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01

!attention!
*ゲーム本編から数年後という設定で、ねつ造、特殊設定などが多々あります。(特にコナーのゲーム本編に関わらない過去については十割がねつ造です)
*コナーが人間、夢主がアンドロイドの、いわゆるAUものです。
*夢主が人魚です。
*コナーが犯罪を犯す場面があります。
*夢主がセクサロイドなので、そういう描写や露骨な表現があります。
 なので人によっては不快に感じられる場面もあるかと思います。
*途中でR18な話が挟まれることや、R16っぽい表現が出てくるかと思います。未成年の方は注意して下さい。
*ハッピーエンドです。
*他に注意書きに記載しておくべきことがあればCLAPかMAILでお伝え下さい。




『そして、人魚姫は泡になって消えてしまいました』




 彼女は、自分と同じ顔をしたアンドロイドが無残に破壊されるのを見ていた。水槽の向こうの彼女の顔は恐怖に引きつっていた。こめかみのLEDが真っ赤になっていた。コナーはそれを見つめていた。彼女がその視線に気が付き、怯えた瞳で彼を見返して唇を動かした。「助けて」と。
 実際に言葉が発されたわけではない。彼女の口の中はからっぽだった。だがコナーにはその訴えが心で分かった。そして彼は思った。助けたい、と。


 通報を受けたのは、その数時間前のことだった。先ほどまで殺人現場を歩き回り、最終的にその事件が人間と人間の間で行われたものだという結果を得たコナーとハンクは、その現場を殺人課へ譲り、ただ疲れだけを抱いて、ハンクの車で署へ戻ろうとしている途中だった。日没まであと数分といったところで、ビル群から覗く太陽が微かな、しかし強烈な夏の日差しを周囲に投げかけていた。

 走る車の助手席で仮眠をとっていたコナーは、突然無線機が発したノイズ音に叩き起こされた。彼が頭を振って眠気を追い払っている間に、運転席のハンクが無線でその向こうの相手とやり取りを交わし、「了解」という言葉で通信を締めくくる。
「通報ですか?」
「ああ」
「また徒労に終わるのは嫌ですよ」
 コナーはドリンクホルダーからペットボトルを抜き取ると、夏の熱気のせいでぬるくなってしまった水を飲みながらそう言った。ハンクは若干の苦笑と共に答える。
「今回はすでにアンドロイドの容疑者を確保済みらしい。まあすこーし特殊な殺しらしいがな」
「早く片付けられそうならいいんですが。さっきの現場で付いた血の臭いを署のシャワーで落としたいんですよ」
「新人みたいなことを言いやがる。俺ぐらいになるともう馴れちまって分からんがね」
 そうして軽口を叩き合う二人を乗せた車は目的地を変え、アンドロイドによる殺人が行われたらしいクラブ『The Two Fish』なるところを目指して走り始めたのだった。

 『The Two Fish』は郊外に店を構えているにも関わらず、その外観を見るにそこそこ繁盛している様子だった。夕闇の中、二匹の人魚を模したネオンが店名の上で交互に輝く看板をちらりと見やって、コナーはハンクの後に続きドアをくぐった。
 彼の目前に広がった世界はまるで深海のようだった。客は既に全員帰らされていたものの、薄暗い店内のあちらこちらには淡い光が灯されたままで、海底を思わせる深い色合いの壁紙や、意向を凝らした調度品の姿をぼうっと浮かび上がらせている。控えめなBGMは泡の音とイルカやクジラの鳴き声だろうか。
 その中でも一番目を引くのが、店の奥、バーカウンターの後ろの壁面に設置された巨大な水槽だった。中に悠々と水を湛えたそれには舞台の袖幕を思わせる赤く分厚いカーテンが掛かっていて、今はその片方だけが下ろされ、水槽の半分を覆い隠している。
 コナーはその露わになっている側の水槽の中に漂う人影に思わず目が吸い寄せられた。人影と言っても、彼女の下半身は魚を思わせるそれで、鱗のエメラルドグリーンが光を反射して輝いている。どうやら彼女が“二匹の魚”のうちの一匹らしい。上半身にはチープな貝殻の水着を纏った彼女はコナーの存在になど気付かぬ様子で、偽物の海草と岩たちの間から不安げに、アクリル板で隔てられた隣の水槽の状態を伺っている。カーテンの裏側であるそちら側のことはコナーには分からなかったが、彼女のその横顔の美しさだけはよく分かった。彼女の背景は二枚の分厚く歪んだ透明な壁に阻まれてはっきりと見えないものの、白い明かりの下で数人の人間が動いているらしい様子がぼんやりと見て取れる。コナーが水槽へ歩み寄れば、それに気が付いたらしいその中の一人の影が動き、ややあってから、水槽脇のドアががちゃりと音を立てて開いた。
「やっと来たのか、早くこっちに入ってくれ」
 やせ気味の男はせかせかした口調でそう言うと、二人をその水槽裏に設けられたスタッフルームと思しきところへ手招いた。ハンクは少し肩を竦め、コナーへ先を譲った。

 スタッフルーム、そして水槽の裏側は、夢も覚めるような光景だった。安っぽいリノリウムの床に、乱雑に積まれた段ボール、水漏れした箇所を塞ぎ、そのままにされた雑巾、スタッフが落としたらしいスナックの包み紙、点灯していない蛍光灯。どうやら店の内装に金を掛けすぎて、こちらまで手が回らなかったらしい。
 だが問題は水槽だった。水槽の中に男の死体が二体あった。服が水を吸い、溺死したのか肺に空気もないらしいその死体は水槽の底に沈んでいて、その上に、人魚の姿をしたアンドロイドが腰掛けていた。二匹目の魚。水槽の表側の半分がカーテンで隠されていた理由。
 店主だったらしい先ほどの男からハンクが事情を聞いている間、コナーはその水槽の中を調べた。死体の上の人魚が、威嚇するかのようにコナーを睨み付ける。隠されていない方の水槽にいたアンドロイド、一瞬で彼を魅了したあの彼女と同じ顔、同じ姿をしている。その下に横たわる一体の死体は従業員であるらしく、制服の胸にネームプレートが付けられていた。もう一体は身なりのいい中年男性で、このことから推測されるのは、水槽に落ちた――あるいは引きずり込まれたこの男を助けようとして、このスタッフも同じ運命を辿ったというものだった。だが、なぜこの客と思しき男がこの水槽へ落ちたのかは分からない。店内から見たこの水槽は壁面を覆うかのように設置されていて、登る方法も、入る隙間も見つかりそうになかった。ではこの客はここへわざわざ来たことになる。しかし、なぜ?
 その疑問はあっさりと解決した。依然として店主と会話を続けているハンクのもとへコナーが歩み寄れば、二人はその“なぜ”を話している最中だった。こういう時、ハンクは敬語になる。
「ではいつもそういうことを?」
「金を出す客がいれば。まあ物好きってのは案外多いもんでね。うちが扱ってるのはれっきとしたサイバーライフのアンドロイドだし――それに、その水槽の中、カーテンの裏側でやれるっていうのに興奮する奴が多いんですよ。こっちは水を入れ替えなくちゃいけなくなるが、その分の金も払う奴は多い。けっこう掛かるんですよ、これが」
「で、その被害者は水槽に落ちた、と」
「落ちた?違うね。あのアンドロイドが引きずり込んだんだ」
「証拠はありますか?」
 二人の会話に割り込んだコナーがそう尋ねると、店主は鼻で笑う仕草を見せたが、一台のパソコンを指さした。
「あれに監視カメラの映像は入ってますよ。この水槽を写したやつもある。そうしないと、金も払わないのに“魚”とやろうとするスタッフが出てくるもんでね。自分の給料じゃサイバーライフのお高いアンドロイドとはやれないからって……」
 そう言って、店主はなにが面白いのか、低い声で笑った。コナーはこの男が初めから気にくわなかったが、これでますます嫌いになった。どうやらハンクもその気持ちは同じらしく、素っ気ない声で「どうも」とだけ店主に返すと、そそくさとパソコンへ向かった。

「胸くそ悪い野郎だ」
 監視カメラの映像を改めながら、ハンクがそう零す。コナーもそれに同意した。
 二人は立ったまま、開店から現在までの映像を早送りで見た。水槽を斜め上から撮ったその映像の中に、男が現れ、服を脱ぎ、水槽へ入り、欲を放ち、そして出て行く様子が数度繰り返された後、ようやく件の男が現れた。
 男のなにが彼女――そのアンドロイドの怒りを買ったのかは分からない。だが画面の中の彼女は明確な殺意を持って男の腕を掴み、水中へ引きずり込んだ。男が暴れ、水しぶきが上がる。異変に気が付いたらしいスタッフが水槽の上へ登るが、彼もまた、引きずり込まれる。そして彼女は男二人を溺死させた。他のスタッフたちは、明らかに死んでいる様子の男を救い出すために自らを犠牲にする気など微塵もない様子で、それらを遠巻きに見つめている。隣の水槽のもう一人の、同じ顔をしたアンドロイドは、凶行に及んだ同僚の注意を引くべく、その水槽を二つに分ける間仕切りを叩くが、彼女はそれから顔を背けている。そして数分後、コナーとハンクが表れる。ハンクが動画の再生を止めた。
「まあ……これで、どうしてって部分は分かったかもな……」
 未だ、人間がアンドロイドと同意なく性行為に及ぶことを防ぐ、あるいは咎める法律はない。コナーは、ただの水槽の中の美しい魚ではいられなかった彼女らに同情している自分に気が付いた。
 昔は彼らを機械としてしか認識していなかったのに、とコナーは自身の変わりように少しばかりの驚きを覚える。変異体たちのリーダーであるマーカス、そしてハンクと出会って、彼はアンドロイドを感情のある一つの存在だと考えるようになったのだった。
 自分の意思に反して身体を使われるなど、人間ならば情状酌量の余地もありえる状況だろう。だが、彼女はアンドロイド、そして紛れもなく変異体だ。願わくば、彼女がこれ以上罪を重ねなければいいが、とコナーは思った。

 問題はその彼女を水槽の中からどうやって出すかだった。
 それをハンクと共に考えながら、コナーはなぜか視線が向かってしまう、もう一人の方の彼女を眺めていた。水槽の中で狼狽えている彼女もやはり、変異体なのだろう。コナーが水槽へ近寄って、そのぶ厚いアクリル板を軽くノックして注意を促せば、彼女は不安げな面持ちのまま、彼の方へ泳いできた。
「僕の声が聞こえるかい」
 彼女は頷きを返す。彼女の両手は胸の前でぎゅっと握りしめられている。
「彼女――君の隣の、そう、彼女だ。なぜこんなことをしたのか、君には分かるかな」
 彼女は大きく悲しみに満ちた瞳でコナーをじっと見つめ、ややあってから再び頷いた。死んだ男を指さし、次いで自分の下半身を指す。やはり、自分のやらされていることに我慢ならなくなったのか、とコナーは納得した。だが、彼女のジェスチャーは続き、彼女は自分のシリウムポンプの辺りを指すと、手を開き、それをぎゅっと握りしめるという動作を見せた。コナーにはその意味が分からず、首を傾げると、彼女は辛そうにその一連の動きを繰り返した。
「無駄ですよ」
 背後から唐突にそんな言葉をかけられ、コナーは驚きと共に振り返った。いつの間にか彼の後ろに立っていた店主が、吐き捨てるかのように言う。
「こいつらは魚だ。人語を理解する能力なんて持ち合わせていない」
「ですが、彼女は僕の言葉に――」
「そういう風に見たい、と思っていればそういう風に見えるかもしれませんがね」
 店主がアクリル板に顔を近付けると、彼女は怯えたように後ずさった。コナーには店主が彼女らを見下し、日常的に虐待しているように思われた。店主は続ける。
「まあ、知能があったところで、意味なんてないがな」
 その言葉はコナーに、というよりは水槽の中の彼女への脅しのように聞こえた。彼女はもはやコナーの声が届かない奥まで逃げてしまい、彼は彼女とコミュニケーションを取るという試みを断念しなければならなかった。

「水を抜いたらどうだ?」
 という結論に達するのはしごく当然のことのように思われた。つまりは彼女がその力を振るえる場所をなくしてしまえば、とりあえずもう、溺死する人間は増えない。一時期交渉人をしていたコナーはその逃げ場を奪うような強引なやり口に不満を覚えないでもなかったが、ではそれ以外に安全なやり方があるのかと問われれば、口を噤むより他になかった。
 だが、驚くべきことに、店主が強い反対の意を露わにして見せた。 
「水道代がかかる」
 と、嫌そうに店主は言った。
「費用は出していただけるんですかね」
「こういう時に金の話か……?」
「人が二人死んでいるんですよ?」
 ハンクとコナーがそう戒めても、店主は渋い表情を崩さない。がめつい男を前に二人は顔を見合わせ、公的な権力を振りかざすかどうかを考えた。それを見透かしているらしい店主は、「もっといいやり方がある」と言ってどこからか延長コードの束を持ってきた。全て、店内のコンセントに繋がれているようだ。訝しがる二人の前で、店主はそれを水槽の中へ放り込んだ。そこでようやくコナーは店主がなにをやろうとしているのかを知ったが、その時にはもう、手遅れだった。
 バン、という大きな音と共に、青白い火花が水槽から散った。
 先ほどまで辺りへ厳しい視線を送っていた瞳は光を失ってただのガラス玉になり、通電したシリコンは肌を作り上げる力を失い、その下の無機質な素体の姿を露わにした。安っぽい貝殻の水着を彩っていたビーズたちが熱で溶けてひと繋がりになる。有機物を使っていたのか、美しかった尾びれの鱗は輝きを失い、ぼろぼろと剥がれ落ちていった。そして彼女は苦悶の叫びを上げるかのように大きく口を、目を開いたまま、水槽の底へゆっくりと横たわったのだった。自らが殺した男たちの横に。全てが一瞬のできごとだった。
 そんな悲惨な光景を前に、しかしコナーはその隣の水槽の彼女のことを気に掛けていた。幸運なことに、アクリル板が絶縁体としての役目を果たしたらしく、隣の彼女は無傷だった。だが、目前で同胞が殺されたことに激しいショックを受けていた。彼女の怯える視線が、コナーのものとかち合う。彼女は声を出さずに言った。「助けて」と。


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