恐怖だった。
しかし男には私を襲う気力など、もうないように見えた。

「手枷は外せませんが、鎖を外します」

男は何も言わずに頷いた。
私はしばらく使っていなかった鍵束を取り出して壁と繋がる鎖を外す鍵を探し、鍵穴に指して回した。
男の腕は重力に従い、力無い動きで男の足の上に落ちた。

「ああ…この方が、楽だ」
「よかったです」

男が座っていたパイプ椅子をどけ、男はしゃがみこめる形になった。とたんに男はギュッと丸くなり、震えたままで唸った。
私は足の毛布を取り、男の肩からかけた。男は体を揺らしながら目を閉じて眉を寄せた。どうしてそんなに辛そうなのか、私は何か痛がるような事をしたのかと、離れて立ち上がった。
するとあまりに予想外な事に、男は泣き出した。今まで酷くプライドを保っていた男の、突然の崩壊に私は狼狽えた。

「…っ、う…っあああ」

低い声で男は泣き声をあげた。
自分を小さくたたみ、膝に額をあずけて泣く男の姿があまりに哀れで、私も悲しくなり再び男の隣に座った。
男が完全に泣き止むまでの長い時間を、私は男に決して触れずに隣に座り続けた。

それから三日が経った。
男の胃は幾分、食事を受け入れるようになっていた。吐き気は催していたが、初めほど酷くはなかった。
男は腹も壊しているのか、排泄物は正常な物ではなかった。私はぼろ布で男の尻を拭き、バケツに排泄された物の掃除と一緒に布を毎回洗っていた。
私が男に触るのはそれを拭く時だけで、それ以外は決して触らなかった。触ったからといって何かあるわけではないが、触ってはいけない気がした。
栄養を多少補給出来るようになったおかげか、男は会話をまたするようになっていた。相変わらず眠れない様子で、私が見ている間に寝ている事はなかった。
私達は風呂に入らず、流しきれない男の吐瀉物や排泄物の匂いも漂い、非常に臭かった。そこで私は看守に頼み、洗剤やブラシを貰って男の牢屋を掃除した。
いくら牢屋を綺麗にしても私達からする匂いは漂い、結局異臭から解放はされなかった。

「体を洗いましょう」

看守に再び頼み込み、水ではなくお湯を沢山用意して貰った。不思議な事にそんな要望にも看守は必ず応えていた。
私はまず、自分を洗った。お湯と一緒に貰った沢山のタオルを一枚お湯につけて、着ていた物を脱いで全身に石鹸を滑らせ、濡れたタオルで拭いた。しばらく切る事がなくて長く伸びきってしまった髪も濡れたタオルで拭いた。
急いでその全てを済ませた私は残りのお湯を持って男のもとに行った。男は開いた足の間に手枷の付けられた両腕をだらりと置き、背中は壁につけて私を見た。
私は急に緊張した。細く、脆くなってしまった男の体を私は触っていいのだろうか。壊れてしまわないだろうか、男はそれほどに生命力を感じさせない目を私に向けていた。

「石鹸の…匂いだ」

男は目を閉じて、大きく鼻で息を吸った。

「触っても、いいですか」
「…ああ…いいよ」

私はお湯のバケツ二つを横に置き、男の隣に座った。
私は自分を洗ったのと同じ要領で、しかしより丁寧に石鹸を手で泡だたせてその手でまず足の先から洗った。指の間や枷が付いている所などを指の腹を滑らせ、徐々に上の方を洗っていった。足枷をしているせいで完全に脱がす事が出来ないトランクスを一旦無視して、石鹸のついた手を男の腹に滑らせ、次に脇、肩、腕と順番に泡を付けた。私が男の手のひらを洗っていると、男はそれまでなされるがままだったのに突然手首をひねって指で私の指と指の間をなぞった。私はゾクリと鳥肌が立ち、すぐに男の手から自分の手を抜き取った。
男の顔を見ると、体重を壁にあずけている首の角度のせいで私は見下されているように視線を送られていた。
私は目をそらしてお湯にタオルを浸け、泡を付けた部分を丁寧に拭いていった。顔を拭く時、男は目を閉じて私のなすがままにさせていた。私は片手を頬に添えて、もう一方の手で丁寧に拭いた。唇は最初と変わらず乾燥してひび割れたままだった。
私は最後にトランクスの下を洗おうと思い、目をやった。すると男の性器は硬さを持って脈を打っていた。私は面を食らい、固まってしまったが、結局気付かざるを得ない物に気付かないふりをして男のトランクスをおろした。再び手に石鹸を泡立て、明らかな存在感を放つ男の性器にも素早く手を這わせて石鹸を付けた。無駄に快感を与えてしまわぬよう、素早くやったがそれでも拭き取る段階になるまでに男の性器は最高潮に盛り上がっていた。
拭き取ると果ててしまうように思え、私はバケツの中のお湯を少しずつ流し、泡を落とした。
泡を落とし終えて、私は再び男を横目に見た。男はいつもより息を上げ、口で息をしながらやはり私を見ていた。しかし何も言わず、うつむいた。
私は脈を打ちながらも徐々に落ち着いていく男の性器を徹底的に見なかった事にして、トランクスを引き上げた。
そのあと男の髪も拭き、全てを終わらせると、私と男は石鹸の匂いに包まれた。男の濡れた部分が冷めぬようにと、私は毛布をかけた。しかし男は寒さとは無関係に震え続けていた。

男は今までと様子を変えなかったが、私は男と目が合うたびに男の性器を思いだし、気まずい思いからか目をそらしてしまった。

二日後、夕食を終えて、男の食べ残しを私が食べていると、珍しく男から私に声をかけた。

「なあ…一つ、頼みが…あるんだが」
「はい、何ですか」
「…何でも、してくれるか」
「あなたを逃がす事以外なら、何でも」

男は私を見ていた。その先をなかなか言わない男から私は目をそらせなかった。

「…キス、してくれ」

私は持っていたフォークを取り落とした。口を半開きで男を見続けたが、男は弁解する事もなく、私の返答を待っていた。
私は一度視線を床に落とし、息を深く吸って吐いた。もう一度男を見ると男は浅い息のまま私を見続けていた。
私は男の隣に座り直し、男の座っているすぐ横に手を着いた。男は私を目で追い、一度も目をそらさなかった。
私は男の方に乗り出してキスした。男の唇はひび割れ、乾燥していたが心地良かった。私が離れようとすると男の首は私の口を追った。
私はその行動に離れ難くなり、男の頬に手を添えてキスをしなおした。男は口を開いて息を漏らして応えた。
私が離れると男は目を瞑ったまま、唇を噛んで舐めた。
私は息がつまり、男の牢屋を出て自分の牢屋に戻って座り込んだ。今しがたキスした自分の口に指を這わせて浅く息をした。私は床に涙が落ちるまで自分が泣いている事に気付かなかった。
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水仙と銃(2)



written by ois







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