8.


 まな板の上にある鶏もも肉の皮を剥ぎ、余分な脂を削ぎ落とす。包丁で一口大に切って、塩胡椒を振ってからオイスターソースと醤油と料理酒、砂糖とおろしにんにくを混ぜた漬け汁の入ったタッパーに入れる。ここまでしておけば、明日の朝はこれを焼くだけでメインのおかずは完成だ。あとは卵焼きを焼いて、ブロッコリーを茹でて、常備菜で適当に隙間を埋めればいい。
 明日は小学生の遠足の出張撮影がある。お昼なんて本当はコンビニで適当におにぎりでも買ってしまえばいいのだけど、それだとちょっと味気なさすぎるので、遠足や校外学習の撮影では周りに合わせてお弁当を持っていくことにしている。
 よし、と小さな声で呟いて時計に目をやれば、時刻は夜の二十一時過ぎ。これからお風呂に入って、カメラの本体とレンズを仕事用のリュックにしまい、バッテリーを充電器に差したらさっさと寝てしまおう。学校から出発するバスに添乗するスケジュールなので、明日はかなり早起きをしなければならないのだ。

「お? なんか作ってたのか?」

 その声で私の胸の奥が密やかに、そしてぎこちなく弾む。そんな感情の揺らぎは自分にしかわからない程度のささやかすぎるもので、キッチンの入り口に立っているお風呂上がりの彼──もとい、みっちゃんにはこれっぽっちも伝わっていないだろう。っていうか、そうじゃなきゃ困る。
 あーあ、不毛すぎる。こんな気持ち、気づきたくなかったなあ。
 そんなことを考えながら「うん、お弁当の準備してた」と簡潔に返事をする。まだ濡れている髪を肩に掛けたバスタオルでガシガシと拭いながら、いつもの如く遠慮なしに距離を詰めてきたみっちゃんは、私の手元にあるタッパーを覗き込んでいる。
 この近すぎる距離感だって、この人にとっては全然まったくなにも考えていない、尚且つ他意なんかこれっぽっちもないものであるということを、私はよーく知っている。なにせ、彼がパーソナルスペースを無視してとても自然に他人のテリトリーに入ってくるのは、ルームシェアを始めた頃から全く変わっていないのである。
 しかもそれは、ズケズケとしているのにとても自然で不快さを感じさせない。彼の持つ開けっ広げでわかりやすく、素直で真っ直ぐな憎めない人柄がそうさせるのだろう。まったく、とんでもなく恐ろしい才能だ。

「弁当?」
「明日の撮影、小学生の遠足だから私もお弁当持ってこうと思って」
「ふーん。……で、オレのは?」

 流れるように発されたセリフに、私は思わず首を傾げていた。
 オレのは、とは? 投げられたクエスチョンマークをそのまま打ち返してやりたい気持ちを抑えながら、もしかしてだけど、と言葉を紡ぐ。

「オレのはって……もしかして、みっちゃんもお弁当ほしいの?」
「ほしい、食いてえ」

 間髪を容れず返された返事に、思わずくすっと笑ってしまう。それ大して「なんだよ」と怪訝そうにこちらを覗き込んできたみっちゃんの視線から逃れるように、違和感を感じとられない程度に一歩横にズレて距離を取りながら「なんでもない」と首を振る。

「そしたら、作ってテーブルの上に乗せとくね」

 私のが家出るの早いと思うから忘れずに持ってってよ、と言えば、みっちゃんは「忘れるわけねーだろ」と腰に手を当てながら鼻息荒めに言い切った。そんな彼を横目に見つつ、漬け込んだ鶏もも肉のタッパーに蓋をして冷蔵庫にしまう。
 みっちゃんと私のお弁当を巡るやりとりはもう済んだというのに、彼は腰に手を当てたポージングのまま、何故か神妙な面持ちでじっとこちらを見つめている。
 なんだろう、と思いつつも、それを口にしたら負けな気がしたので、敢えてその視線には気づいていないふりをする。
 軽く手を洗い、下げてあるタオルで濡れた手を拭う。立ちっぱなしの彼の横をすっと抜けようとした瞬間、些か低めの声で「おい」と呼びかけられ、突然手首を掴まれた。

「もう、まだなにか?」

 みっちゃんの声につられるように、私の声も普段のトーンより少し低くなってしまった。お風呂上がりのせいもあるだろうが、彼の手のひらはぽかぽかとあたたかい。ただ手首を掴まれているだけなのに、それにすらどきん、と震えてしまう正直すぎる自分の心が憎たらしくてたまらない。

「……名前は、またオレの試合観にこねーのかよ」
「試合? えっと……なんで?」

 なぜかモゴモゴと、加えてどこか口籠るようなニュアンスで発されたセリフ。つい先程までは不躾なほど真っ直ぐ私に向けていた視線を、今度はふよふよと斜め上の方に泳がせているみっちゃん。その意図をはかり兼ねて問えば、彼は「なんでって……」と珍しく言い淀みながら眉を顰めた。

「オレもちゃんと仕事してっぞ! っつーのを見せねーと、みたいな……?」

 返された言葉のいちばん後ろには、ささやかなクエスチョンマークがくっついている。いつもはなんだって気持ちいいぐらい自信満々にキッパリと言い切る彼のらしくなさに、今度は私が頭の上にクエスチョンマークを浮かべる番だった。

「みっちゃんがバスケ頑張ってるのはちゃんとしってるけど」
「ちっげーよ! だからつまり……同居人の試合なんだから応援しに来いっつーこと!」

 勢いよく発された言葉のあと、私たちの間に流れた無言の時間。勢いに圧され、なにも言えないままぱちくりと瞬きを繰り返す私をじっと見つめていたみっちゃんが、はあ、と息を吐き出してから発した「そんなに観たくねーか?」という言葉は、今度はひどく落ち着いたトーンのものだった。
 観たい。そりゃ観たいよ、観たくないわけないじゃんか。
 そう素直に言うことが出来たならどんなに楽だろう。しかし、そうすることでこの思いがこれ以上大きく育ってしまうことがこわくてこわくてたまらなかった。
 存在していてもいいから、なるべくこのサイズのままひっそりと、そして同居生活が終わってからゆっくりとしぼんでいってくれたらと、そう思っていた。一緒にいる時間は最初から決まっていて、この状況も距離感も関係性も期間限定のものなのだ。
 こんな状態でみっちゃんの試合を観にいけば、気づかないうちに芽生えていたこの気持ちが膨らんでしまうことは容易に想像出来てしまう。自分が彼の活躍を眺めながらどんな感情を持って、どんな表情を浮かべてしまうのか。それを考えるだけで、顔面がじわりと熱を持っていくのがわかる。
 みっちゃんはルームシェアの相手で、つまり単なる同居人で、付き合いが長くお世話になっているオーナーのおじいちゃんのお孫さんだけど、もっと言えばそれだけだ。
 今はこうして一緒に暮らしているけれど、私はしがない一般人で彼はプロのスポーツ選手。人生を全うする中で本来はまじわることのない、住む世界が違う者同士なのだ。

「名前の甥っ子、ウチのチームのブースターなんだろ? また二人で観に来いよ」

 上手い躱し方がわからない私に向かって「この日とかどうだ?」と、目の前に突き出されたのはみっちゃんのスマートフォン画面。ほらここ、と彼の指で示されたのは、彼が所属している湘南ソルバーンズのホーム開催の試合日程であった。
 その強引さに圧されながらも「ちょっと待って」と返した私は、促されるままに自分のスマートフォンを取り出してスケジュールを確認していた。

「……なんもないけど、仕事が入らなければ、かなあ」
「いま空いてんなら入れんなよ! よし、チケットもらってくっからな!」

 ちゃんと観にこいよ! といつの間にかいつもの明るい調子に戻っていたみっちゃんは、子どもを褒めるように私の頭をぽんぽんと二度ほど叩いた。勢いに任せたそれは些か強めだったけれど、それにすらちょっぴりときめいてしまったことが悔しくて仕方ない。
 ほんとうにずるい、ずるすぎる。なにがって、あの男はなんの気無しにそんなことをしているに違いないからだ。ああいやだ、わかりやすくテンプレートどおりにドキドキしてしまっている自分がいやだ。
 そんな私の気持ちなんか露ほども知らず、先程まで纏っていたアンニュイな雰囲気などあっという間に吹き飛ばしたみっちゃんは、どこか軽い足取りでキッチンを後にした。リビングのソファー前にぺたりと座り込んだ彼は、おそらく入浴後のルーティーンであるストレッチでもするのだろう。
 この日常には、いつかぜったいに終わりがくる。
 甘くて酸っぱくて、そしてちょっぴり苦くて。でもそれを超越してしまうほどに楽しくて充実した日々の終わりは、毎晩眠りにつくたび確実に近づいている。それを心に留めておけば、勝手に膨らんでいくこの気持ちを少しでも押さえつけることができるだろうか。
 そんなことを考えながら小さく吐き出したため息は、重さに換算するならばなかなかの重量を備えていたに違いない。
 お風呂に入って、寝支度を整えてさっさと寝なくちゃ。気持ちを切り替えるべく小さく首を振り、どこか悶々とした空気の籠ったキッチンを後にすることにした。





「その日ねえ、もともと舜斗とパパも観戦予定でチケット確保してあるの」

 惜しいなあ、先週取っちゃったんだよ、と苦笑している姉は、キッチンでフライパンを振っている。
 最早第二の実家ともいえる姉夫婦の家のリビングで交わしている会話は、私がみっちゃんから手渡されたチケットの件についてだった。
 試合観戦の話をした次の日、さっさとチケットを確保してきたみっちゃんは「おらよ」とそれを私の手のひらに握らせながら「ぜってー来いよ!」と、念を押すように人差し指を立てた。
 そんなわけで、そのチームの熱烈ファン──もといブースターである甥っ子の舜斗の都合を聞いてみたら、返されたのはそんな返答だった。

「そっかー……。じゃあ、千夜子でも誘ってみるかなあ」

 リビングの上を縦横無尽に転がっている寝返りを覚えたての乳児の、こぼれてしまいそうな丸い頬を突きながら、うーんと斜め上を見上げる。
 千夜子は、予定さえなければ「えー、いくいく!」と二つ返事でついて来てくれるに違いない。まあ、その日に畳みかけられるであろうニヤニヤ笑いと質問攻めは、避けられそうにないけれど。

「それにしても名前と三井選手、ほんとに一緒に住んでるんだねえ」
「もー、それ何度目? 舜斗にはぜったいひみつだからね」
「言わない言わない、大騒ぎになっちゃうもん」

 パパにだって言ってないんだから、とこぼした姉のセリフには「誰かに言いたくてたまらないけれど我慢している」というニュアンスが大いに込められている。しかしながら、おっとりしていて穏やかで、わるく言えばゆるそうな姉はこう見えて口が硬い。
 みっちゃんたちのチームは明日からの土日をアウェーで戦うため、本日は移動日だ。それもあって、私はこうして姉夫婦の家にお邪魔して、更に夕飯までご馳走になろうとしている。言い訳をするならば、家にひとりでいるとどうしてもいろいろと考え込んでしまいそうで、とにかく気を紛らわしていたかったのだ。

「名前ちゃん来てる!? 靴あった!」

 ガチャリと玄関の開く音がした数秒後、リビングに現れたのは部活を終えて帰宅した舜斗だった。

「こら舜斗、帰ってきたらまずはただいま、でしょう?」
「ただいま! 名前ちゃんごはん食べてくの!?」
「うん、ご馳走になります」

 やったー! と拳を突き上げた舜斗は、ランドセルを背負ったままキッチンのシンクで手を洗い、リビングに転がる妹の頬を両手のひらでこねくり回すと、ドタバタと足音を鳴らしながら自分の部屋に引っ込んだ。おそらく、ランドセルをおろしに行ったのだろう。

「舜斗ー! 部活で使った練習着も出しといてね!」
「いまだしたとこぉー!」

 発された姉の声に対して、間髪を容れずに脱衣所から発された声がくぐもっていたところを聞くに、舜斗は並行してうがいをこなしているようだ。

「名前ちゃん! あのねミッチー選手がちょっとまえ、すげーかっこいい写真あげてくれたんだ!」

 脱衣所から戻ってきた舜斗はタブレット端末を抱えており、彼は忙しない動きで「おかあさん、パスワード入れて!」と姉にタブレットと手渡す。手を拭いた姉がそれを受け取って「はいはい」と言いながらパスワードを入力した。

「これ、すっげーかっこいいよね! ミッチー選手も外で練習とかしてんだって!」

 どれどれ、と舜斗から差し出されたタブレット画面に視線を落とす。
 その瞬間、思わず「うえっ!?」という素っ頓狂な声が口から飛び出しそうになったのをすんでのところで堪えたのは、今月のファインプレーだったに違いない。実際は手渡されたタブレットを取り落としそうなほど動揺したのだが、よくそれを堪えたと自分で自分を褒め称えたい。
 なぜならば、みっちゃんのSNSに表示されている写真は、私が彼に送ったデータであったからだ。私が撮影と現像をし、微々たるレタッチを加えたそれは、湘南ソルバーンズ所属のプロバスケットボール選手、三井寿の個人アカウントにアップロードされていた。

「これ撮ったの、広報さんとかかな?」

 ミッチー選手って自分の写真全然上げないし、あんまり更新しないし、宮城選手とか深津選手のSNSにばっかり写真上げられてるんだよ、と話す舜斗の声をどこか遠くから聞こえてくるようなもののように感じる。そうなんだあ、という適当すぎる相槌をなんとか発した私の声が、わかりやすく震えていなかったことを祈りたい。
 確かに、あのデータを渡した時にその流れで「こういうのって載せてもいいのか?」と問われた記憶がある。でもまさか、本当に上げてくれていたなんて。
 クレジットは付けないでほしい旨を伝えていたからか、アップされた三枚の写真に添えられた言葉は飾り気も、素っ気すらない「シュート練したときのやつ」というひとことだけ。その投稿に寄せられた多くのリアクションに驚きながら、同居人がいわゆる有名人であることを改めて思い知る。
 動揺する私をよそに、舜斗はどこまでも無垢に「名前ちゃんがミッチー選手撮ったらさ、どんなかんじになるんだろ!」なんてニコニコしながらこちらを見上げてくる始末。そもそもそれを撮ったのが私なんだよね、などと言えるわけがない。
 タブレットから顔を上げれば、キッチンに立つ姉から視線を向けられていたことに気づく。そしてそれには「その写真、名前が撮影したんでしょ?」と言葉にせずともわかりやすいものが乗っかっていて、私はぎこちなく苦笑しながら舜斗に気付かれないように気を払いつつ、小さく微かに頷いて見せた。

「あ、ソルバーンズのあたらしい動画上がってる!」

 いつの間にかみっちゃんのSNSから切り替えられていた画面に、湘南ソルバーンズの公式動画チャンネルが表示されていた。
 新着順でいちばん上に表示されている動画のサムネイルには「抜き打ち! カバンの中身大公開!」の文字。
 試合のダイジェストとかそういうのだけじゃなくて、選手のプライベートとか素に近づくような動画も上げられてるんだなあ、とSNSの写真に驚きすぎた余韻を抱えながら、舜斗の指によって有無を言わさず再生された動画へ視線を向ける。
 おそらく、そこはロッカールームなのだろう。入ってきた選手が順繰りに捕まって「なんだ!?」と驚いたようなリアクションを取りながら、促されるままにカバンの中身を公開していく。
 ひとり──まだ名前を覚えられてはいないが、どこか表情を読み取りにくいとある選手だけは、動揺する様子など一切見せずに「なんて下世話な企画だピョン」とごちながらカバンの中身を公開していた。
 次々と企画の餌食になっていく選手たちのカバンの中から、練習着やアンダーウェア、サポーターやバッシュはもちろん、チームで貸し借りしているという漫画の単行本や読みかけの文庫本、制汗剤とシート、スマートフォンの充電器とコード、気に入っているというグミ、いつのものかわからないレシートなどが飛び出してきた。
 歯みがきセット、マイ七味、香水のアトマイザー、ポータブルのゲーム機、得体のしれないオカルト情報誌など、選手それぞれが個性のある私物を披露する中で、次にロッカールームに入ってきた人物の「うーっす。……うお!? なんだぁ!?」という大袈裟な声と表情を、そしてその男の顔を、私はよく知っていた。

「三井選手、お疲れ様です! 突然ですが、カバンの中を見せてください!」
「は……!? いや、期待されるようないかがわしいモンなんかねーすよ!」
「おお、怪しいですね! これは期待できそうです!」
「だからそんなんねーって! しょーがねえな、ったく……」

 今までの選手たちと同じように、ロッカールームに入ってすぐの椅子に座らされた三井選手──もといみっちゃんは「なんだよこれ、とんでもねえ企画だな。オイ宮城、おめーも見せたのか?」と近くにいるらしい宮城選手に声を掛ける。そして、画面外からの「見せたっスよー」という声と共にポップ体のテロップが表示された。

「えーと……練習用のTシャツだろ、短パン、サポーター、靴下と、汗拭く用のタオル二枚。財布に家の鍵、スマホに充電器……とコードだな、あとワックス。ワイヤレスイヤホン……は充電しわすれて今日は使えなかった。あとオレ、これ手放せないんですよ、ミントタブレット。と、今日の弁当! 以上!」

 おもしれーモン入ってなくてスンマセンね、となぜかドヤ顔で言ったみっちゃんの姿を見て、笑いを堪えるのはなかなかに難儀だった。家にいるまま、素のままの彼がそこにいて、取り繕ったりしないところがまたいいんだよな、なんて思ってしまったことにハッとする。だめだめ、全くこれだから恋愛脳は! あっち行け!
 それよりも、だ。彼が「弁当である」と示したランチバックは、知っているどころかまさしく私が用意したものに違いなかった。つまり、この動画はお弁当を用意したあの日に撮影されたもの、ということになる。
 ちょっと待って、まさかこの人へんなこと言ったりしないよね、とハラハラする気持ちを、私の横に座っている舜斗に気づかれている気配はない。
 みっちゃんは嘘がつけないし、わるく言えばバカ正直なレベルだけれど、さすがにプライベートまで明け透けに話すようなことはしないだろう。

「三井選手はいつもお弁当なんですか?」

 ほら来た、とみっちゃんへ投げられた質問に肝が冷える。私がインタビュアーであっても、もちろんそのお弁当を深掘りしたに違いない。だって、彼のカバンの中身に突っ込みを入れるとしたら、お弁当以外ではイヤホンを充電しそびれたという間抜けエピソードぐらいしかなかったからだ。

「いや、いつもはコンビニ飯なんですけど、今日は一緒に住んでるやつが作ってくれて。あいつ、今日弁当だって言うんでオレのも頼んだんです。で、うめーんだわこれが!」

 いや、これはさすがに明け透けすぎやしませんか?
 誰かと同居してるってことはかなりプライベートな事だし、言わない方が良いに決まっている。しかも、みっちゃんぐらいの年齢の男性が同居なんて口に出せば、その相手がどういう関係の人間かなんてとても容易く察することが出来てしまう。
 とはいえ、動画はもうこうして編集されてアップロードされているわけだし、本当にやばいことになっているならばカットされている筈だ。大丈夫だったのだろうと信じたい。
 たぶんまだ巻き返せる。みっちゃん頼む! お願いだからこれ以上余計なことは言わないでください!

「あー……別にそういうんじゃないですよ、ただの同居人! ルームシェア! でなきゃこんな開けっ広げに言わねーし、隠すし伏せるんで」

 うん、それでいい。それが正解。その通りです。
 みっちゃんの人気は、もちろん把握している。俳優やアイドル、アーティスト、野球選手にサッカー選手ほど話題になるわけではないだろうけれど、さすがにヒヤッとしてしまった。みっちゃんにとっての私は、彼の言うとおり「ただの同居人」なのである。
 そのとおりなのに、あるがままの関係を言葉にされただけなのにどうしてだろう。それを彼が発したことで、私の気分はこれ以上ないってぐらいにわかりやすく明確に下を向いてしまっていた。
 私が抱えている感情はやっぱり不毛で、どこまでも一方通行で。彼に向けた矢印が報われることはないのだと改めて思い知る。
 わかっていたのに、これ以上募る気持ちを大きくしたくないと必死に、そして躍起になっていたはずなのに、いざ本人から現実を突きつけられたらこうもへこんでしまうものなのだな、と沸いてきた黒くて自虐的な気持ちが私の唇を勝手に震わせる。
 ふと、その動画の下に表示されたコメントの中で「ミッチーぐらいイケメンなら、飯炊きババアなんかたくさん釣れるよね」というものが目に入った。
 言い得て妙だなあ、と苦笑いしながらため息をついてしまった理由はこの瞬間、姉にだけは気付かれてしまっていたかもしれない。



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